ミッドポイント(2)/少年と少女は騒がしく



「コーヒーと紅茶とココアあるけど、何がいい?」


「緑茶はないのか?」


「湯呑は置いてないんだよねー」


 事務所の尋問から開放された佑駆は、サプライズの歓待を受けていた。

 薄暗い倉庫部屋から目に優しい明るさのリビングは地獄から天国というほどじゃないが、えらい差を感じた。


(とはいえ油断してるわけじゃないんだよな)


 目につくドアや出入り口は全て閉まっているし、小さな妖精たちが動き回ってたり、立ち止まっている。

 妖精《レプラコーン》である。

 毛糸のようなふわふわしたもので出来上がったヒト型で、腰ほどの大きさ身長しかない。

 棒人間をモデルにマスコットキャラを作り上げたらこんな感じで描かれるのだろうかみたいなデザインの連中がセコセコと動き回っている。


 ―― 幸福は突然にプライズ・ラバー ――


 靴屋の妖精の俳優アクタレスのサプライズの役割定義アクトだ。

 能力は単純、そこにある物質に命を吹き込んで、意のままに動く人形にする。

 これを彼女のモチーフである靴屋の小人からレプラコーンすなわち妖精と呼ばれている。


 マイ・フェア・レディアトリ・べリールが武闘派の戦闘ヒーローであれば、サプライズシトリ・べリールはそのサポート、裏方として有名だ。

 マイ・フェア・レディがメディア露出して顔も姿も有名なのに対して、サプライズは殆どメディアに出てこず、その顔も姿も見たことがない。

 精々、自分の姉がサプライズだということがマイ・フェア・レディに対するインタビューで語られただけだ。


 だからこうして目にしている姿が、佑駆クロックにとっても初めて見る姿と言える。


(姉妹っていってたけど、なんていうか全然違うな)


 小さな鼻歌を歌いながら、レプラコーンが運んできたティーセットをテーブルの上に乗せて、楽しそうにお茶をいれている姿を見て思う。

 まず背丈が違う。

 マイ・フェア・レディが女性としてはかなり背が高い、並ぶと佑駆と目線が合うぐらいだ。

 それに比べてサプライズは並んでたら胸元に当たるぐらいで、カトル・カールと比べると少しだけ背が高いぐらいだろうか。

 赤い髪のサプライズに対して、白が入ったブロンド……黄色みが入った銀髪なのも違う。まあこれは俳優ならば珍しいことじゃない。

 俳優は生まれたときからそのモチーフに合わせて様相が変わることがある。

 俳優の存在が有名じゃない頃には、例えば白人から黒人で有名なモチーフの俳優が産まれてしまったり、そのまた逆があったり。美形で有名なモチーフだったばかりに、両親の特徴ある顔をまったく受け継がずに遺伝子照合を行っても血縁ではあるが、まったく似ていないといったトラブルがあったらしい。


 だからこそ、


 めちゃくちゃイケメンでもなければ、体の何処かに特徴があるわけでも、能力も時間停止なのか操作なのかわからない。

 自分なりに図書館にこもったり、検閲修正されていないたくさんの物語も調べてみた。

 だがピンとくるものはなかった。

 一番ありそうかなと思ったのが、アキレスと亀の逸話。そのパラドックスなどから、これじゃね? と思ったことはあるが。


 ――どう考えてもアキレスなんて最低でも伝説レジェンド級だし、下手をすれば神話ミソロジー級だと思われる。


 俳優が発狂しないで済むモチーフが童話メルヘン級だと言われている。

 それ以上の有名な、分類として区分されている伝説の登場人物、モチーフでは文字通りその本人になってしまう、発狂してしまうといわれている。

 その上の神話級なんて教科書でしか習ったことがない。

 人類を数百、数千万、億単位で死亡する原因になった天変地異を起こすような災害だ。


 佑駆は自分がそこそこお人好しのアホだという自覚はしているが、そんなのに耐えられるほどスゴイメンタルとは思ってない。山籠りをしたり、無私で人助けをし続けたり、例えインフルエンザで苦しんでいようがニュースを見て飛び出して戦いに迎えるほど頑張れない。いや、知り合いや家族がそれだったら頑張れたり、やったことはあるがそれはそれ例外だ。

