お楽しみ(1-1)/このカツ丼はおごりだってさ




 薄暗い室内の中でジッターこと佑駆は追い詰められていた。


「やあ、カツ丼食うかい?」


「ヤメロ―! 俺は喰わない! 何も知らないんだ!!」


「安心してほしい、これは奢りだ」


「賄賂だろそれ!」


「いいからいいから」


「ヤメローヤメロー! いや熱! ちょっと熱い! これは虐待だぞー!!」


 グイグイ押し付けられる熱々の丼に悶えていたらパッと明かりがついた。



「なにしてるの、あんたたち?」



「事情聴取」


「尋問じゃなくて!?」


「意見は統一しなさいよ」


 片腕を包帯で吊り下げて少女――カトル・カールは呆れながら言った。


 どうしてこうなって、こんなところにいるのか。

 それは少しだけ遡ることになる。



 




 ◆




 あれから。

 何故かジッターは車に乗せられていた。

 それもバスのように大きく、広々とした車体。

 政府が自動車メーカーと契約してそれぞれのヒーロー用に提供している告知装甲車ハードカバー


 佑駆たすくもテレビや外からみたり、何度か車体の上に乗ったことがあるやつだ。


 多少の怪塵アクターの攻撃なら防ぐし、巨大な怪塵の突撃でふっ飛ばされても車体が潰れなかったことがあるぐらい頑丈な、もはや護送車とか現金輸送車の同類だろな代物である。

 そんな中に連れ込まれたジッターは隙を見て逃げるつもりだったが、未だに逃げられていなかった。

 さすがにこの車両を破壊するにしても、時間停止をフルに使って凹ませてから、解体に、自分が抜け出る場所を作り出すのに三度のフル発動がいる。

 車両から外を覗けるガラスはマジックミラー仕様だし、防弾ガラスの上に、耐久性と偏光効果――色や映像などで攻撃してくるアクト対策に、薄っすらと光景を変えるフィルムが張られていて下手なナイフとかでも切り込みを入れるのが難しい。

 その上。


(なんでこんなにくっついてるんですかねぇ!?)


 カトルカールがジッターの腕を組んでいるが、それも抱き寄せるように掴んでいる。

 幸い残念ながら、その胸は大きくないため感触はあまりしないが、いや、意識するな、するとなんかしてるきがするし、さりげなく持ち上げられたニット帽の防護がないせいで甘い匂いがする。

 カトルカールの片腕が、今は車両を運転してるマネージャーさんの応急処置だけで、まだ折れたままなのもあって乱暴に引きはがすことも出来ない。

 どうなってんだ。

 いや、マジでどうなってんの?

 俺こんなにモテ期とかハニトラされるようなことしたかなぁ!?


 ジッターはワタワタしていた。


 だからぎゅっと彼の腕を抱えているカトルカールが、頬を紅潮させて赤い靴先を小刻みに震わせていたのに気づいてなかった。

 少年少女が揃ってワタワタしていた。


「着きましたよ。カトルカール」


「あ、病院ついた?」


(今だ!)


 外から開けられるドア。

 それに合わせて腰を深く沈める。

 引かれていた腕を押し込んで――柔らかい感触を錯覚だと思い込む。


「ふぁ!?」


 悲鳴が上がって、カトルカールが抱えていた手から僅かな隙間が開く。


 許してセクハラだけど!


(いざ自由へ!)


 その隙間を逃さずにドアから飛び出そうとして、見た。



「よぉ、クロック☆」



 日本最輝のヒロインが水晶ガントレットが拳を打ち鳴らして立っていた。


「……マイ・フェア・レディさん?」


「おう」


 芋ジャージ姿の日本で知らないものがいない人物が立っていた。

 奥を見上げる。

 そこはこじんまりとした三階建てのビルだった。

 周りには対塵仕様らしき重警棒と銃器で武装した警備員が車両を囲んでいた。


「ここどこ?」


「うちの事務所だよ」


 はい、どう見ても病院じゃなくて、ヒーローの事務所です。

 本当にありがとうございました。




 離脱は失敗した。








 ◆





 それから。

 ジッターはズルズルと車から引きずり出され、事務所に連れ込まれた。


 時間停止には接触してる人間には無効になる性質がバレていたから、詰んでいた。


 カトルカールに改めて腕組みされてから半ば諦めた。


「もう煮るなり焼くなりしろ! どうせ俺はヴィランなんだ、いつものように人権停止されて射殺されるんだ!」


 ヴィラン。

 アクトを活用して明確な犯罪行為を犯した俳優アクトレスに対する名称だが、これに認定された人間はもれなく各種公共機関の利用権限と戸籍を初めとした人権が停止、怪塵と同様の抹消対象に認定される。

 これは日本だけじゃなくて全世界で定められた22の絶対法則22・ルールの一つだ。

 これに対する例外は殆どない。

 ヴィジランテなんてやっていたからこそ覚悟はしていたが、それでも声は上ずるし、今さながらに恐怖は覚える。


「いやいやいや、それさせるわけねーだろ。さすがに寝覚めが悪すぎるわ」


「そうそう、弁護士の伝手もあるし、ボクたちは政府公認のヒーローだよ?」


「ほんとぉ?」


 二人の慌てた声に、少しだけジッターは安堵するが。


(いやでもめっちゃいまバッシングされてるし、無理じゃね? 俺)


 ふと思い出す今の自分の世間評価に頭を振る。


 慣れた手付きでマイフェアレディが二重エントランスのドアにパスキーを打ち込んでるのを見ながら、深々と息を吐いて。



「いやはや、まさか本当に捕まえてくるなんてとんだサプライズだ」



 パチパチと手を叩く音。


 そこに目を向ければ金髪の小柄な少女が手を叩いていた。


「……どちら様?」


「ああ、お初にお目にかかるよ。超速ヒーロー、クロック。」



「私はサプライズ。<小人の靴屋>の俳優さ」



 パンと手を叩いて、サプライズと名乗った少女は微笑んだ。













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