すべてを失って(2)/金にも負けず
「放水路が!?」
タブレットに映る映像。
それは輝く濁流によってコンクリートがひび割れ、崩壊していく放水路の光景。
まるで鉄槌で叩き壊される石橋のようだった。
「なんだこの水!?」
「
「それはわかってる! なんの力かって話だよ!」
ただの水じゃないことは見ればわかる。
だが放水路に流れ込む水の量からみて仕切りである越流堤も破壊されている。
濁流と共に土砂や瓦礫と一緒に流れ込み、頑丈なコンクリートの壁や柱が次々とひび割れて、カメラの映像も震えている。
もはや長くは持たない。
そして、それを成しているのが濁流と交じる輝くナニカ。
『現場の隊員、ヒーローたちに告ぐ!!』
無線機から声が響いた。
『第一種臨戦態勢! 救助隊員は活動を中断し、
第一種臨戦態勢!?
無線機から飛び出した声にざわりと動揺が走る。
「室長! こちらマイ・フェア・レディ、怪塵が出たのか! それならぶちのめしにいく『機動隊と合流しろ、マイ・フェア・レディ!』あ?」
『決して単独で戦闘はするな! 今機動隊が出撃している、合流地点を各自の端末に送った、全員移動しろ!』
「なんだ? 怪塵じゃないのか……?」
ジッターが首を傾げる。
「いやまず情報寄越せ! 移動はするけどよ」
『戦闘は避けろ! お前たちが勝てる相手ではない!』
「は?」
返された言葉に三人の
ジッターはなにかおかしさを感じる。
濡れた合羽越しにぞわぞわと背中が鳥肌立っている。
『いいかよく聞け! すでに見ているものもいるだろうが、放水路が破壊された! 今すぐ高い場所へ移動しろ!』
遠くからサイレンの音が聞こえる。
洪水の警報。
『破壊の原因は――サキンだ!』
遠くからサイレンの音が聞こえる。
洪水の警報から、ブツブツとなにか途切れて、聞こえる。
『フェティッシュ値が急速に上昇している!」
遠くから音が聞こえた。
ぷっ、ぷっ、ぷぷ~~♪
奇妙な喇叭のような音が聞こえた。
『――
◆
ごうごうと妖精共が喚いている。
ざあざあと川が溢れ出している。
鳴り響くサイレンが、あたかも自分を称える凱旋の喇叭のように感じられる。
「まったく、まったく、平穏よりも騒音こそが心が弾む」
その男は氾濫する川に四肢を沈めていた。
かつて東京と呼ばれ、幾多の戦いによって再編された十の都。
それを横断する神田川、その上流に当たる場所で王は佇んでいた。
ごうごうと流れ続ける濁流の中で、黄金の杭で覆われた椅子に座っている。
まるで玉座、まるで牢獄、まるで十字架。
喉を鳴らし、黄金の四肢を持つ王は嵐に歌っている。
その全身がずぶぬれながらも、仮面を濡らしながら、泥水が打ち付けようとも、その王は楽しげに嘲笑っている。
「最悪うさ」
その横の杭の上でバニーガールの道化めいた女は、傘を差しながらぼやいた。
くるくると真っ黒な傘で、ゆっくりと振り付ける雨を流す。
「残った放水路の数は幾つだ?」
「あと2つ」
「そうか。これであと一つだな」
黄金の王が無造作に腕を跳ね上げる。
その手が砂利まみれの泥水を掴んで――黄金に染まった。
砂が、泥が、砂金へと変わる。
砂金は奇妙な形に歪みながら、流れる砂金は蛇のように形を変えて、濁流を黄金色へと染めながら下っていく。
歪んだ形はまるで船のように幅広く薄く歪んで、泥の濁流に飲まれながら滑っていく。
それが接触するものを引き裂きながら、大質量の破壊物が放水路へと飲み込まれていく。
その様をトランプを模したカバーのスマートフォンに映した監視映像から見ながら、道化の兎は頷いて。
「水位監視アクセス数が50万を超えたうさ」
「頃合いだな」
黄金の手が上へと掲げられる。
「止めろ、時計兎」
王の声に、道化の兎が懐中時計を掴んで、蓋を開く。
「お静かに」
――
音が止まる。
雨が止まる。
河の流れすらも止まって。
