すべてを失って/雨にも負けず(1-1)
ごうごうと風が吹いている。
ざあざあと雨が降っている。
まだ夕焼けの時間だというのに真っ暗に湿った闇ばかりで、夜が都市中にうずくまっていた。
夜めいた風雨の中をロービームに点灯させた装甲車が走っている。
「クロック。雨中の装備は知っている? 防水の手袋、ああゴム手袋もして、
「手袋ってケブラー手袋じゃないのか? あとジッターな」
「繊維手袋の上からゴム
「ふむふむ。そういえば前、川でやりあった時はすぐにぐしょぐしょになったなあ」
「それとお前そのニット帽捨てろ、くそだせえし」
「ひどくない?!」
「真面目にそれ被ったまま濡れると呼吸できなくて死ぬぞ」
「あ、はい」
装甲車の中には四人の俳優がいた。
一人目は言われた通りの格好をした上で、分厚いフードに顔を隠した
二人目はインナースーツの上からいつも通りのライダースーツと合羽を羽織った
三人目はゴシックな様相の上から白い排水性のマントを羽織って、ただし不格好な長靴とゴムの手袋を嵌めたカトル・カール。
そして、四人目は不慣れな手付きで雨よけのジャケットの上から安全帯を付ける
「これ動きづらいんだけど」
「文句を言わない。ジッターは、私たちのサイドキックとして参加してもらうけど、
「オレとかはつけても
「マイ・フェア・レディの戦闘舞装でやったら梱包だしな」
「プラモデル扱いか、てめー??」
軽口を叩きながらも、カトル・カールの指示でなんとか安全帯を着け終わるジッター。
何故彼がいるのかといえば、それは自分から申し出たからだ。
「異常事態なんだろう?
「いいの? このまま避難所まで送り届けてもいいけど」
ジッターの言葉に、カトル・カールが幼い顔つきを複雑に歪める。
彼女としては連絡先を控えた以上、無理をさせたくなかった。
「ここで怖気づくなら毎度頭突っ込んでねえよ」
そういう彼女自身片腕を吊り下げているのに、少しだけ視線を向ける。
ここで逃げるのはもうヒーローをやめた以前に年上の男として情けなさ過ぎる。
いや自分が情けないのはどうでもいい、事実だし。
だけど自分には力があるし、やれることがあるなら努力をしたい。そうしないと落ち着けなかった、心配で。
「まあ、お前の力は知ってるしな。手を貸してくれるなら大歓迎だぜ」
「幸い私たち三名
マイ・フェア・レディとサプライズが同意し、そうして自分たちはここにいる。
「そろそろ現場に到着するが、あージッター、お前雨風の中に時間停止使えるのか?」
履いたブーツの足首部分にダクトテープを巻き付けながらマイ・フェア・レディがふと思い出したようにいった。
「そういえばそうだね。超高速で動く以上、雨はもちろん、風で飛ぶ小石などでも危険だと思われるが……」
「いや問題ねえよ。吹いてる風も、落ちる雨も、時間さえ止めれば止まってるし。さすがに水の中とか泥の中とかは無理だけどそれ以外はいける」
「そうなんか?」
「少し重みがあって動きづらいけど、まあいつものことだ。飛んでくる小石なんて止めてる最中なら
何度か自分以外に向けられた流れ弾を逸らすために奮闘したことがあるが、あれは大変だった。
重さ自体は大したことないから側面を叩けばいいが、素手で触れれば熱いわ、回転してるから皮膚が焦げるわ、大体そこらへんにある物を掴んでペシペシと卓球プレイが必要になる。
それと比べれば小石自体の質量は軽いし、目に入らないなければ問題はない。
雨の水は重いが、どしゃ降りの中を頑張って歩くのと大差ないぐらいだ。いや、これはこれでしんどいな?
といったことを身振り手振りで説明したが、何故か三人になにいってんだこいつという目で見られた。
「なにいってんだこいつ。いやクロックだったわ」
見られるどころか言われた。
「酷くないか?」
「いやーマジで拳銃も通じないのは人間としてちょっと一線超えちゃってると思う」
「当たれば効くし、下手しなければ死ぬんだけど」
実際銃は怖い。
怪塵のほうが圧倒的に強いが、無警戒で加速なしに撃たれたら普通に死ぬ。
まあ大体認識加速状態で対応して、そこから時間停止ないし加速状態に入れば至近距離で捌けない状態でもなければなんとか出来るけど。
「撃たれて死なないのはちょっと人間としてアウトかなって」
「だから撃たれたら死ぬんだって」
「撃たれても防げるのはおかしくない? 壁とか装甲なしで」
「あーでもジャングルジムのおっさんはピンピンしてなかった? 筋肉で弾くし、すぐ治るし」
「あれは例外だろ。紳士だから大丈夫とかいってたけど唾つけてただけじゃん、あれ」
「私は現場で対面したことはないけど、ひどいことだけはわかる」
「紳士なんだけど、アレを紳士として認めるのはちょっと難しいよ、紳士なんだけど」
以前共闘したこともある日本が誇る超人俳優の話題で盛り上がっていると、運転席のほうから声がかかった。
「皆さん。そろそろ現場です、降りる準備を」
「りょーかい。ジッター、カトル・カール、オレは現場に入れるが、この風だと灰の援護は難しい、そこんとこ気をつけてくれ」
「ボクも精々壁とかの補助ぐらいかな、まあ怪塵がいたらなんとかするけど、腕がちょっと痛いし無理はしたくないかも?」
「となれば私がフル活動だな。まあこの手の専門ぐらいしか出来ないわけだが」
「適材適所でしょ、と」
先に降りるぞーと声をかけてマイ・フェア・レディが颯爽と降りた。
途端、うぼぁあああああという悲鳴が上がった。
慌ててジッター、カトル・カールが飛び出して。
「うおおおおおおお???」
「きゃあああああ!!」
「きつ、きっつい!」
殴りつけるような強風だった。
空を見上げれば分厚い真っ黒な空が広がって、どしゃ降りの雨が頬を叩いた。
「こんな嵐、どうしてすぐに気づかなかったんだ?」
「当然自然現象じゃないってこった――
マイ・フェア・レディが取り出した拳大の硝子瓶を握り砕き、その全身を紫水晶の装甲が覆う。
その水晶の靴底が泥だらけの地面を突き刺す。
「現場までオレが先導する、お前らは後ろからついてこい、姉さんは」
「わかってるよ。私は戦闘には向いてないからね」
顔を隠すように合羽のフードを深く被って、サプライズは鋭く、風にも負けないように言った。
「私たちの役目は災害救助もあるが、最優先は怪塵探索とそれの討伐だ。それを忘れないように」
『了解!』
返事を返し、俳優たちは舞台へと躍り出た。
忘れられない夜の中に。
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