 そんな強い心だったら、バッシングなんて受けてもへっちゃらで気にせず、自称ヒーローをやってただろう。


 だから自分は弱い。

 あるいは普通ぐらいだ。


 正真正銘のヒーローたち公的ヒーローとは違うんだ




「なにか考え事かい?」


「うおっ!?」


 目の前に飛び込んできた碧色の瞳に、不意をつかれた佑駆がのけぞる。

 そのまま椅子から倒れそうなところを、すかさず妖精が支えた。


「ふぅん、超速ヒーローも突然時間を止めたりはしないんだねぇ」


「一々止めてたら大惨事じゃないか」


「そうなのかい? 時間停止なんていったらどう考えても無敵の万能能力じゃないか、薄い本でも有名だし」


「や・め・ろ」


 美少女が薄い本とか言うな。言わないで欲しい。

 というか当たり前だが、すでに時間停止だということは伝えられてしまっているんだな。

 まあ当然か、これまでバレてないのが奇跡みたいなもんだし。


「えっとだな、一応少しだけ説明すると俺の時間停止アクトは多分イメージと違う」


「違う?」


「周りは止められるが、俺と俺が接触しているものは止められないんだ。だから椅子事転げ落ちた時に時間停止をしたら、普通に椅子ごと転んだあとの光景になる」


「あーつまり……周りは止まってるが、自分だけが動けるタイプだと? それだけならイメージとして普通だけど」


「キモは接触してるやつも動けるところだ」


 指を立てて、サプライズにも見えるように”空気”をかき混ぜて見せる。



「あ、もしかして時間停止ってことは……大気も止まるのか」


「イエス。周りはコンクリートか、金属というか、石の中にいる、みたいな?」


 どこかで聞いたようなフレーズを例えに出したが、まあわりとあってると思う。

 佑駆だって時間停止にまで至った頃には、全然動けなくて なんだこれは使えねえ! と思ったものだ。

 それが体の動かし方、効率的な停止の解除動作、あとひたすら体力を上げて、筋力を上げて、努力した結果、超速ヒーローなんて呼ばれるというかその場の勢いで誤魔化した名乗りを得たのだ。


「む、すると……普通何も見えなくなるのではないか? 光も止まるのだろう?」


「あ、それ気づくか」


 自分の能力が時間の減速、それから伴う時間停止だと気づいてから、一応参考になりそうなフィクション類や科学考察本はたくさん調べた。

 その中にはまあ薄い本というかエッチなゲームがあったり、たまにある漫画とか小説とか、古い奴の解説本というかムック本もあった。


 で、その中で一つ気になったのが時間停止中の時間停止者の視点では。


「光も停止すれば、それを反射して、目から取り込んでる人間には真っ暗にしか見えないはずだってやつだろ?」


「そうそう、それだ。可視光線とは別にレーダーセンスでもあるのか、君は」


「いやない。目を瞑ったら普通に周りは見えないし、精々気を配ってなんとなく周囲に流れてくる風の感触がわかるぐらいだし、それぐらい普通だろ?」


「……普通かそれ?」


「格闘技やってるやつなら同じようなこと言ってるじゃん」


 達人とか、本とかでそういうのあるっていうし、聴勁とかっていうはずだ。

 佑駆も時間停止の訓練中、というか時間減速でどうにか素早く動くために練習をしていたらなんとなくわかるようになってきて、今は水泳の時間で気持ち悪いぐらい早いとか言われてる始末だ。

 水泳部の助っ人をしてたらマジで熱心にスカウトされたこともある。


「君はなんていうか、こう、やばいな?」


「?!」


 突然の暴言だった。


「なるほど、となるとこう擬似的な停滞空間を広げてるのか? 周りが停止に見えるような、いやしかし、それが世界中……いや宇宙規模まで広がる? どこまで範囲時差があるのか、エディターに連絡して時差を計測してもらうべきだろうか……」


「いやそんな大層なものじゃなくて、光は普通に流れるぐらいの、疑似時間停止? だと思うんだ、個人的に」


 モチーフわからないから推測に過ぎないけれど。 


「つまり、こう、時間停止に見えるぐらいに凄い速度で動いてると?」


「多分。そういうことかな」


「ふーむ。てっきり自分だけ都合よく動けて、任意の相手だけ動かせるような能力だと思ったんだが……」


「そんな都合よくないです」


 そんなチートだったら人生困ってないし、毎度怪塵相手に倒せないから時間稼いで、ああ、それとどんな奴相手でもきっちし逃げ遅れた人を助けられるんだろうな。

 欲しいわ、そんなのだったら。


「そうだな、それだったら時間停止おじさんとかになるしな」


「や・め・ろ」


 訂正、欲しくない。

 というか高校生で知っていていい概念じゃないだろそれええええええええええええ!!

 いや俺も、海璃もなんか知ってるけど! 知ってるけど、口にしちゃだめでしょ!

 美少女だよ!? 口には出さないし、なんかこうセクハラになりそうだから言えないけど、サプライズ美少女じゃん! なんだったらマイ・フェア・レディもカトル・カールも美少女じゃん!

 俳優はすべからず美男美人説、ただし獣とか悪役は例外とする説の証明じゃん!

 うちの海璃だって負けてないぐらい美少女ですけど、お前ら顔面偏差値のインフレ起こしてんだよ!


