第一ターニング・ポイント(3)/少年少女は夢を見る


 魔法とはナンセンスの代名詞である。

 御伽噺には魔法が付きものだ。

 シンデレラのかぼちゃの馬車とドレス。いばら姫の祝福と眠りの呪い。人魚姫の喉と人間の足。アラジンのランプ。ソロモン王の指輪。千一夜の魔人たち。アーサー王伝説のマーリン。救世主にして預言者たち。指輪物語の灰色。魔法魔術学校の偉大なる魔法使い。

 魔女。魔法使い。妖精。森の人。大地の住人。悪魔。天使。神々。


 魔法を使うもの、魔法を使われるもの、それは物語には欠かせない、夢見る幻想の象徴。


 その力は様々で、何でも出来るが、何かが出来ない。

 それが叶えられないことはなく、それが叶えられる事がない。



 みすぼらしい灰かぶりを麗しきお姫様にすることが出来ても、12時を超えても永遠の姫に出来ないように。


 喉と引き換えに人間の足を手に入れた人魚姫が、王子を殺さねば泡になって消えたように。


 死すべき定めに呪われたばら姫が、それと引き換えに長き眠りに置き換えられたように。



 都合がいい展開で、都合悪く抜け落ちる展開の、ご都合矛盾ナンセンス

 魔法は学術的でもなく、学問的でもない、大系的にも出来ない。

 個人物語ごとにルールの定められた超能力サイキックに等しい。


 故にアクトにおける魔法使いの扱いは難しい。

 不安定な切り札。

 出来る可能性と限界が見えない不透明な力たち。


 その中でカトルカールは輝き確固たる力を魅せてきた。


 最優の魔法少女。お菓子の魔女。輝き微笑む偶像のヒロイン。


 例え魔女であろうとも幸せになれる、善良であり続けられる証明。



 それがお菓子の魔女であっても。

 それが――










 ◆






 何が起こっている。


「なにぃ?!」


 沈むことを停止したカトルカールを見て、ウサギ男が上げた声は困惑だった。

 カトルカールの目の色が水色ティールから柑橘色オレンジに変わったのはこの際どうでもいい。姿を変える力も、物語も幾らでもある。


 だが使


「八つ裂きにしろ、お前ら!」


 幾多の犯罪行為に、傭兵経験を重ねたウサギ男のカンが最大限に警報を鳴らしていた。

 嫌な予感がする。

 それは間違いなく迫っている。

 さながらフラグ、舞台の流れというべきものを肌に感じて、複数の石を投げつけた。


 触れたものを発火、炎上させる必燃の石。

 魔女は石持て追われ、火炙りにて死ぬのが定めだろう!


Rightingライティング――Orangeオレンジ


 石礫が停止した。

 カトルカールの繊手の先、空中に縫い留められたように止まっていた。


 チロチロと火花を散らす石を見て、口端だけを持ち上げるように微笑む。


「眩し過ぎる。こんなの、月明かり程度で十分なのに」


 円を描くように指を回す。

 石がくるりとその先を回る。


 手の平サイズの石が、白く、怪しく輝く。


「ちぎれろ!」


 左右斜めに伸びたダルマ女の手がカトルカールに迫る。


「やだよ?」


 それをあっさりとはたき落とした。


「に゛っ!?」


(人体切断の掌だぞ!?)


