セットアップ (1-2)/彼は走り出す





 音が鳴り響く。

 回転する車輪が道路を掻きむしる音とそれにも負けずに交錯する交信。


『通報連鎖確認!! 怪塵車両、未だ暴走中!』


『信号機の異常止まりません!』


『どうなってんだ!』


『電気系統のトラブルが起きたようです! 現在、検索ルートの道路が混乱を起こしています! 移動に時間が』


「いいから! 怪塵の進路予測だけ出せ! こっちで追いつく!!」


 煌めく鉱物で覆われた超電式駆動二輪車輌エレキ・バイクが疾走していた。

 上下の赤ジャージに、ライダージャケットを羽織り、ヘルメットを被った少女が操っている。


「今日は非番だったっていうのに! あーもぉ!」


 ヘルメットの内側で呪いの言葉を吐き出してる彼女の名は<マイフェアレディ>。

 日本国内で五指に入るヒーローにして、3分前まで趣味のマイナーカップラーメンにお湯を注いでいた少女。

 久しぶりに取れた休みに、ジャージでダルダルしていた哀れな美少女だ。


「ああ、もぉ、ラーメンが伸びる前に終わらせんぞ!!」


『ま-たネタ提供しちゃうねえ、マイフェアレディ』


「うっせえわ、【サプライズ】! それよりバックアップちゃんと間に合うか!?」


『こっちも全速力さ。最低限、この市街から逃さないように備えてる』


「移動ルート!!」


『通報アプリで捉えてる、接触まであと1分21秒だ』


 <マイフェアレディ>の被るヘルメット画面の隅に、投影された地図が表示される。

 3D形式に立体化されたマップデータに映る道路に移動する赤い点が写しだされ、その周囲をボツボツとオレンジ色の小さな点が出現する。

 赤い光点がターゲット。

 そしてオレンジ色の光点が通報アプリでタップを押したスマートフォンの位置情報だ。


 現代世界中のあちこちで発生する怪塵事件に能力を得た超者犯罪。

 これに対処するために既存の通報手続きではなく簡略化された標準搭載によるアプリと位置情報の提出。


 操作は簡単。

 異常な現象だと目撃したらアプリをタップするだけ、連鎖的に周囲端末へアプリからの確認が表示される。


 ――異常な現象を目撃していますか? Yes or Noのタッチ選択。


 繰り返しだけで範囲がわかるし、Noが続けばそこに異常がないことが判る。


 個人情報の流出や人権侵害だと騒がれた声もあったが、危機対処として迅速に進められた法整備。

 そのおかげで怪塵、超者による通報と検知速度は飛躍的に上がった。

 近代文明の恩恵を受けている人類全てが通報装置に等しいのだから。




『監視カメラからの画像を確認』


『怪塵変異が起きたのは普通自動車、ハイエースと呼ばれる車種だ』


『どうやら子供を載せているらしい、それが元から乗っていたのか、拉致されたのか不明』


『等級は伝承フォークロア級だ』



 短く言葉を刻み、読み上げられる情報を理解して、レディは苦虫を噛み締めたような顔を浮かべた。


「ハイエースって風評酷すぎんだろ!?」


『怪塵の行動パターンは単純なようで深いからねえ』


 怪塵アクターの正体に関してわかっていることは驚くほど少ない。

 どんな現物も破壊すれば塵となり、その質量の有無に関係なく消滅してしまうからだ。

 ただわかっていることとして特徴的なものがある。


 ――その物体に与えられた役割モチーフを過剰にこなそうとする。


 例えばバイクならば速度をどこまでも上げて暴走するし、土木作業機械なら周囲の物体をより深く更地に、回転ドアなら激しく回転し続ける。

 過剰証明ライディングと呼ばれる行動規範パターン

 コレに加えてその物体に纏わる伝承、伝説、物語などによって役割を演じようとするのが怪塵アクターの性質。


 その上、時間をかければ掛けるほど本来の形と役割から逸脱オーバーアクションしていくため、発見次第迅速に対処することが求められている。


 だからこそ怪塵対処許可認定を受けているヒーローは、遅巧よりも拙速に動く。

 ひと月前の事件を覚えているからこそ、アメスは急いだ。


(人間が拉致されてるって、見つけ次第殴り壊すわけにはいかないか。せめて動けるのが他に誰かいれば分担出来るってのに)


「! 見えてきた、あれね!」


 信号は未だに狂い、渋滞の隙間をくぐり抜けながら向かう。

 クラクションが鳴り響く。

 向かい風にギチギチと豊かな胸を震わせながら、アメスは道路の先に見える暴走車を見つけた。


「まずい! かなりでかくなってる!!」


『見えてる、装甲車両アーマードって感じだ』


 通報を受けて逃げ出したのだろう持ち主たちの後ろから、車輌を跳ね飛ばしながら二倍強にまでデカくなったハイエースが走っている。

 その全身に錆色めいた膨張を繰り返し、まるで装甲車のような形へと代わりつつある。


 もはや一刻の猶予もない。

 これ以上の被害を出すわけにはいかないと加速しようとして、マイフェアレディは違和感に気づいた。


「まて、他のヒーローが来てるのか?」


『え? いや連絡は受けてないけど』


「じゃあこのスマホの持ち主は誰だ?」


 投影された3Dマップを見る。

 赤い光点を追跡するように、点滅するオレンジ色通報アプリの所有者信号の光点があった。


「すごい速度! なにこれ、点滅して」


『レディ、12時の方角だ!』


「!!」


 彼女は見た。


 見たけれど、見えなかった。


 渋滞で並ぶ車のボンネットが、音を立てて、跳ねて、跳ねて、揺れて、揺れて、音の波が来る。

 空気が揺らぐ。

 音が来る。

 空気が千切れて。

 僅かな影が見える。

 時計の針のように規則的にチックタックチックタック

 断続的な音が響き並ぶ異様な光景。

 その光景を、彼女は覚えがあった。

 確信があった。



 "不可視たる絶対救世主"



「クロック!!!!!!!!」


 誰もその正体を知らない。


 超速ヒーローの名だった。

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