 フツメンの俺にあやま……いや、配慮してくれ。


 せめて顔隠してる時でもないと並ぶとこう画面としてなんか背景ですか、というかモブですかみたいな気持ちになるんだ。

 覆面っていいよな。元の顔がどんなやつでもキャラ立ち出来るからさ。

 ヒーローはマフラーつけるし、仮面着けてればやせ我慢してもへっちゃらなフリが出来るし、ガンガン砂粒とか砂塵混じりの中でも突っ込んでも顔えぐれないし、目だけは護らないとマジ見えないし、凄い速度で動けるヒーローはすげえよ。ピーターパンとか空飛べるし、ジャングルジムさんは普通にビルとか走って駆け上がれるしな。


 俺なんて所詮時間を大体止められる程度の超人になれねえ自称ヒーローだよ。


「ふ、ふふ」


「浮き沈みが激しいなぁ君は。てっきりもっとブイブイ言わせるクールなキャラだと思ってたよ」


「すいませんね、所詮変装してキャラ作ってないと俺は人間だよ。あんたたちみたいな本物のヒーローじゃないんだ」


俳優アクタレスは人間じゃないって?」


「? 人間だろ」


 突然の変な脱線に返事をする。


「心がイケメンかイケメンじゃないかって話だよ。俺はそこまで凄くないからさ、マジで」


 はぁ、とため息が出る。

 元からそこまで陽キャラではなかったが、最近はどんどんダメになってる気がする。

 いや昔からそうだったか? ヒーローらしくないもんな。


 ああいや自称だったわ。


「……なるほどなぁ。君はそういうやつなんだな、そうかそうか」


 サプライズの呆れたような声が聞こえて、ますます沈んだ。


 しかし本当にどうなるんだろうか、俺は。

 弁護士つけてくれるとかって流れになってるけど、本当にそんなの出来るのか?

 俺結構やばいことしてるし、いや、22のルールではヴィジランテの活動は肯定されてる。


 【故に如何なる理由があっても人の善良を妨げることは許されない。その善良が他人の自由を妨げない限り】


 とかいうやつだ。

 だからそこそこ、俺以外にもヴィジランテ、自称ヒーローはいないわけじゃない。ある程度認められてるみたいな言葉もある。

 善人でいていいみたいな正当性は有る。


 あるが、あるが、俺はそれなのか?

 どうなんだろう、だめじゃないか?

 俺は今バッシングされてるし、元々人気ないし、ぶっちゃけ他の連中の邪魔をしてるヴィランじゃないのか。

 どうなんだろうか。

 わからん。

 わからない。



 俺は、どうなんだ。



「クロック、いやジッターか。温かい紅茶でも飲みたまえ」


「え」


「ここに来てからカツ丼しか食べてないだろう。なにか甘いものでも胃に入れながら考えてみるがいい、並大抵の暗い考えは食べて飲んで寝ていれば消えるものだよ」


 そのカツ丼は尋問ついでじゃなかったか?

 ついでに電子レンジでチンって温めただけじゃなかったか?


「アトリの夜食分をくれちゃったのだ、その分開き直って貰わないとあの子に言い訳が聞かないのだよ」


「アイツの分かよ!」


「あの妹め、食えば喰うだけ胸と尻と筋肉に付くのは間違ってないか? その上で足が細いんだぞ、シンデレラ補正か? 俳優じゃなかったらバレエを続けてたんだぞ、くそ、あんな美しいのが半ばネタみたいなアクション俳優美少女扱いされるなんて悩ましい!! くそが! シトリにも半分ぐらい減らないように運動神経を寄越せ!」


「減らないようになのか」


「半分丸々渡されて弱くなっても大怪我するから困るだろうが!」


「それはそうだけどさぁ」


 なんというか、

 なんというか。

 このお姉ちゃんサプライズマイ・フェア・レディを大事にしてんだな。


 幼馴染の兄妹を思い出して、少しほっこりした。


(あ、そういえばあれから連絡出来てないけど心配してそうだな)


 スマフォは没収されてるし、あとで電話借りれないだろうか。

 いや、それだと繋がりがバレるか?

 弁護士でも呼ばせてくれっていえばなんとかなるか?


 うーん。



 そんな悩んでいる時だった。

 鋭く、耳に突き刺さるような電子音が響いたのは。



「ジッター、声を上げるな。はい、サプライズです」



 佑駆に鋭く声をかけて、手に嵌めていた腕時計――腕時計型の端末を素早く叩く。

 それから映し出されてるのだろう映像に、小刻みに瞳孔が動いてるのが視えた。


 網膜投射型の映像通信だろうか。確かそんな技術が使われている、そんなニュースだったか記事を見た覚えがある。



「はい、わかりました。すぐに向かいます、通話終了」


 もう一度時計を叩き、サプライズは佑駆に目を向けた。


「緊急事態だ。悪いが弁護士との相談タイムは後日にしてくれ」


「なにがあったんだ?」


 佑駆の言葉に、サプライズは少し口を閉じて、天井を見る。

 言ってもいいのかどうか迷う、その仕草は記憶にあるマイ・フェア・レディのそれに似ていた。



「そうだな、いい機会……いや不幸中の幸いだ、移動しながら説明をする」



 ドアの外から慌てて近づいてくる足音が聞こえる。マイ・フェア・レディとカトル・カールだろう。


 手を叩き、外出用だろうコートやバックなどが妖精たちが持ってくる中、サプライズは言った。




「超大型の嵐が十都に接近している。私たちはそれを食い止めなければならない」




 そう告げた瞬間、叩きつけるような轟音が外から響いた。


 目を向けた先、事務所の窓ガラスには雨が打ち付けていた。

 土砂降りの雨が。




「――怪塵の仕業だ。人が大量に死ぬぞ」




 ストーリーは突然に。


 不幸は訪れた。


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