サブプロット(1)/夢なんかじゃない






 おかしい。

 なんだろう、この反応は。


 晴れ晴れと名乗ったはずの反応に、ジッターは困惑した。


『おま、ばか……』


 何故かイヤホン越しに海璃が呆れた声を出してるし。


「はあああ???」


 何故か抱えているカトルカールがメンチを切るような声。あとめっちゃ怖い、目つきが怖い。アイドルやってるヒーローがしていい顔じゃない。


<?>


 あと怪塵がなんか小首かしげてるし?!


「なんだよ!? なんかおかしかったか?!」


「何もかんもおかしいわ、この乱入者がよぉ!」


「なんだとォ」


 くそ、ヴィラン共め。

 むやみに人が傷つけることばかり言い出す……!



<ヴォオオオオオオオオオ!>



「おい、「Cutカット



 ――GO・REDN・TIMEゴー・ルデン・タイム――


 ◆ ◇ ◇ 


         ・Inイン」うん?」



 時間を止める。

 振り返り、怪塵の動きを見る。


「え? なにこれ」


 カトルカールが高速状態に巻き込まれてるが問題ない。

 数歩横へ動いて、廻るように位置を変える。


(? 思ったより軽いな)


 想定よりもスムーズに動けたことにジッターは内心小首をかしげた。

 同時にアイドルとはいえ、ちょっと痩せすぎじゃない? と考えて。


(いや代償を考えるならもっと太るべきだろ、マジで)



 ――能力解除――



 ◇ ◆ ◆



 ジッターたちが元いた場所を、怪塵の拳が空振る。

 三歩バックステップ。

 巨体を振り回す獰猛な怪塵を見上げながら、カトルカールを抱えたままジッターは距離を広げた。


「クロッ――」


「悪い」


 グッとカトルカールの身体を抱きしめた。


「んん!?/おぁ?!」


 引き攣れた声と、噛み締めるような声が少女の唇から同時に漏れ出る。

 ジッターの腰が下がり。


「ちょっとそこにいてくれ!」


 真上に放り投げた。


「ふぁー!?」


 カトルカールを。


「Cut!」



 ◆ ◇ ◇ 


 ――GO・REDN・TIMEゴー・ルデン・タイム――



 再びの時間停止。

 周囲の全てが停止する。


 接触さえしなければ時間停止の影響内。


 追撃に迫ってくる怪塵も、流れる粉塵も、拘束から抜け出そうと足掻くヴィランも。

 上に投げたカトルカールは、ちょっとスカートの下のパンツがあられもなく見えてたので慌てて目をそらした。


(やっぱり空気が重いが、今のうちに)


 迫ってくる怪塵を見る。

 巨大な怪物。人型の毛むくじゃらの怪物、金色を纏ってるのは金属、鉱物が混じってる? スマホのカメラをタップし、撮影、画像を送る。

 身長は見上げるほどに高く、手も自分の胴体ほどぐらい太い。掴まれればひとたまりもなく、殴られただけで致命的だろう。


 ――カトルカールの片手を見る。


(彼女は骨折してる、出来るだけ負担をかけず、戦わせないようにケリをつけない)


 起動させたスマートウォッチのカウントが【6】を刻む。


 今吸った息からして残り8秒ぐらいは余裕だ。


 前に踏み出し、怪塵へ距離を詰める。


 残り5秒。


 その巨体の爪先を踏んだ。

 嫌な感触が返ってくると思ったが、硬い。パンパンに中身が詰まったランドセルのような感触。


(一撃だと壊せない、なら)


 時間停止の解凍から爪先から始まる。

 それよりも早く腰を落とし、息を吐いて、脇を締めながら上へと掌底を振り抜く。


 怪塵の突き出した顎へ衝撃。

 脳が廻る、顎から解除が廻る。跳び上がる。

 ぐるりと縦に回転しながらジッターは蹴りを怪塵の眼窩に叩き込んだ。


 下と上の二つの衝撃、条件は満たした。


 その反動で後ろに跳躍。

 バク転しながら下がって、解除する。




 ――能力解除――




 ◇ ◆ ◆



<BuぉX!?>


 くしゃみでもしたかのように怪塵の頭が上下にブレた。


 ――柏拍子カチンコ――


 同時上下に叩き込んだ衝撃で揺らすトリック

 これがまともな生物なら脳震盪確定だが、怪塵には効果が薄い。

 フィクションの存在には物理が通じるとは限らない。


「おぉおおお――ぴゃあっ?!」


「悪いな」

 

 落ちてきたカトルカールを受け止める。

 そのまま前向きに後ろに走り出した。


「もうすぐ訂正がくる! そうすりゃあ――」


「まえ!」


 片足をついた怪塵が手を振り上げ。


 その腕が大きく膨らんだ。まるで風船に空気を入れたかのように大きく。


「!!」


 十数メートルはあるだろう長い腕が一直線に落ちてくる。

 息を吸いながら、横へと跳び避ける。苦しそうな少女の声。


 轟音。


 ひび割れたアスファルトの大地が砕け散った。砂塵が舞う。



「Cut!」





 ◆ ◇ ◇ 


 ――GO・REDN・TIMEゴー・ルデン・タイム――



 時間を止める。

 視界が砂塵に包まれていて、前が見えない。

 奥が見えない。同時に濃密な土煙に包まれかけている、まずい。


 



「これ、時間が止まっ」


「ここ、息、できない」


 声を出そうとして途中で途切れるカトルカールに、短く状況を伝える。

 酸素は削れるがしょうがない。


「動く、掴まれ」


 耳元で聞こえるように囁く。

 敵が見えない。どう動く、どうやれば間に合う。


 とりあえず後ろへ、いや、斜め横へ……!



