セットアップ (1-1)/彼は走り出す
『クロック死亡』 『クロックは雲隠れした腰抜け』 『政府に捕まって解剖された』
『犯罪者になった』 『世間で増えてる事件の影はクロックの仕業』 『世間への復讐を企んでる』
『怪塵事件の増加』 『負傷によるヒーロー不足での治安の乱れ』『ヴァジラントバッターによる声明、ヒーローたちへの過剰な非難はモチベーションが下がると一喝』
『遺族からの裁判準備』 『役立たずの人殺し』 『クロックに正義の心があるなら今すぐ世間に正体を明かせ』
佑駆がヒーローを辞めてから一月が経った。
相変わらずSNSの評価は変わらないが、新しいものはあんまり見当たらなくなった。
精々死亡説が流れてるぐらいで。
「こうやって世間から忘れられていくんだなぁ」
SNSの画面を流しながら声を漏らす。
なんてことのない日常が続いていた。
学校では相変わらず帰宅部だし、
「何を調べてんだろうなー?」
「お前の兄だろ、なんか聞いてないのか?」
「兄貴のやつ、確信出るまで考え込むタイプだからな。死亡フラグっぽいから小出しにしろっていったら日記に書き出すようになったし」
「それはそれで遺書っぽくなるからやめてほしい」
「だよなー」
だからダラダラと海璃と一緒に学校帰りの駅前を歩いている。
駅前から歩いて十分程度の学校の周りは自然っぽくて静かなもんだが、駅前にはビルが幾つも立ち並び、人通りも相応に多い。
通行量も多いからあまり信号の前に立たずに、佑駆は自然と後ろ側で立っていた。
(そういえばクロック辞めてから、あまり直登とも話す回数が減ったなぁ)
佑駆が能力に気づいたのは中学校に上がってすぐだった。
幼馴染二人と一緒に中学校に登校している最中に出くわしたのだ。
火事に。
一軒家の家の中からいきなり火が噴き出して、それに中学生でスマートフォンを手にしたばかりの岳流が慌てて通報して。
佑駆と海璃はどうしょう、どうしょうと慌てていた。
役立たずだった。
だけど、その時中から声が聞こえた気がして。
その声に必死になって、気づいたら自分が煤だらけの黒焦げになりながら、中に居た二人の子供を抱えて外に飛び出していた。
そうして
後から起こった火事が怪塵現象によって暴走したコンロの火だったとか、助け出した二人以外の両親が先に死んでいたこととか、救急車に運ばれたあの子たちがどうなったのかもわからない。
なにもかも後から知った。
ニュースサイトの情報を見た、小さな小さな記事だけだ。
自分に出来ることなんてただそんなちっぽけなことだけだった。
だけど、それでも。
――後少しだけ立ち上がるのが早かったら、あの子の両親を救えたんじゃないか?
――もう少しだけ覚醒して、練習を積んでいたらもっと被害を減らせたんじゃないか。
そんな事ばかり考えて、佑駆はヒーローを始めた。
安っぽい考えで、だからツケが来たのだ。
『役立たずの人殺し』『居ないほうがマシ』『ヒーローの邪魔をする』
あの事件から救えないものばかりだった自分には相応しい評価だなと思う。
「ま。ヒーロー辞めたんだけどさ」
独り言を呟き、車の青信号が黄色に変わる。
もうすぐ歩行者用の信号が青になる、息を吐き、目を閉じた。
息を吸って。
戸惑うような声が聞こえた。
「なんだ?」
「うん?」
海璃の声に目を開く。見れば、周囲の人混みが一方向に向いていた。
その方角につられて目を向く――チカチカと信号機が赤、青、黄、黄、赤、黄と色を狂ったように点滅していた。
「信号機のトラブルかよ」
「勘弁して欲しいわ」
雑踏が愚痴るように声を上げて、誰かがスマホで撮影しようと手を上げて。
その方角から車が突っ込んできた
「は?」
暴走音を響かせて、異形の自動車が物凄い速度でこちらへと向かってくる。
その形状は歪に膨らみ、金色に輝いていた――怪塵だ。
「全員逃げろ!!」
佑駆が大声を上げて、遅れて人混みから悲鳴が上がった。
だが遅い。
道路から他の車を跳ね飛ばしながら突っ込んでくる
「やばい! 佑駆!」
海璃が佑駆を見た。
佑駆は息を吸った。
「
――
・
能力を発動。
佑駆の周囲の時間が静止したように遅行した。
(速度、角度、撥ねられない距離は)
目線だけを動かし、口を開かず、急いで観察。
自己時間にして五秒、酸素はまだある。
検討をつけて、硬い空気に割り込みながら、足を踏み出す。
轢かれるだろう位置にある人の背を押し飛ばし、手で押して、進行方向にいる人間を最小限の接触だけで退けて。
――能力解除――
轟音。
異形の車が誰もいない場所をすり抜けながら、走り抜けていった。
その後姿を佑駆は見送って、スマホを取り出す。
(怪塵だ! ヒーローに通報しねえと)
スマホ画面を立ち上げ、通報用のアプリをタップする。
どのスマホにも基本登録されている怪塵災害に対する情報提供義務。
押しておおよそ五分以内にヒーローが来る。
(あとは任せよう)
佑駆が出来るのはここまでだ。スマートフォンをポケットに放り込んで、荒く息を吐き。
「おい、佑駆」
「なんだ、ちょっと息がきっつ」
「今の車――子供が乗ってなかったか?」
海璃の言葉に、息が止まった。
「!!」
佑駆は振り返った。
走り去っていく暴走車の車両に、そのバックガラスに、小さな影があったのを。
佑駆は見た。
窓ガラスを叩いて、泣きそうな顔を浮かべた子供の顔が見た。
佑駆は足を出した。
前へ。
体が動いていた。
「佑駆!!」
そして、飛び込んできた声と鞄を受け止めて。
彼は走り出した。
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