 生身で触れれば人体を、女の身体をバラす掌をカトルカールは素手ではたき落とした。


 そしてもちろんその両手は無傷。



 そう呟くカトルカールの眼前に風のように飛び込むトンカラトン。

 先程までの牽制ではなく全力の切り上げ。


 それを――空中で、身体を傾けるだけで躱す。


「トンッ!」


 切り上げたの勢いのまま、廃墟の壁を三角跳びにトンカラトンが跳ぶ。

 空中で、なにかを――小さな足場を踏み締めて止まったカトルカールに目掛けて刺突。

 体ごとぶつかる突撃の構えを。



拡大解釈オーバーライド――月明かりに道が出来るムーンレール



 突き出した指先から”外れた”。

 否。指先ではない、そこに浮かぶ石に触れて逸れた。ズレた。曲げられた。

 落下するように飛び込んだトンカラトンの動きが、上へと上昇する理不尽。


「がぼっ!」


 その腹部に、カトルカールの爪先が深々と突き刺さっていた。


「可愛いボクを刺そうとするなんてどういう了見なわけ? いたそうだし」


「と、ぶぼべ!?」


 声を漏らそうとしたトンカラトンの顔面に、靴底がめり込む。

 まるでバレリーナのようなスピン。周囲を巡る石のように、旋回まわった。


「お前の刃には触れない。仲間にされたくないし」


 振り抜いた踵に蹴り抜かれ、鈍い音と共にトンカラトンが墜落した。


 それを見下ろし、カトルカールの左手が振り上げられる。


 その頭上に石が浮かんでいた。


 曲射を描いて見えないように落下させたウサギ男の――かちかち山の石。

 それが見もしないで対処されていた。


 まるで――未来でも見えているかのように。


「見えてないよ」


 カトルカールの手が閃く。


「わかるだけ」


 カメラが割れた。

 ダルマ女がセットしていたハンディカメラ以外にも、セットしていた隠しカメラが、次々と破裂音を立てて砕かれる。

 

明日に先回りリハーサル。小石を拾い集めて、明日もボクらは捨てられる」


 小さな少女の手から放たれた石礫が、カメラに突き刺さり砕いていた。


 言葉を紡いで歌うその周囲に一つ、二つ、三つ、無数に浮かんで舞う。


 オレンジ色の瞳が瞬いて、仄かに輝く小石を撫でて、ウサギ男を見下ろした。

 違うアクト

 これは魔法ではない、もっと違うルール


(あいつは菓子の魔女じゃなかったのか? ヘンゼルとグレーテルの肥え太らせて焼かれて死ぬだけの……ヘンゼルとグレーテル?)


「まさか」


 奴のモチーフは。


「理解が遅い」


 手が、下から上に振り上げられる。


 魔女とは正反対に。

 魔女だと考えていた彼女とは鏡写しに。





 カトルカールがウインクしながら微笑み。


RIGHT・UPライト・アップ――あの子を照らせヘクセン・ブルーム


 手を叩いた。

 高々と。









 勝負はついた。


 カトルカール――



 ヘンゼルとグレーテルの物語。

 それは両親に捨てられる兄妹の物語。

 時代は中世ヨーロッパ、ヘンゼルとグレーテルの兄妹は幾度にも森にも捨てられる。

 飢饉で食料が足りないから、殺すことが出来ないから、その手を汚さないために、真っ暗な森の奥に両親に置き去りにされる。

 これを乗り越えたのが兄であるヘンゼルの知恵。

 自分たちを森の奥に捨てようとする両親の会話を聞き、一人月の石に照らされる白い石を拾い集める。

 そうして森の奥に連れて行かれる道中に落とした白い石を目印に、彼は妹を連れて家へと帰還する。


 自分たちを捨てた両親の意思が、何かの間違いだと信じて。


 そして、また裏切られる。

 母は父に告げる。あの子達がいたら飢えてしまうと、不幸になると。

 父親は何も知らないと信じる兄妹を説得し、また森の奥に置き去りにする。

 夜になったら迎えに来ると告げて。夜にこない。

 それが何度も何度も繰り返される。

 その愛は何度でも裏切られる。

 それでも。それでも――二人は家に帰るのだ。裏切られても、二人手にとって欠けることなく、家へと帰る。


 これはその物語の役割アクト


 自ら並べた白い石にレールを委ねる。

 そして、自分達を見る目線にその意味感情を知る。

 この二つを御し、理解するのがヘンゼルの知恵と力。


 ヘンゼルのアクトはヴィランたちの最悪だった。


 トンカラトンの刃に、ヘンゼルは決して触れず。

 ダルマの手は、ヘンゼルの身体を割けず。

 カチカチ山の石は、ヘンゼルの道具となった。


「頼むよ」


 カトルカールの放つ無数の石が並んで繋がり、ヴィランたちの身体をロープのように締め上げる。


「――Tealテュール


 上から下へ振り上げて、手を叩く。

 ヴィランたちを縛り上げる石が雲のように膨らんでいく。


「終わり、だよ。閉架図処監クローゼットで、コツコツと反省して」


 その目は青く暗い戻り、長く息を吐き出す。


(ギリギリカロリーが足りた、頭がふらつく。寒いな)


