すべてを失って/雨にも負けず(1-2)
都内はもう見る影もないぐらいに一変していた。
暴風の風に看板がなぎ倒され、留まる気配を知らない雨が降り注ぎ、すぐ近くの相手にすら怒鳴るように叫ばなければ届かない。
アスファルトの上をまるで川のように泥水が流れ出している。
「この勢いだと川やばくねえか?! もう洪水だろこれ!」
「洪水警報はもう出てるはずだけど、尋常じゃないね!」
遠く鈍く聞こえる警報のサイレンが聞こえる。
このあたりはもう避難出来ているのか、民間人の姿は見えない。
「流石にもう避難してるよな」
「いや、結構残ってるね~」
「マジで?」
「ジッター、これを見て」
そういってカトル・カールから突き出されたのは画面上に幾つもの赤い光点の表示されたマップ画面。
「タッキングと連動して、避難区域に残ってる人のスマホが表示されてるの」
それでわかったのは多くの人間はとっくに建物なり、屋根のある場所に逃げ込んでいたが、それから動けなくなっていたこと。
取り残された人がかなり多くてハザードマップなどを見もしないで安全そうな自己判断で選んでいること。
「幸い『タッキング』と連動して危険箇所、避難指定エリアにいたら脱出するように通知されてるからかなり減ったんだよな」
「タッキングが普及するまでは本当に逃げてないやつが多かったからねえ」
「そうなの?」
マイ・フェア・レディとサプライズの言葉に、合羽の裾を掴みながら周りを警戒しているカトル・カールが首を傾げる。
「お前ら公認ヒーローだろ、違うのか? 怪塵倒してない時は救助活動とかしてるもんだと思ってたけど、あーいやカトル・カールはアイドルだからか?」
「それもあるけど、ぼくはまだ新人だしね。まだ2年、いや訓練時代含めたら3年ぐらいだし」
「オレとサプライズはもう小学生の頃からだもんなー」
「私の力なら年齢はあまり関係なかったしね」
「そうなんか」
(そういえばマイ・フェア・レディは結構前から活動してたが、カトル・カールは新しいほうだっけか)
カトル・カールの名前を初めて聞いたのは、佑駆が高校に上がるぐらいの時だった。
あの頃は佑駆もようやく時間停止まで覚えた頃だったか。
自分のモチーフもわからないまま悪戦苦闘をしていて、それがこんな風にヒーローたちと関われる日がくるなんて夢にも思ってなかった。
カトル・カールもまた新しい
それがたったの数年でマイ・フェア・レディに次ぐ知名度を誇るヒロインになってるのは間違いなく天才だろう。
「それが日本最秀の魔法少女かー、すげえよな」
ヘンゼルとグレーテルの魔女。
文字通り魔法を使える魔法少女というのは万能に等しく、魔法と言われる力を使えるのは童話級の俳優には決して珍しくない。
だからこそ使い手の優秀さと知名度で差が出る。
「日本
「え?」
なにそれ。
「オレそんな事言われてんの?」
「なんで知らないの?」
カトル・カールに訪ねかえしたら、なんかムッとされた。げせない。
「いや目の前で言われたことねえし、そもそももっと早いやついるだろ」
ジャングルジムとか、空飛べるピーターパンとか、そこそこ超人みたいな奴いるし。
「時間停止より早い奴とかいる?」
「無理でしょ、光より下手しなくても早そうだし」
無茶言うな、流石に光よりは早くねえよ。
いや多分、俺が移動できる距離的には誤差出ないと思うけど。
「クロ……ジッターはもう少し自信を持つべきだと思う」
「そう言われてもなぁ」
自分がアレなのは自分が一番自覚してる。
この場にいる三人のどれよりも優れているわけじゃない、というか日本でも代表的なヒーロー二人に、それの姉のサプライズと比べるのが間違いもある。
俺は人助けなら頑張って出来るが、怪塵には強くない。
人間並みのパワーと動きしか出来ないのだ。
カトル・カールみたいに万能の、やろうと思えば何でも出来そうな多分
いやそれも言い訳か。
「そういえば、カトル・カール大丈夫なのか?」
話題を変えるため、ふと気づいたことを口に出した。
「なにが? 手ならまだちょっと痛いけど」
「それはだめだろ……いやそれもあるけど、多分ずっと変身したままだよな? 大丈夫なのか、それ」
カトル・カールを初めとした魔法少女は、
自分がそれを使えるキャラクターに変身する、成る、変化すると言われている。
マイ・フェア・レディも多分これだと思うが、
まあそれはおいといて、国際テロリストで有名な
で、当然力には代償が必要なわけで。
