第一ターニング・ポイント(2-1)/夢を魅せられた少女
白い空。
見覚えのない廃墟群。冷たい空気。風の気配。
先程までいたのとは圧倒的に違う開放感。
「は? ッ!?」
視界端に瞬く影。とっさに彼女は動いた。
膝から抜いた落下速度で潜り、蹴り足を前へ、姿勢をより低く滑り込む。
地面はアスファルト。
頭上には空を切る石礫。
靴底が固定されてないの察しながら、お尻から落ちて後ろへと
そうして飛び退いた地面が泥のように溶けた。
「ッ!」
さらに複数、飛び込んできた石礫を強引に避けて、ステップを踏んで距離を取る。
「ほおっ。さすが天下のヒロイン様、可愛いパンツをしてやがる」
「アイドルだからね、見せパンだよ」
聞こえた言葉に、彼女――カトル・カールは平然と答えた。
カトルカールは周囲に視線を散らした。
上空は青空。周囲は廃墟。足元はひび割れたアスファルト、整備されていない、破壊と時間劣化の痕跡。人の気配がない。建造物の特徴、日本式、おそらくまだ十京圏内。
(再開発待機地区だね。会場からおそらく離れても十キロ圏内、それ以上飛ばせる
再発待機地区。
30年前に発生した
だからこの十京では存在していた23区の半分以上を放棄して再整理され、集中した十区の外側には未だ廃墟が広がっていることは子供でも知っている。
外から発生して、人間の生存圏を目指して襲ってくる灰塵を迎撃するのも仕事だから。
そこまで考えたのを打ち切り、彼女は前を見た。
「で、どちら様?」
三方を囲むように立っている相手は三体。
――両手に拳大の石を持ち、ウサギの被り物をした男。
――トンカラトンと呟く包帯と顔の周りと口に縛るように巻いた日本刀持ちの不審者。
――肩から両手、スカートのようにどこからか剥ぎ取ってきたような分厚い布を巻いた女。
ウサギ男、包帯男、カーテン女、それぞれがスタッフ服を着ている。
先程の襲撃者は三人、つまりステージで襲ってきた奴らに間違いなかった。
「ヴィランだよ、見ればわかんだろ?」
「ごあいにく。見た目で人間を判断しない主義なの」
「そいつはどうも優しいねえ」
(どう考えても全員
ウサギ男のヘラヘラとした言葉を気にせず、暫定でモチーフを決めつける。
(手に持つ石に……ウサギ、カチカチ山? ミスリードでダビデとかじゃないといいけど。トンカラトンはたしかそんな都市伝説があったはず。カーテン女はまだわからない、脱ぎだしたらアメノウズメ辺りだと思うけど)
公的ヒーローとしての基礎研修として叩き込まれた有名所の民話、都市伝説、神話、童話の知識からざっと連想を当てはめる。
やばそうな上のやつからハメて、その動き方から見て下方修正していくのが大事だ。
有名どころならばその通りに動かざるを得ないし、そうじゃないマイナーな奴なら動きに個性が出てくる。
――
隠そうとしてもどこかモチーフが、特徴的なアイコンを残してしまう。
だから公的ヒーローはひたすら多くの物語を読み込まされ、学ばされ、その特徴を把握している。
(だからといって能力までわかるわけじゃないけれど)
「で? 何の用かな、人のステージを邪魔して、私のファンが泣いちゃうんですけどぉ?」
「そりゃあラストコンサートだ、感動で咽び泣くだろうさ」
「トンカラ、トン」
ヘラヘラとしたウサギ男――推定カチカチ山に、包帯男――推定トンカラトンが、わかり易い言葉を吐く。
(センスがないよね、こいつら。まあヴィランなんて自己紹介する奴らだ、頭が足りてない)
「なにそれ。脅しかな?」
胸元に手を当てて、漏らしそうになった舌打ちをカトルカールは飲み込んだ。
(しくじった。通信用のブローチがない)
緊急時の発信機も兼用しているブローチの代わりにあったのはライブ用の小型マイク。
ワイヤレスのそれだけどさすがに、数キロ離れたスピーカーに通じるわけもなく、精々拡声器機能ぐらいしか使いようがない、
(のんきにちょっと電話させてなんていってさせてくれるわけがないかな。というかスマホ、マネに預けたまんまだし)
「だぁいじょうぶ」
それまで黙っていたカーテン女が口を開いて、出てきたのはじっとりとした気持ち悪い声。
「これからあなだはえいえ゛んにかがやぐ」
そうやって取り出したのは一つのハンディカメラだった。
それを見てカトルカールは理解した。
――
「イメージ・ビデオの撮影にはスタッフ足りなさすぎない?」
カカトを鳴らし、不満をアピール。
「スナッフビデオは素材が八割だぜ」
ウサギ男はカチカチと石を慣らす。
おそらく、いや、間違いなくカーテン女が持っているハンディカメラ以外にもカメラが仕掛けられている。
配信がされていれば相手の<力>は上がる。
「残りニ割は?」
「――シチュエーションさ。素敵に泣き叫んでくれよ、
「トンカラトン」
「せがいのにんぎものにしてあげる」
息を吐く。
カトル・カールはゆっくりと片手を顔の前に掲げて、指を鳴らした。
パチンと、カメラの向こうの誰かにも届くように。
「教えてあげる」
笑顔で。
「こんな時にヒーローは負けないんだから」
手首のスナップを切る。
身につけたポーズで、磨き上げたモーションで、ヒロインは不敵に告げた。
「囲んで叩こうなんて負けフラグ経ってる雑魚には絶対にね」
「
一人と三体が動いた。
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