第一ターニング・ポイント(1)/夢を魅せられる少年




 晴れ渡る青空の下に、立って並ぶ人の数、数、観客たち。

 野外ライブ会場には隠しきれない熱気が溢れていた。


 そんな観客席の遥か手前で、遅れて並んだ佑駆が居た。


「まだかな、まだかな」


「落ち着け、もうすぐだ」


「そういえばライブなんて初めてだわ。めっちゃ緊張する」


「おいおいそこの坊主初めてか? 肩と尻の力抜けよ、周りに合わせて楽しめばいいさ」


「あーい。いやまって尻まで抜く必要ある?」


「お、始まるぞ!」


「答えてぇ!」


 ざわついた喋り声を中断するように、音が鳴る。

 降ろされていたカーテンが引き上げられる。

 スポットライト。

 3つのライトから照らし出されるライトアップされるステージ。


 その中央にいるのはカラフルな衣装に身を包んだカトルカールだった。


「みんなぁ、元気ー!?」


『はぁーい!』


 割れんばかりの歓声。

 ビリビリとステージが震える。数千人以上の人間が一斉の声を上げて、手を跳ね上げて、身体が痺れる。


 そんな圧倒されそうな世界の中で、彼女は笑っていた。



「うんうん、元気そうだね! じゃあ早速一曲目行ってみようー! 動き出す熱量~!!」



 そこからは夢のような時間だった。


 金色の髪を靡かせた少女が跳ねる。歌声が跳ねる。歓声が弾ける。


 ステップ、ホップ、ジャンプ。


 フリルに仕立て上げられたドレスにも関わらず激しいパフォーマンスを魅せる。


 だというのにカトルカールの声量は全然落ちない。


 むしろもっと強く、大きく、伸びている。


 小さな身体だというのに、顔いっぱいの笑顔を浮かべて歌う。


 その顔を見て、誰もが理解する。


 彼女は歌うのが好きなんだって。


 だからにもこんなにも楽しそうなんだって。


 ビリビリと彼女が振り上げる手に、観客の音頭が、サイネリウムが追従する。


 彼女の笑顔に、誰もが笑顔になって。


 彼女の挙動に、誰もがドキマギする。


 彼女の魅せる世界に、誰もが夢を見た。


「IYA――!!」


 声が上がる。


 手が上がる。


 世界が弾む。


 誰かが足を鳴らす。誰もが足を鳴らす。


 でっかい地面が揺れたような錯覚、夢の共有、跳ねる。


 少女が跳ねる。ぴょんと楽しげに、嬉しげに、笑いながら跳ねて、小さな足がステージの床を叩く。


 くるり、ステップ、小さな火花が散る。


 音が震える。楽器の音が、少女の動きに合わせて、伸ばす手に、細い指に触れて、響く。


『YAAAAAAA!!』


 観客が、群衆が、震えて、手を叩く。サイネリウムが叩く。


 カトルカールが手を打ち鳴らす。小さな音、たくさんの音に飲まれて、聞こえない手拍子。


 でも観てる人には、歌を聞く人たちの耳には届く。


 夢を共感する。


 歌を共感する。


 ただの音、ただの振る舞い、ただの女の子が、少女でしかない振る舞いに心が熱くなる。


 気がつけば佑駆も手を振り上げていた。


(すげえ)


 胸が熱くなっていた。


(すげえなあ、これが生のライブ……)


 一曲目、二曲目と、続けざまに歌うカトルカールの動きに、胸を焼かれながら、感動する。


(やっぱりこっちのほうがマジいいなあ)


 誰もが知っているカトルカールは無敵の魔法少女マジシャンガールだ。

 誰もが応援して、沢山のファンもいる。

 このステージに来た数千人のファンの中にもそっち方面のファンもいるだろう。

 アイドルよろしく歌って踊って、ファンサービスを行うマジシャンガールなんてたくさんいる。

 ただのファングッズとして扱われているし、カトルカールもそういう意味では後進のヒーローだ。


 だけどそんな予備知識を蹴散らすだけのパワーがあった。


 そんなことどうでもいいって思うぐらい気持ちいい歌声だった。


(マジでスゴイわ、カトルカール)








 ◆







 あっという間。

 あっという間の一時間だった。


「みんなぁー! ありがとー!!」


 六曲丸々続けざまに歌い抜いて、きついだろうに、へっちゃらといった笑顔でカトルカールがステージの上でトークをしている。

 プロとしての振る舞いだった。


「楽しんでくれたかなー? みんなー! 私嬉しいよー!」


 いや、佑駆はアイドルのライブなんて知らないからそういうのが普通なのかもしれないが、スゴイと思った。


「ふぅ」


(CDアルバムとグッズ買ってこ)


 ポーチを開けて、財布の中身を確認する。

 手持ちの中身が電車代とジュース代ぐらいしか残らないだろうが、後悔はなかった。

 安いもんだ、昼飯とかの空腹を我慢するぐらい。


 ―ー音が割れた。


 破裂音。

 佑駆がポーチから顔を上げる。


 


「なに?」

 


 カトルカールが――攻撃を受け止めていた。


「逃げて!!」


 刀、顔中に包帯を巻き付けたスタッフの格好をした人影の刃を受け止めていた。

 泥、その後ろでステージに手を当てている人影が見えた。


 そして、同時にステージの端から飛び上がり、カーテンに女らしき影が飛びついて。


 カーテンが落ちた。


 ステージがカーテンに覆われて、

 カトルカールも、その上に居た人影も、誰もいなくなっていた。

 そして誰もいなくなった。


「は?」


「え」


「なに、え、ショーかなにか?」


 困惑。動揺。

 悲鳴は永遠にも感じるぐらい長い長い数秒後に上がった。


『近寄らないでください!!』


『危険です、落ち着いて、避難を!!』


『スタッフが誘導します、落ち着いて誘導に従ってください!』


 武装した装甲服部隊。抗正機動隊プルーフリーダーがステージに駆け寄るのが見えた。

 観客がバラバラの方角に動こうとするのを拡声器で上ずった声が必死に制止する。


「なんだよ!? 何が起こったんだよ!」


「なにがおこったって?」


「カトルカールどこ?」


「今誰かいた?」


「ヴィランがいた!?」


「怪塵現象だ!! ここにいたらあぶない!」 


 バラバラの、皆が一斉に叫びだして、声が言葉にならない、騒音でしかない。


『慌てないでください! ここは安全です! 皆様、落ち着いて避難してください! 走らず、押さないでください!』


 何度も何度も拡声器の声が響く。

 数千人の観客たちのうねりが、ギリギリで収まっている。

 困惑しつつも、こんな事態には誰もが慣れている。慣れてしまっている。


 そして佑駆は――


「ふざけんな」


 逃げようとする群衆の流れに押されながら、もみ潰されながら、リュックを握りしめて。


「ふざけんなよ」


 押しつぶされそうになりながらも、


 ――自分から地面へと転げ込んだ――






      「Cutカット





















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