「ライブからずっとなってんじゃないか? いや素でそれなのかもしれないが」
雨に濡れてもなお艶めいてる金糸の入った蜜色の髪を見て思う。
カトル・カールの髪型といい、顔といい、ライヴの頃から変わってない。撮影やテレビなどでも見かける姿はこれだ。
だから変身したまま何じゃないかと思ったんだが。
「問題ないよ、ボクは」
「そうなのか?」
「ボクは使えば消耗するぐらいでね、まあこれになるだけなら慣れてるよ……ていうか、今戻るわけにはいかないし」
「なんか顔赤くないか? 体調悪いんだったら戻ったほうが」
「おーい、イチャイチャしてねえで現場見えたぞ!」
マイ・フェア・レディの声に慌てて前を向くと、オレンジ色をした集団が見えた。
「おい、お前たちヒーローか?!」
指示された集合現場に近寄ると、オレンジ色の服をした隊員から声をかけられた。
すでに現場ではオレンジ色や黄色の雨衣を着けた隊員たちが活動しているようだった。
消防隊員や、警察に加えて、何名か独特の衣装を装着した
「サプライズ、カトル・カール、マイ・フェア・レディ現着したよ! こっちはサイドキック、怪塵の情報は?」
サプライズが作業指揮担当と書かれた腕章をつけた男性に声を張り上げて尋ねる。
男性はちらりと全員を見て、最後にジッターの格好を見る。だがすぐに目線を外す、どうやら問題ないと判断されたらしい。
「怪塵はまだ発見されていない! 無線はH-Cに設定! 救助俳優はこちらの指示通りに動いてもらう! それぞれ出来ることを自己申告!」
風にも負けないように怒鳴るような声音で男性が叫ぶ。
「力仕事なら任せろ、杭とか掘ることも出来る」
「壁や足元の固定ぐらいね、普段の雲もこの雨だとダメだし、力仕事は苦手だわ」
「私は――まあ全部できるね。隊員さん、ちょっと退いてくれる?」
「ん、ああ」
サプライズの指示に従い、隊員たちが退く。
それをみて、彼女はコートの下から色とりどりの大きな手袋を取り出した。
「いつもなら壊れた現場だけど、今日はまだ無事だからアスファルトを使う。ジッター、これを1メートル幅ごとに並べて」
「わかった」
渡された三組の手袋を、手早く水の溜まってないアスファルトの上に並べる。
サプライズも慣れた手付きで並べる。
「じゃあ、いこうか!
サプライズが肩上まで持ち上げ、手を叩いた。
すると手袋を置いた箇所が人型に盛り上がる。
「
手を叩く。
胸元から盛り上がる。
手を叩く。
手で生み出される。
手を叩く。
足が引き抜かれる。
何度も叩く度に、人型が生み出されて起き上がる。
数は七体、それもどれもがアスファルトとその下の土で固められ、両手にはジッターとサプライズが置いた手袋が嵌められている。
サプライズの
妖精を信じないといえば妖精は死に、生き返らせたければ手を叩く逸話からの
「
「レプラコーンは人間の指示に従うから好きに使ってくれたまえ。簡単な重機ぐらいの力はあるし、壊れてもまだまだ作れる」
サプライズが合羽を広げて、その下に吊り下げた色とりどりの手袋を見せた。
「なるほど、助かる! 総員、この
『了解!』
指揮の指示を受けて、それぞれレプラコーンと共に救助隊員たちが動き出す。
その動きに迷いがないのは、事前にどう動くか打ち合わせが済んでたからだろう。
残された指揮と数名の隊員に、サプライズが尋ねる。
「怪塵が出てないならまだしばらく救助活動だな、私たちが向かう場所はあるか?」
「まだかなりの市民が建物内部に取り残されている、河川の氾濫もありえる。逃げ遅れた市民を避難所まで連れてい」
その時だった。
雨風にも負けないぐらいに鋭い音の警報が鳴り響いたのは。
「なんだ、このサイレン?」
「馬鹿な!? 洪水警報だと!? 早すぎる!」
「隊長、連絡です! 放水路が土砂で破壊されたと!」
「なんだと!?」
慌てる声と共に足元から音がした。
打ち付ける雨音じゃない、もっと鈍く重い音が。
地響きが聞こえた。
地震のような音が断続的に、無視できない程に大きく。
「連絡!」
誰かが叫んだ。
「神田川上流から異常洪水が発生! 河川を破壊しながらきてると」
「異常洪水?! どういうことだ?!」
「それが――これです!」
防水用の分厚いタブレットを取り出した隊員の元に、全員が集う。
そして観た。
土色の濁った大量の洪水が――黄金色に煌めきながら迫ってくる姿を。
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