 ◇ ◆ ◆


 ――能力解除――




「ッ!」


 連続時間停止の反動が来る。

 だがそれでも距離は稼げた。


(なにが来る)


 砂埃が内側から吹き飛んだ。

 そこにあったのはぶくぶくと膨らんだ掌。視界一杯に広がって迫ってくる。


 ――時間停止、無理。三度目は流石に失神する。

 ――時間加速もどうするか、まだ出来るか。


拡大解釈オーバーライド



 せめて庇おうとするジッターの脇から手が伸びた。



「――なんだまだ痩せているミスリード・ポール



 放たれた小さな石に触れて、迫っていた手が上へと流れた。

 まるでこれじゃないと感じたように。



「ジッター」


 見上げる青色の瞳とオレンジ色の瞳と目が合った。

 幾度も能力を使って、頬がこけて、それでも少女カトルカールは言う。



ボクぼくはヒーローだ、守らなくていい」



 浮かぶ、浮かぶ、視界いっぱいの巨大な掌が空を貫く。

 粉塵はその衝撃で吹き飛んで、視界が晴れる。


 カトルカールを抱えるジッターは空を見た。

 それを見上げる少女は手を掲げる。


「一緒に守らせて」


(俺は馬鹿か!)


 彼女もヒーローだ。

 ジッターは自分を恥じた。

 彼女を抱えた手に熱が宿る、その献身に胸が熱くなる。


 息を呑む彼女の鼓動が聞こえた。


 少しだけ心が熱くなった、身体が軽くなった。


「加速する、合わせてくれ」


「手はまだ動く、動いてください」


 

insert インサート


 世界は




 ――GO・REDN・TIMEゴー・ルデン・タイム――




         加速する。


       Cutカット



 ◆ ◇ ◆ ◇




 世界は緩やかに流れ始める。

 この誇らしい時間が永遠に続けと願うように。


「距離を、真っ直ぐ、稼いで」


 途切れ、途切れに単語化した言葉の羅列。

 正規ヒーローならば必ず身につける、情報伝達口調。


 それを聞きながらジッターは後ろに一歩、二歩、三歩と跳び下がる。


「あれは、スプリガン」


 美しい声が聞こえる。

 音すらも遅速化したさざ波の世界で、人の声はとても聞こえやすい。


「巨大化する」


 そして、見た。

 スローモーションのような速度で、空を空振り伸ばしていた手から、その根本の怪塵――スプリガンが膨れ上がるのを。


 ――ジッターは距離を取る。

 カトルカールの手が何かをこぼした。

 まだ動ける。


 倍に、その倍に、風船のように、焼き上がるパンのように膨らんで、大きく。 


 ――ジッターは距離を取る。

 カトルカールの手が小さななにかをこぼした。

 まだ動ける。


 その身に埋め込まれた黄金が溶けるように、その妖精を焦がして怒らせていた。


 ――ジッターは距離を取る。

 カトルカールの手が小さな石をこぼした。

 まだ動ける。


 加速する世界の中で、黄金色の髪を持った



 ◇ ◆ ◇ ◆



 ――能力解除――


 大地が砕け散る。

 巨大な拳が、二人の居た場所を粉砕してもうもうと土煙が膨れ上がる。

 それを突き破って巨大化した怪塵のシルエットが浮かび上がっていく。



 スプリガン。


 イギリス南西地方に伝わる妖精。


 環状列石クロムレック、古びた砦、田舎の家に済んで、そこの財宝を守ると言われる守護者。

 体の大きさを自由自在に変えられて、闘争の時には巨大化して巨人ともなるという。

 嵐と雷を起こし、自分たちの領域に入ってきたものを決して許さない巨人の幽霊とも言われる。



 伝承の存在。創作物の、御伽噺の、言い伝えの存在で、つまり。


 ――今はもう誰も居ない廃棄石灰建造物郡コンクリート・ジャングルがその領域だと?


 強大な怪塵だとその姿を見て理解する。

 守るものもいないジッター単体でならともかく、誰かを守りながら戦って斃しきれるかわからない。

 事実、ジッターが繰り出した打撃は有効打になっていない。

 巨大化していく巨人を倒すにはもっと協力な攻撃が必要だ。


 だから。


「ジッター」


 カトルカールが、見上げる巨人を見ながら、ジッターに囁いた。

 やせ細り、骨のように痩せていく少女が。


「ぼくを信じてくれる?」


「信じる」


 即答する。

 だから後ろに、真っ直ぐ後ろに、三十メートルは距離を稼いだ。


 カトルカールは微笑んだ。


「ボクらを離さないで」


 その手には小さな金属片があった。

 カトルカールの力、磁力操作。宝を集めているという魔女の御伽噺から言われる力の一つ。

 濡れて傷ついた手で握りしめて、もう片方のきれいな手がその金属片に添えられる。


Lightingライティング――Tealティール


 その金属片が変化する。

 カトルカールの血を吸って、その熱量を帯びて変化する。

 魔法のように。


Writingライティング――Orangeオレンジ


 落とした小さな石に光が宿る。

 加速した世界の中で、ぼんやりと光る。

 月明かりのように、真っ直ぐな、白い線路が走る。


拡大解釈オーバーライド


 蒼と橙の両目がそれを見つめて、先を見た。



「<お前なんかいなくなれレールガン>」



 電光が走った。

 衝撃が走って、それから轟音が生じる。


 スプリガンが消し飛んでいた。


 丸く、夜が晴れたように土煙ごと消し飛んでいた。


 それをジッターとそれに支えられたカトルカールは見て。



「「「やったぜ」」」



 人で笑った。








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