悩みのとき(1-2)/彼はでかけていった







 ゴキゴキと体が鳴る。

 カロリーだけは高いプロテインバーを三本汚さないように噛み砕き、数千円する栄養ドリンクで流し込む。

 メイクを落さないようにストローで飲み干して、それから歯磨きガムを口に放り込む。


「んーもぉ、あまりエナドリに頼るようになったお終いなんだけどさ」


 糖分とカロリーとカフェイン類が体に回り、口を動かして脳に着火させる作業。



「カトルカール。やはり中止にしたほうが……」



「ダメだ」


 控室のドア横に立つマネージャーの言葉に、彼女――カトルカールは鏡を見つめている。


「チケットは大売れ。ぼくがドタキャンなんてしたらどんなに大変か分かってんだろ?」


 カトルカールはをつぶっている。


「それに。迷惑がかかるのはボクたちだけじゃないし」


 カトルカールはをつぶっている。


「なによりもファンに迷惑がかかってしまうから。な」


 両目を開き、両手を右・左・右・左と順序立てて握り開く。


「平常通り。日常通り。平然とやっていくのが一番っていうじゃん」


「しかし、カトルカール。最近の情勢は……」


 コンコンとドアがノックされる。


「!」


 マネージャーがドアの横、控室へと持ち込んだ人間大のギターケースの前へと音を立てずに移動する。懐に手を差し入れている。


「はーい」


 カトルカールはドアの正面から外れた鏡台の前に座ったまま返事をする。


「スタンバイ終わりましたー! カトルカールさん、準備出来てますか?」


「はーい、すぐいきまーす」


 タ・ダンと安全靴特有の重い足音を響かせて、彼女は立ち上がる。

 マネージャーがドアを開けて、通路を確認するのを見届けてから、彼女は鏡を見る。


「外見、よし。どう? 問題なし、可愛いぞ。動作、どう? キレてる? キレてるぞ、ばっちりだ。ここでターン、可愛い? グー!」


 歌うように呟き、パンと手を叩く。


「ライト」


 気合を入れるルーティーン。


私の善RIGHT


 最後に机に置いた小さな人形を握りしめる。


お前の光Light


 彼女のヒーローを指でなぞって


私は輝くよライト・アップ


 左側は苦笑いを、右側は微笑む。

 左右非対称の笑みを浮かべて、ポケットへといれた。



 自分が魅せる光を信じて、曲がらないと示すために。

 







 ◆






「さて、そろそろ時間か」


 カチ。

 カチ、カチ。

 石が鳴る、打ち合わされる石が火花を散らす。


「揃ったわね」


 衣擦れの音。

 ズルズルとしみだらけのシーツを引きずる音が響く。 


「一人、足りないようだが?」


 石を打ち鳴らしていた誰かが言った。

 遠くから響くのは歓声、賑やかに興奮に飲まれた声。

 くだらない遊戯に騒ぐバカどもの声。


「髪女なら来てない。ドタキャンかしらねぇ」


 両手、両足にシーツを巻き付けた人影がいう。


「おいおい、そんなんで大丈夫なのかよ」


「所詮下位互換だし、いてもいなくても大差はないわ」


 やれやれとため息を漏らすのは女の声。

 石を持っていた男は肩をすくめて、最後の一人を見る。


 そこには帽子を深く被り、独り言を漏らす人影。


「とん、とん、とん」


 呟く。

 独り言のように誰かが同じ単語を繰り返している。


「やれやれ。相変わらずやべえやつだ。こっちまで斬らないでくれよ?」


「とっと、と」


「会話になってねえよ。こえーわ」


 意味をなさない返事に、引いて。


「だがまあイカれてるやつなんてこれぐらいでちょうどいいものだ」


 嗤う。

 歪んだ笑みを。

 軽薄で、刃物のように歪んだ笑みを浮かべて、それは笑った。



「そんじゃ悪役ヴィランのお仕事を始めるとするか」



 邪悪共が嘲笑った。




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