セットアップ(2)/彼と彼女は走っている
超速ヒーロークロック。
彼の活動らしきものが確認されたのは三年前。
災害救助したヒーローと現場から「自分が助けていないはずの人が、救助されていた」という報告が上がった。
それ以外にも、テレビ報道されていた人質立て籠もり事件などに、匿名の通報写真。明らかに気づかれずに見れるような箇所ではなく、建物内部などから撮影したとしか思えない画像データの通報や、鍵や扉を解除したというメッセージ。
それ以外にもひったくり犯などの不自然な転倒や、拘束状態での通報。
その他諸々、些細な数ではあるが、明確に犯罪の被害や犠牲者などの数が激減していた。
イルブロンの怪人を思わせるこの奇怪な現象は、体験をした人のSNS投稿もあってネットを騒がせた。
未知の怪塵の仕業かまだ見ぬヒーローの活動じゃないかという噂が世間を賑やかしていた時、初めて彼の存在が確認される事件が起きた。
人間が集まり、大量に集まる場所へと襲いかかる怪塵の習性と凶暴な強さに、即応したヒーロー複数名が負傷してしまい手に負えないと判断された時、彼が現れた。
彼は止めを刺されるところのヒーローを瞬くよりも早く救出し、怪塵の足や手をワイヤーで拘束し、目を塗料で潰し、残像を伴う高速移動で翻弄し続け、なんとか復帰した他のヒーローと怪塵を撃退した後、姿を消した。
それから不規則にだが、怪塵事件においても出現が確認されるようになる。
直接的な怪塵への撃破貢献は殆どなかったが、どれも圧倒的な動きと能力を持って封殺や救助に貢献。
能力の高さから関わったヒーローやヒロインたちからの勧誘の声もあるも、その一切を断り、ただ助けて去ることを繰り返す。
その謎も多い。露出が多くなり、姿が確認されるようになっても能力がわからない。
高速移動、瞬間移動、足場のない場所を跳び、空を歩き、ぶつけられた火炎すらも分断し、降り注ぐ鋼鉄の雨すらも撫でるように逸らし、砲撃のように投擲を行い、初見のはずのものにすら知っているように語る調査能力。
もっているのは念動力? ならあの速度はなんだ。
常識はずれの高速移動? ならなんで空を跳べる。
時間を操っている? ならあのパワーはなんだ。
あまりにも保有している能力が多すぎる。
矛盾している。わけのわからない未知数の、正体不明の、精々性別がおそらく男? だろうことしかわからない怪人。
古都五つの不題事件。震撼崩落のがらがらどん事件。学校の8つ怪談事件。狂気雲戦兵の革命事変。
錚々たる事件に関わり、そのいずれにも解決に関わった怪人だというのに。
その何もかもがわかっていない。
そして、もっともたる謎として。
彼のモチーフすらわからない。
無登録非合法ヒーロー。
不可視の救世主。
彼の存在を賛否する声は大きい。
そう、あのハーメルンの笛吹きまで。
――彼と彼女は走っている ――
渋滞で並ぶ車のボンネットが、音を立てて、跳ねて、跳ねて、揺れて、揺れて、音の波が来る。
空気が揺らぐ。
音が来る。
空気が千切れて。
僅かな影が見える。
瞬くような速度で、距離を詰めている。
「クロック!!!」
ヘルメットの内側で口端を持ち上げ、マイフェアレディが手を打ち鳴らす。
「サプライズ! あのバカが来た! サポートさせるぞいいな!?」
『OK! データリンクを回す』
「あいよ!」
マイフェアレディがスロットルを回し、音を鳴り響かせながら車体が加速する。
渋滞の隙間を駆け抜け、左手を自分の胸元――ジャージ前ファスナーを当てて引きずり下ろす。
ボロンとジャージ内部にぎゅうぎゅうに押し込められていた胸部がタンクトップ越しにまろび出る。
「――
甲高い音を立てて割れた灰が舞う。
灰がマイフェアレディの周囲に舞い踊り、バイクの車体から結晶が生え出し、その全体を硝子のような水晶が覆っていく。
流線状の形状。
刀剣を思わせる鋭さ。
一瞬の金属質な明滅のあと、車体がより大型に、後部に大型のホイールが生み出されていた。
