ミッドポイント(1)/少女二人、姦しくには一つ足りない



 夕焼けの空が広がっていた。


 広く抜けた屋上。

 ガラスが張られたテラスで二人の少女は会話をしていた。

 この事務所の所属オーナーマイ・フェア・レディ――アメス・ベリールと、カトル・カール。


 サプライズことシトリ・ベリールは事務所内で佑駆を歓待スカウトしている。


「……どう思う?」


「明らかにおかしいわよね?」


 二人が座る優雅なテーブルセットに不釣り合いなペットボトルが二本。

 片方はスポーツドリンクに、もう片方はカロリーの高いコーラ。

 サイドキッカーとして同居しているサプライズ以外には紅茶を嗜む趣味もいないこの事務所では、不釣り合いなテーブルだった。


「クロックに対する風評被害は大体6対4の賛否。まあ


 やれやれと芋ジャージに覆われた豊満な胸をそらして、アメスは肩をすくめた。


「こっちもマネージャーに確認はしてもらったんだけどさ」


 それをジト目で見ながらカトルカールは、耳を指で抑えながら言った。



「《クロックに関する誹謗中傷番組はもうとっくに下火になってる》。ワイドショーでも殆ど廃れてるって」



 カトルカールが連絡不備でガミガミと数十分も説教されてまで得た情報だ。

 人の噂も七十五日というが、この情報社会ではもっと早い。二週間も触れれば息が長いと感じて、一月もすればまだ擦ってるの? と思われるのが事実だ。

 その上で言えば。


「しつこく叩いてるところもあるけど、あれは非合法活動バッシングメインの局だったし、そもヒーローの過剰批判は


「エディターが調整してないわけがないよね。社会貢献型ヴィジランテに関しては基本バッシング抑制してるはずっしょ」


 政府所属のヒーローである少女たち二人は当然のように理解していた。

 そも公認活動を行う際の研修としてしつこいぐらいに情報リテラシーを叩き込まれ、その重要性を教え込まれている。


 俳優であり怪塵の力の根源である役柄モチーフは人々のイメージによって左右される。


 基本的には古く根付かれた神話、伝説、童話ほど根本的なイメージは覆りにくいが、その役回り、善か悪かなどはその時代によって様変わりすることも珍しくない。


 複数度の発生が観測されている<忠臣蔵>をモチーフにした群体型怪塵がいい例だ。

 最初に発生した時は社会悪とされたあるブラック企業の経営陣を殺戮して討伐したあと消滅。

 その次に発生した時には不景気による人件費軽減のために希望退職者を募っていた複数の企業を、消防士の姿を真似て襲撃、多大な被害を出したあとに爆発四散。自らの姿をアピールするように自爆したという。

 これのように最初は群衆のイメージだった物語が、研究が進んで説が代わり、ヒーローだったものが悪に変わることも珍しくない。

 不変の真実なんてなく事実をどう見るかで変わってしまう。

 だからこそ不要な悪堕ち……バッシングや歪められたイメージに俳優が引きずられないように”ヒーローやヴィジランテは保護されている”。

 これはある程度調べれば周知の事実だし、22のルールの一つとして提唱されているものだ。



 【善良は義務である】


 【人間はすべて、文明が進めば進むほど俳優になっていく。

 つまり、人間は他人に対する尊敬と好意、典雅と無私の風を装うが、それにたぶらかされる人はいない】


 ドイツの近代哲学者カントが残した言葉であり、俳優アクタレスの意味となった引用。

 そこから造られたのが22のルールの一つ。



 【故に如何なる理由があっても人の善良を妨げることは許されない。その善良が他人の自由を妨げない限り】



 ざっくりいえば社会的貢献を行うヒーローやヴィジランテの善良性に無責任なバッシングは許されないという鉄則だ。

 米国では支配的抑圧自由主義者、自称人権主義団体やマスメディアなどが反発し、自由な情報発言を許可せよと叫んでいるが、二人はあまり気にしたことがないし、一般市民も殆ど気にしていない。

