迫り来る悪い奴ら/嵐が来た




 エディター十京本部。

 その室内では電話を片手に、慌ただしくタブレットを叩く者たちと声を張り上げる者たちの喧騒に染まっていた。


「海面を介さずに都市部付近でいきなり超大型の台風の発生だと!? バカも休み休みいえ!」


「こんなのが自然現象で起きるか! 怪塵事件に決まっている!」


「消防、警察に連絡を回せ! 災害対策のヒーローはもちろん対怪塵用の人員も準備しろ! 抗正機動隊プルーフリーダーが出れるか打診をしておけ!」


「報道への釘刺し急げ! 上の正式報道前に面白おかしく騒ぎ立てるぞあいつらは!」



 原因は外で窓を激しく打ち付けるどしゃ降りの雨と風。

 ビルが軋むほどの強風に、ただの天災であれば彼らの出番はない。


 だがしかし、この風雨を齎したのが、何の前触れもなく数十分で発生した大型台風であれば別問題だった。


 海で発生した積乱雲から発達したわけではない。

 遠い場所から発生した熱帯低気圧が変じたわけではない。

 突然。

 そう突然だ。


 


 そんなことがありえるだろうか。

 最初に気づいたのは気象庁の監視であり、それから関係各所に、エディターへと連絡が入った。


「ここからの数分、十秒の遅れでとんでもないことになるぞ!」


 休憩に入っていた者から仮眠を取ってい者まで含めて全員を呼びつけたつぐみひげの男が張り上げた第一声がそれだった。


「解析班! 過去のデータから照合する天候情報を調べ上げろ! 神話レベルから伝説、童話級まで、上から下にだ!」


「気象だけじゃない、地震も調べろ! そっちにまで異変があれば天地に影響を与える災害の逸話か、それに匹敵する敵だ! 連絡は密にとっておけ!」


「連絡が取れるヒーローたちのリストアップ! 対応できるヒーローの選定を急げ、災害や救助活動中のバックアップにも要警戒の一報をいれろ!」


「ここまでの事件多発は間違いなく関係ある! 全員気を引き締めろ、おそらくここからが本番だ!」


 手を叩き、やるべき指示を的確に飛ばす。

 少し頭を回せばここに所属するものならば誰でも思いつく、やるべきことに過ぎないが、それを明確な指示にすることにこそ意味がある。

 それをここのまとめ役である男はよく知っていた。


(まだ天は裂け、地は割れていない。おそらく神話級ではない、だがこんなこと童話級に出来るか?)


 最悪の想定に、これからまた数時間以上体と脳を酷使するだろう自分のために栄養ドリンクの瓶を開ける。

 その苦い味を飲み干しながら頭を回す。


(となれば打倒なのは伝説級……怪塵か、だがまだ目撃情報はない。いやすぐにでも入るはずだ)


 怪塵ならば姿を隠すことはない。

 どのようなものか理解しがたいことはあっても、怪塵は隠蔽や人目を避けるということは絶対にしない。

 奴らは自分の存在を誇示する性質がある。


 それだけのために人間を襲うのだ。


 



「室長!! 科警研かけいけんから連絡が!」


「ええい、忙しい時になんだ! 回線回せ!」


 栄養ドリンクの瓶を溢れかけているゴミ箱に放り込むと、ズンズン足音を立てて自分のデスクへと戻り、受話器を手に取る。


「エディター十京室長だ」


『科学警察研究所です。依頼されていた鉱物の解析結果が出ました、今大丈夫ですか?」


「こちらから依頼してなんだが手短に頼む。今時間がない


『では手短に、例の砂金ですが、解析結果。間違いなく純金だと判明しました』


「そうか」


 科学警察研究所に依頼した鉱物は先日回収された砂金。

 怪塵を倒して撒き散らされた金の塊だった。


 その多くが殺到した民衆によって失われてしまい、回収の告知をしたものの想定されていた量の半分も回収出来ていない。

 今現在金の単価はかつてものと比べて大幅に下がっているが、それでも金は金だ。資産価値は未だに健在である。

 

