第一ターニング・ポイント(2-2)/夢を魅せられた少女
「
カトルカールが上から下に振り下ろして手を叩く。
「させるとでも?」
それが彼女の、
足元をめがけて飛び込んできたそれを飛び退いて避ける。
「トンカラトン!」
同時に動きが止まった彼女を目掛けて、錆びついた日本刀で振り抜かれ――滑った。
その刀身がカトルカールの掌に浮かぶ雲のような板が受けて捌いた。
「ビスケットも斬れないナマクラだね」
足払い。
踏み込んできた[トンカラトン]の前足を蹴り払い、カトル・カールの肩が駆動する。
顎に左掌、腹に右手を、踏み込んで叩きつける。
それはさながら十字の姿勢。
「トッ」
イメージするは竹筒から吹き出す水銀。
「トべ」
横隔膜を殴打され、鈍った包帯男の身体に発勁――合気とほぼ同一合理の運動質量を叩き込んだ。
カトル・カールは武器術を含めた合気道を習得している。
それと同時に楊式太極拳を師事、合気道の合理を応用し、幾つかの暗勁を憶えている。
包帯男がくの字にのけぞって、数歩後ろによろめいた。
膝から崩れない、後ろに勁が流れた。
「!!」
それで気づいた。
足元が泥のように溶けて滑り、勁が乱れた。
カトル・カールの功夫はまだ達人とは呼べない。僅かに地面を踏み締めなければ勁は通しきれない。
―<
「
カーテン女が自らの胸元を掴んで――引きちぎるように左右に開いた。
そこにあったのは醜く書き記された「¥10」「罵ってください」「見世物」「安い」「哀れな生き物です」「同情してください」「いいねをください」「評価してください」 尊厳を侮辱するような言葉の羅列の胴体、何重にもベルトで繋がれた両手両足肘膝。
それが解けて――伸びた。
ベルトに繋がれた”繋がってない両手が迫ってくる”。
「
掌を打ち付けて、生み出した2つの雲。
二振りの短い飴細工の棒となって、掴みかかる掌を受け止めた。
――その飴杖がへし折れた。
否、切断されたように分割される。
「!?」
カトルカールの右手と左足を、ベルトの手を掴む。
次の瞬間、肘と膝から激しい痛みが伝わってくる。
握られている手首ではなく肘と膝から赤い血の線がぷつりと滲んだ。
「
両手を叩く。
煌めく雲が生まれて、二度目の拍手で弾ける。
「ッぅ~!」
自分ごと電光を走らせて、握りしめていたベルト手を焼いた。
バネ仕掛けのように指が開く感電性の痙攣。
それを身を竦めるような挙動で引き剥がし、続けて跳ね上げた右足で飛び込んできた石を蹴り払った。
「さすがに決まったと思ったんだがなぁ」
瓦礫の上に登ったウサギ男が、小石を弄びながらそういった。
見れば吹き飛ばしたはずの包帯男も離れた瓦礫の上に飛び乗っている。
言うまでもなくカーテン女……否。
「だるま女かぁ。趣味が悪いね」
カトルカールは血の滲んだ手と足を見下ろして息を吐く。
だるま女。
誘拐・拉致をされた女性が両手両足が見世物小屋で慰み者や見世物とされているという
20世紀後半に流行った都市伝説で、その元になったのはフランスの噂話、オルレアンの女とされている。
それは<人が消えるブティック>
カーテンに覆われた試着室に入った人間が行方不明になるという噂
そして、それから行方不明になった人間は人身売買の売春婦として売られて、その末路としてだるま女などにされて消費されるという噂。
――女、人体の分解。
――カーテンに覆われて見えなくなったら消える神隠し。
おそらく女特攻の、拉致能力。手足が千切れたまま動かせるだるま女という怪異はどこかの解釈か、怪物として逸脱してる。
「その上カチカチ山ね、ぼくの靴は泥舟じゃないのだけど」
さらにはドロリと溶けた安全靴の爪先を見ながら、言う。
(人工物を溶かす、泥の舟に見立てるってこと? めんどうだね)
トンカラトンはまだよくわからないけれど、まあろくな能力じゃないのはわかる。
迂闊に受ければ致命的になるのも珍しくない。
こうして足元がズブズブと沈み込んでいっているように。
「チェックメイトだぜ、カトルカール」
「泥舟に乗せて勝ち誇ったつもり? 可愛くないウサギ」
「負け惜しみは品格を下げるぜ。わかってんだろ、もう詰んでるってことがよ」
そう語るウサギ男はヘラヘラと嘲笑っているのが感じられた。
辺り一帯の地面、アスファルトも含めてグズグズに溶け出している。
ウサギ男――かちかち山の石は触れた場所は溶け落ちる。泥舟のように、そしてその末路のように沈み込ませる。
ヴィラン共がそれぞれ高さのある瓦礫の上に登ってるのはもしも彼女が飛び上がっても叩き落とせるように、そして見下ろす構図で力関係を伝えるための
カチカチ山、トンカラトン、だるま女たちの力が高まっているのを感じ取れる。
これが
実際の強さだけではない、知名度とそれに伴う信憑性と流れの説得力。
勝つと民衆が信じるほうが強くなっていく。
だからヒーローもヴィランも誰かに見られながら、それを演出しながら戦っている。
そうでないと力を発揮できないから。
信じてもらわなければ強くなれないから。
カメラでどこかに配信されているんだろう視聴者たちは、ヴィラン共の演出を楽しんでるに違いない。
そして見事、カトルカールを無惨に殺したならばその名声と功績はヴィラン共にそっくり刻まれる。
カチカチ山のヴィランは、カトルカールよりも強い。
トンカラトンのヴィランは、ヒーローを倒せる。
だるま女のエピソードは、カトルカールをも脅かす。
それが――
より気高い強者を蹴落とし、自分の格を上げるヴィラン共の少なくない暴れる理由。
「わかるだろう、カトルカール。やろうと思えば俺たちはお前を瞬殺することも出来たんだ、だが抵抗を許してやった」
「かく、づけ♪」
「トンから、トントン……」
あえて目が覚めるまで様子を見ていた。
だから抵抗を許していたのだとヴィラン共は語る。
そして、ここまで追い込んだがゆえに余裕を持って喋っている。
「ねえ、もしかして、勝ったつもりなのかな」
「つもりじゃねえ。勝ってんだよ」
カチンと石を叩きつけて、火花が散った。
そして、地面が燃えた。
メラメラと揺らめいた火がついている、かちかち山の
「お前のモチーフはお菓子の魔女。焼けて燃え盛ったパン窯に放り込まれて焼け死ぬ」
それは真っ赤に焼けたパンの窯の中のようで。
「お前は
高笑いをするウサギ男。
カチカチ山のタヌキを成敗したウサギ。
勧善懲悪の物語。
全ては予定調和。悪は正義に負けるのだ。
「お前の目は悪いのね」
「あ?」
火に囲まれて、ブルブル震えながらカトルカールは目を閉じる。
祈るように、小さく呟く。
「 さん」
そして、だらりと手が下がった。
「……魔女か」
両手を下げたまま、声が漏れる。
「それなら確かに負けるかもしれない」
手を振り上げる
「だけど」
下から上に、振り上げて手を鳴らす。
「ボクは負けない」
高く、高々と、目を醒ますように。
「なぜなら」
ズブズブと沈んでいたカトルカールの足が止まる。
「この物語は焼けて死ぬものじゃない」
それ以上沈むこともなく、ゆっくりと目を開く。
「ボクらの物語は幸せになるのだから」
その
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