悩みのとき(1-1)/彼はでかけていった




「うぅ~~ん」


 休日の昼下がり。

 佑駆はバスに乗り、外出していた。

 頑丈なリュックサック、腹に巻かないウエストポーチを肩に下げて、100円で買ったサングラス。

 どこにでも販売してるノーブランドのジャージ上下と合わせて、久々に着る外出着だった。


(どうしょうっかな)


 バスの中は混み合っていて、リュックを胸に抱えながら座っている。

 座席に座りながら、横の人にぶつからないようにポーチから取り出したカラー用紙を取り出す。

 これは岳流に渡された地図だった。


 ――計画的なヒーロー妨害行為が行われているのかもしれない。


 そんな前置きと一緒に調べたことを説明されて、その上で「これでどう動くか佑駆に任せる。決まったらいつも通りのチャンネルで連絡しろ」である。


(どうしろってんだ)


 投げっぱなしである。

 休日前の学校帰りに言われた内容で、未だにどうすればいいのか悩んでいる。迷っている。うろたえている。

 せめて休日前じゃなければ学校で話せたのに、なんてタイミングで切り出してくれやがったんだ。


(いやそれも言い訳だ)


 岳流たちは近所の幼なじみで、話をしようと思えば歩いていける距離だ。

 付き合いも長いし、学校の後にでも電話なりいくらでもチャンスはあった。

 ただそうしなかったのは佑駆が迷っているからだ。


 何を迷っている? 決まっている、自分の中途半端な在り方だ。


 超速ヒーロークロックは辞めた。

 引退した。もう出ない。ヒーローなんてうんざり。他称ヒーロー、自称ヴィジランテ、なんていらないだろう。世間はそう弾劾してる。追放されろとたくさん

 だったらもうなにもしないのが一番だ。


 だというのにこの間は思わず体が動いてしまった。


 目の先で電車に巻き込まれそうになった子供に。

 ――目の前で突っ込んでくる車に。

 ――――目の先へ攫われた子供を助けに。


 さすがに目の前で見殺しにするべきだったなんて思わない。

 頭がどうかしている以前に、人としてどうかしている。やるならもっとバレないように気を使うべきだった。

 いや違う。また思考がそれている。

 大事なのは、自覚するべきなのは。


(また目の前でなんかあったら絶対俺動くんだよなぁ)


 自分の悪癖だった。

 自覚はしている。言われたこともある。

 その度に毎度こういっていたのだ。


 だってしょうがないだろ? 助けないといけなかったんだから。


 何度も何度もそういった。

 リュックを抱えて、地図を見ながら、軽く口の中で呟く。

 なんといってもこの社会が悪い。世界が悪い。世間が悪い。

 人が死にやすいんだ。


(変わらなけりゃあいいのに)


 バスに揺られて、混み合っている車内を見ながらそう思う。

 息苦しいし、みんなスマホや、ワイヤレスのヘッドホンを付けて、目を合わせようともしないが、それでも人は生きている。

 悲鳴は聞こえない。

 窓の外を見る。

 そこにあるのはいつもの十京とうきょうの景色。整えられた道路、街並み、真新しい建物。


 そして、それから外れた場所に廃墟すら残らない更地。

 まるで虫食いされたパンケーキのような光景。

 日本中どこにいっても似たような景色が広がっている。


 佑駆が生まれる前に人類は激減した。半分以上死んだ。


 数十億の人間が死んで、建物が壊れて、生物が死んで、戦争が起きた。

 人間同士の戦争じゃない。空想の存在との存在証明、幻想彩臨リブート・イマジネーションであらゆるものが失われたという。

 昔は20を超える区画があったといわれるこの首都圏も、十の都市に整理されて、住む場所を移された。

 京都に住んでる祖父母は未だに昔の家に戻れないとぼやいていたことがあった。


 昔に戻りたいという声も大人が言う事があるが、佑駆にはその気持ちはわからない。

 今の時代が当たり前だったから。

 そして、そんな時代からもっとよくしていこうとどいつも知り合ったヒーローは言っていたのを知っている。

 だからそれでいい。

 それだけで十分だっていうのに。


 バスの停車表示が切り替わった。

 停車ボタンを押そうとして、その前にポーンという音、色が切り替わる。

 差し伸ばした手を空中で止めて引っ込める時のなんとも言えない気持ちを味わいながら、バスを降りる。

 ぞろぞろと降りる。たくさんの人だかりに混じって歩いて行く。

 目的地に関してはこの人混みと一緒に歩いていけば問題なさそうだ。

 グッズとかまではさすがに買うつもりもないのにで入場さえ出来れ。


 片耳にワイヤレスのイヤホンを嵌めていると着信。海璃からだ。


「もしもし」


『うっす。今大丈夫か? なんかがやってるけどよ』


「大丈夫大丈夫、いま外いっから。どうした?」


『あー兄貴からあたしも色々聞いたんだけどさ。無理すんなよ』


 そう言い切って、訂正するように海璃の言葉が続いた。


『あ、無理すんなってのは辞めろってことだけじゃねえから』


「なんだそりゃあ?」


『ヒーローなんてを勧めたくないけど、それを絶対にするななんて止めたりはしないよ。大事なのは佑駆がやりたいことだろうし』


 幼なじみの言葉は続く。


『ヒーローをやる気がないならやめていいから。でもさ、自分の心にだけは嘘をつかないで』


 佑駆が息を呑む。


『お前そんな器用な人間じゃないだろ』


 一呼吸分の間をおいて答える。


「いや大丈夫だって。ちゃんとヒーロー辞めたっていったじゃん」


『はいはい、そうだねー』


「信じておられない??」


『ていうかお前今どこよ、なんかめっちゃざわざわうるせえし。位置アプリ、オンしてないみたいだけど駅か?』


「ん、ああ?」


 周りを見渡す。

 長い行列に並んで、チケットなどを取り出す準備をしている周りの人混みを見て。


「今、ライブ会場並んでるとこ」


『は? ――なんていった?』


「並んでんだ。カトルカールのライブに」


 特典版のCDジャケットから取り出した握手券を見ながら、佑駆はそういった。






『あ゛?』




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