濁流の鳴り響く轟音が魔法のように消えて、彼女たちの周りにだけ静寂が満ちる。
「はい、静かになりました!」
「では始めろ」
「はい、ハイ」
クルクルと掲げていた傘の柄をねじり、バニースーツに締め付けられた豊満な胸元からずるりと引き出したのは筒のような形のカメラ。
巻き紙のようにくるりくるりと回し、傘を回し、数歩離れて。
マイクとカメラを向ける。
「ぷっ、ぷっ、ぷぷ~~♪」
道化のような時計の兎が折り曲げた片手を唇に当てて、三度喇叭のような音真似で鳴いた。
『プッ』『プッ』『ププ~~ッ』
音が響く。
あちこちのサイレンから、三度、喇叭のような音が響く。
「傾聴せよ」
黄金の男は黄金の玉座から告げる。
「我が名はアウルマクスである」
◆
『我が名はアウルマクスである』
声が聞こえた。
雨にも負けず、風にも負けず、奇妙なほどに都合のいい声が響いた。
まるで差し込まれるモノローグのように聞こえる。
「アウルマクスだと?!」
その名前に反応したのはジッターたちではなく、大人の隊員たちだった。
顔色を変えて、一斉にある方角へと目を向ける。
遠く洪水のサイレンが聞こえた方角に。
(アウルマクス? どっかで聞いたような)
『俺の名を知らぬものがいるならば幸いである』
「総員退却!! 離れるぞ!!」
隊員たちが叫ぶ。
『俺の名を知るものがいるならば不幸である』
声は淡々と聞こえる。
だが、音は聞こえる。
『これからお前たちを滅ぼす恐怖を知るのだから』
大きな音が。
巨大な音が迫ってくる。
『故に』
大地が揺れる音が迫ってくる。
『抵抗しろ』
地響きが、地響きが迫ってきた。
そして、彼らは見た。
黄金の濁流が、大地を滅ぼしながら迫ってくるのを見た。
◆
「富を夢見た」
王は歌う。
「飽くなき夢を、飽くなき欲を、酔いしれる願いを夢見た」
王は告げる。
「それは綺羅びやかなる輝き、それは朽ちることなき永遠、それは眩き理想に手届く完成」
その手は輝く。
「歪んだ耳は、褒め称える声など聞こえはしない。故に飽きる。
歪んだ耳は、悪しく語る声ばかり拾い上げる。故に飽きる」
黄金に輝く手は冷たく。
「願うは変わらぬものを。飾るは朽ちぬものを。この手に掴んで離れぬ我が願望」
「笑うものは告げる。その夢を叶えてやろうと。
酔うものは告げる。その手に
我が手は呪われ、我が耳は呪われ、祝うように呪われる」
「誰が願ったか。変わらぬものを欲しいと伝えれば、それは変われない石に。
誰が願ったか。朽ちないものを願えば、それは錆びない冷たさに
誰が願ったか。掴んで離さない夢は、絞め殺してもなお滴る鵞鳥の血」
こう。
乞う。
告げる、カメラとマイクに映し出された黄金の、偽鍮の、王の、慟哭を、道化の兎は見届けて。
「王よ、我がキングよ、ならば貴方はその黄金を諦めるのか?」
尋ねる。
白い時計兎が、王へと問いかける。
「まさか」
王は語る。
煌めき、河に触れてなお洗い流せない呪われた手を握りしめて告げる。
「我が黄金は
河が染まる。
「真なる黄金はいずこに」
濁流の河が砂金の河に、触れた砂粒が全てが黄金に、莫大な砂金が流れて膨れ上がって。
「我が手に、黄金よりも価値があるものを見せよ!」
それはただの掌のみで、都市を滅ぼす災厄を産みだした。
「
◆
『奴は――ミダス王の俳優だ!』
地響きが響き渡る中、叫ぶように、無線機から声が響く。
『30年前の
悲鳴のような声だった。
『階級は
人々は見た。
その輝きを。
大地を砕き、削り、ビルすらも砂山のように砕いていく。
『世界の黄金価値を半分以下にまで貶めた赦されざる怪人であり』
黄金の悪夢を。
『単独で都市を滅ぼし得る化け物だ!』
総質量にして数十万トンを超える黄金の津波。
これより都市は黄金によって綺羅びやかに砕け散る。
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