 周りがくすぶる火種に囲まれているせいか、身体が震える。

 火にいい思い出はない。

 特に――あの子には、震えてたまらない。


「く、ひひひひ……」


「なに?」


 全身が拘束されたまま飲み込まれていく中で、ウサギ男が不気味に笑っていた。


「まったく……反則だよなあ、おい。まさかの二重原作ってか? どうなってんだ」


 カトルカールは答えない。


「だんまりかよ、つれねえな」


「……のんきに喋れるなら答えて。何故ボクを狙った、名声か? 金か? クソ忙しいのに」


「だからさ」


 ウサギは笑った。

 燃えるタヌキの後ろで笑うように。





 カトルカールの右目が細まり、青からオレンジ色に染まり出す。

 その意味を知ろうと乗り出した瞬間だった。


「どういう」 


 轟音が轟いた。


 カトルカールが振り返る。


 そこにあったのは泥まみれの噴水、そして巨大な……【金色の毛むくじゃらの怪物】


「食い殺せ、スプリガン!!」


<BOUOOOOOOOOOOO!!!>


 カトルカールの体躯を超える巨大な拳。

 それを石の誘導で防ごうとしたが、まとめてその体が吹き飛ばされる。


 ヘンゼルの知恵は力には叶わない。

 自分と妹を森の奥に連れて行こうとする父親の力に逆らえなかったように。

 自分を家畜小屋へと押し込めた魔女に逆らえないように。


 その暴力悪意を逸らすだけで、妹を守ろうとするだけで、自分を守れない。


「がぼっ」


 その小さな体が瓦礫の地面の上を跳ねて転がる。

 その右手はあらぬ方角にねじ曲がっていた。

 右腕を盾に、顔面と急所だけを守った結果だった。


「にい――出るなっ!」


 唇から切れた血混じりの唾を吐いて、オレンジ色の目のカトルカールが顔を上げる。


 そこにいたのは泥だらけの巨大な怪物。


 肥え太っただらしのない体躯に、犬めいた顔から、汚らしい牙をむき出しに、鉱物のような虚ろな眼球。






 ――童話級メルヘン怪塵アクター ――


 ――暫定名<財宝の独裁者スプリガン> ――





「あく、たー?!」


(まずい。身体が……いや、それ以前に力が!)


 焼けたように痛む右腕の痛みを無視して、震えて冷たく凍えかけているのを感じている。


 熱量カロリー切れ寸前だ。


 菓子を焼き上げるように、カトルカールの<アクト>にはカロリーを代償にする。

 使い過ぎれば身体はやせ細り、体温は下がり、凍えるように停止する。

 ただでさえ激務の負担に、ライブのあと、さらにヴィラン三体もの戦いをこなして限界が近い。

 普段ならその補給用に身に着けている携行食もない。


 人間とは比べ物にならない耐久力を持つ怪塵に、しかも巨大な怪物を倒すには熱量が足りない。


 そして、このタイミングで出てきたということは。


「まさか!?」


「理解が遅いぜ」


 そして。

 唸りを上げて、



              スプリガンの拳が大地を踏み砕いた。




 ――誰もいない無人の地面を。



 そこに赤い色は混じらず。


<ヴォ?>


 そこに悲劇はなく。


「なに」


 そこに、彼がいた。





「「「そこまでだ、悪党ども」」」




 その横に、彼は佇んでいた。


 黒いウインドブレーカー、顔を覆い隠すように下げられたニット帽、唯一空いた目元を覆う秒針のついたゴーグル。

 チックタックと音を鳴らす彼の顔を、抱えるように保護されたお姫様抱っこされたカトルカールは聞いた。


「誰だてめえ、ヒーローか!?」


 そして。


「俺は……


 見た。




「ジッター……通りすがりの自警団ヴィジランテだ」



 

 シャキーンとドヤ顔で、どう考えてもお前クロックじゃね??見覚えのある奴 が、カッコつける。



 どうみても不審者です、本当にありがとうございました。

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