 そうやって造られて維持された社会に30年、二人が生まれる前から変化した世界に生きているからこその感性。


「だというのにクロックは自分がバッシングされてると思ってる」


「そういってんね。スマホとか、テレビでも普通に言ってんじゃんとか、少しノイローゼみたいな?」


「結構普通に喋ってるけどね~」


「まあまあ付き合い長いからね、素顔と名前知ったのは今日が始めたけど」


「まあ本当に正体不明だったからね。ぶっちゃけかっこいい男の人でよかったよ」


「え、中から上ぐらいじゃない? ピーターパンとかのほうが美形ショタでお似合いじゃん」


 小首をかしげて、アメスが頬に指を当てる。

 その少し傾いた動きで、盛り上がった胸がテーブルの上に乗って少し軋んだ。

 カトルカールはそれをじっと見ていた。


「ゴスロリだからって好みが同年代じゃないんですけどー。そっちはジャングルジムの紳士なのが好みとか?」


「んーあの人はダンディで良い人だけどさ。恋愛するなら同年代じゃない? したことないけど」


 一般的にはそういうのじゃない?

 と自信なさげにアメスが人差し指をくるくると回す。

 それに同調したテーブルが少しズッと引きずれた。


 もしやこのテーブルはアメスのそれに合わせて高さが調整されているのでは? カトルカールは訝しんだ。


「ん、まあー話戻そう」


 深く考えると曇りそうだったカトルカールは咳払いする。


「ボクたちはSNSとか見るの禁止されてるけどクロック、一般人だからそうじゃないんだろうね」


「一度言われてるって聞くと気になるよね。私たちも叩かれてないわけじゃないし」


 だらだらと二人は幾つか言葉を交わして、同時に空を見上げた。



「「攻撃されてる」」



「よね」


「っぽい。多分、断言は危険だけど」


 二人が語ったのは他人事の、あくまでも世間的な気持ちだ。

 個人ごとのアメスとカトルカール個人としての気持ちは別にある。

 クロックの知り合いとして感じる風評や悪意に、それで参っている彼の様子にムカつかないわけがない。知り合いが傷つけられて怒りも悲しみも心配もしないなら、それはヒーローをやれる資格がない。


 それらを思う人間性こそがヴィランではなく、ヒーローとして彼女たちを奮い立たせているのだから。


「で、攻撃されてるとしたらやっぱりヴィランに?」


「怪塵もないわけじゃないけど、そういう手口やるやつはいたっけ?」


「どうかな。すぐには思いつかないけど、怪塵なら……か」


 カトル・カールが呟いた言葉に、アメスが顔をしかめる。

 アイツと呟いて思い当たる怪塵はたった一体。

 つい一月前に出現し、政府ヒーロー二人に、多数の民間ヒーローが多く協力してなお被害を齎した怪塵。


 怪塵<ハーメルンの笛吹き>


 伝説レジェンド級と認定された脅威。


「あれはしょうがないだろ。あいつが逃しても」



 クロックが取り逃がしたと騒がれた怪塵。



 それが事実。

 二人も知る事実であり、同時に――クロックが一際叩かれた悪夢。


 あれのことは二人もあまり思い出したくもない。

 おぞましい怪物、一度国を、社会すらも崩壊させかねない脅威。次に出れば特攻になる俳優と専用の装備、避難誘導を含めて対策がいる。

 伝説級とはそういうレベルだ。


「でも、アイツがそういう力もってたっけ?」


「どうだろう。データベースで確認しないと、あと一応カウンセリングも手配したほうがいいかも」


「だね……一応弁護士の手配ついでに頼んでおこうか。ヒゲおっちゃんにも話通さないといけないし」


 悪夢を振り払うように二人が会話を進める。

 そんな時、ふとカトル・カールが空を見た。


「雲が出てきたね」


 遠い、夕方の空の果てから分厚い雲が流れてくるのが見えた。

 真っ黒な、タールのような雲に見えた。




 嵐が近づいていた。


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