 たった一名を除いて、未だに人類には作り出せない貴金属なのだから。


 誰もが魅了され奪い合い、しれっとポケットに放り込んでおくびにも出さない。

 だから回収出来た量は多くなく、時間がかかった。


「それで結果は?」


調


「……出処は同じということか」


 25件。

 それはこの数週間で倒した怪塵の数に等しい。

 倒した怪塵から砂金が残される、そんな現象は当然のことながら常識ではない。

 怪塵は倒して塵になるからこそ怪塵と呼ばれるし、残ったとしても精々侵食されきっていない触媒の欠片だけ。

 俳優も怪塵も死ねば塵となる、死体すらも残らない。さながら焚書された書物のように収めるはずの死体すらも奪われる。

 だからこそ、俳優は人間じゃないのだという批判もある。


 いや、それは今は関係のない話だ。


 疲れからかあらぬ方角にズレる思考を振り戻すように男は首を振った。


「わかった。貴重な情報を感謝する、同じ純金であれば間違いなく出処は同一だ。こちらも金を使う物語を調べさせてもらう、万が一違う成分の純金があれば連絡してくれたまえ」


 ここまで倒された怪塵のモチーフには金、黄金ではなく金や、金銭、財宝に纏わる逸話が多かった。

 そして倒せば残される砂金ということは、金を材料にして怪塵を作っているということになる。

 となれば簡単に思いつくのがフィクションの錬金術師、ゴーレムなどを創る魔法使いだが黄金に関わる物語は古今東西数多く存在する。

 パッと思いつくだけでも黄金のガチョウ、黄金の鳥、金と銀の斧、聖者の物語の誤訳、黄金のリンゴを巡って争ったアタランテや、パリスの審判、幸福の王子、埋蔵金伝説に、ミダス王、千一夜と百一夜物語、神々の食べ物、人々の欲望を刺激する故に黄金を題材にした物語は多い。

 だが検索のヒントがあれば総洗いすれば絞れるはずだ。


 逆に言えばそれ以外の黄金が混ざっているとしたら違う怪塵が混じっている可能性が高い。

 そうなればより危険だ、類似性がある物語が複数いれば境界釈クロスオーバーの余地が出てくる。


『いえまってください、後もう一つ伝えることがあります!』


 思考を巡らせながら受話器を切ろうとした時、慌てた声が聞こえた。


「伝えること?」


『黄金の成分表を、国際人類番号ISHN管理局に照合依頼を出しました。結果、該当情報がありました』


「なんだと。でかした! 結果は? それで何の俳優かわか……いやまて、ISHN? 怪塵ではなく?」


『はい。返ってきた返信を読み上げます』


 そう告げる受話器の向こうの声は震えているのを、今更気づく。

 何故こうまでして回りくどく喋っていたのか、それは信じたくなかったのだろう。


 それを男は理解した。




『成分合致率99.8%。<偽鍮王アウルマクス>の黄金であると』



 それは。


 黄金の価値を、半分以下にまで貶めた男の名だった。











 風が吹いている。

 雨が降っている。


 ごうごうと音が鳴り響いている。


 そんな風雨の中、遮るものがない瓦礫の上で一人の男が座っていた。

 巨漢の男である。

 両腕は黄色く、眩く、褪せることのない光沢に覆われた篭手に覆われている。

 純金の篭手だった。

 篭手の指には色とりどりの宝石が飾り付けられた洋白の指輪が嵌まっていた。

 同時に床を踏みつける両足も純金の具足に覆われてる。

 手足が黄金の男は、仕立てのいい高級ブランドのスーツに身を包んでいる。その左肩には黄糸で編まれた肩章が着けられていた。

 

 こんな風雨の中には似つかわしくない装いである。

 かつて彼を侮るものはその装いに意味がないとせせら笑った。

 それに対して男はこう答えた。


 ――死ぬべき時と殺す時にこそ身なりを整えるのが俺のポリシーだ。


 故にこれを見て嗤うものは誰もいない。

 嗤うものはこれからも現れ、全員が消えた。今までのように。


 カツンと、音が鳴った。


 音が止んだ。

 風が止まった。


 男の後ろに、白いスーツとバニースーツを着た女が真っ白な傘を差して立っていた。

 黒いハイヒールを鳴らして、無音の、静止した、雨の止まった場所で踵を鳴らした。


「流出水量は40%に達した、ウサ」


 くるりくるりと傘に重なった雨粒を泥のように払いながら、懐中時計の蓋を開く。


「時間だよ、キング」


「そうか」


 巨漢の男が立ち上がる。


 パチンと懐中時計の蓋が閉じられる。


 ごうごうと風が吹いた。

 ざあざあと雨が降った。


 流れる雨に触れながら、男は無造作に手の平で撫で付けるように濡れた髪をかきあげた。


「さあ」


 男が、仮面を取り出す。

 黄金の仮面を、雨に濡れた眼に嵌めて、接着する。





「十都を滅ぼすとするか」





 男の名は<偽鍮王アウルマクス>。


 この世の黄金価値を全て貶めたこの世でもっとも富める者。


 この世で唯一黄金を造り出す呪われしミダス王。







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