「クロック!」
大声で叫ぶ。
その声が届いているかどうかはわからないが「「「呼んだか?」」」
「どぅあ?!」
バイクの後部座席にクロックが座っていた。
いつもの時計眼帯、顔を覆うマスク、上にはワイシャツに、取り立てて特徴のない青めのズボン。
「「「どうした」」」
「いきなり後ろに移動してくるんじゃねえよ! どうやってきた」
「「「走ってきただけだ」」」
「ここ道路ぉ! オレとお前車の上なんだが!?」「「「バイクじゃないのか?」」」」「うっせえわ!!」
相変わらず一々細かい奴だと内心罵りながら、マイフェアレディがバイクの車体を叩く。
格納部位から取り出された機械パーツ――政府支給の補助パーツ、撮影集音自立移動を行う手の平サイズのドローンが出る。
「状況はわかってんな! 確認、敵はあのハイエース、状況、内部に民間人一名、少女が一人、確認、オレがぶっ壊して停止、提案、お前が救出しろ! 自力で怪塵った車はぶっ壊せるか?!」
手短に、快活よく、必要な情報を交換。
政府所属のトップヒーローらしく、訓練され、現場で慣らした喋り方。
「「「返答。車体の破壊は難しい、返答、救出は理解、確認、気をつけることは?」」」
故にクロックも同じように、しっかりとした発音で、耳元に残るような声で返す。
「ヒーローらしく、気合をいれろ!」
「「「了解。
「キザったらしいんだよ、ボケ!! 使え!」
取り出したドローンを、クロックに投げつける。
それを彼が受け取ったのを確認――目を離してもいないのに肩に装着し、既にイヤホンまで出している。
相変わらず仕事が早い。
(共闘はもう何度目かって話だが……!)
『道路の分断誘導完了、交通量が減る! 仕掛け時だ!!』
「いくぜ!!」
フルスロットルに入れる。
流体力学的に優れた形状を使い、煌めく走甲単車が風を引き裂いていく。
遠くに見えていた
「前へと回り込む! そしたら」「「「無理だ。気づいた――マフラー!!」」」
ハイエースの車体が唸りを上げて震える。
火炎放射器のように噴き出し、後方へと迫った二人を飲み込むほどの規模の爆煙。
「煙幕かよ! Action!」
マイフェアレディが車両装甲を叩く、対処のための変形。
排ガスを防ぐ盾型に、透明度を維持して視界を確保して突っ切る。
だがそれよりも早くクロックが前へ跳ねた。
「「
残像が。空中を踏んで。
「
クロックは爆煙に、円を描くように蹴り込んで。
「
――爆煙が左右に割れた
空気を引き裂いたように煙が綺麗に分割される。
その隙間を装甲単車を駆け抜けながら車体装甲を変形――排ガスを防ぐ盾に、透明度を維持して視界を確保している。
例え毒ガスだろうが、多少の炎だろうが、凌いでそのまま直進する。
(のつもりだったんだけどなぁ!)
トンっと音を立てて、クロックが後部座席に着地する。
「お前本当にどういう能力?! 炎と煙がモーゼったんだけど!」
「「「流体力学というのを知っているか」」」
「習ってるわぼけ!! ならねえよ!」
気合を入れて蹴れば空気が割れるとでもいいたいのか、この怪人は!
「まあいい。それより煙は突っ切った、炎もいける。が」
クロックへの注意もそこそこに、前を見る。
視界の中に映るハイエースが、みるみる間に姿を変えていた。
よりグロテスクに、左右二対の車輪が大型化し、吹き出していたマフラーからの炎に引火して、車輪に火がついていく。
そこまで姿が変わり、ようやくモチーフを理解した。
「風評被害、ハイエースじゃなかったか」
「「「転生トラックでもないようだな」」」
日本妖怪。
葬式や墓場から死体を奪う妖怪。
死者を連れ去る死神の車輪。
――
――暫定名<誘怪火車> ――
火車。
それがハイエースの器を得て、疾走していた。
罪なき少女を連れ去って。
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