第82話 祀り


 祭りが始まった。


 いつの間にか大きなお神輿が出来上がっており、何故かあたしが乗せられていた。

 それだけじゃなく、あたしは派手な巫女服のような衣装を着せられている。


 おばさん、いつの間にこんなの用意してたんだ……


『おら! 姐さんが乗っておられるぞ!』

『武神調停の巫女様だぞ!』

『酒に酔った建御雷たけみかづち様と経津主ふつぬし様の頭をはたいてお諌めすることが出来る方だぞ!』

『『『すげーーーっ!!』』』


 祭り当日は、準備に参加出来なかったウカちゃん達のお仲間さんもやってきていた。

 お神輿は街の各地を練り歩き、有体に言ってあたしは晒し者である。



『み、みやこちゃん綺麗だよ、似合ってる』


 乗る前に晶がそう褒めてくれた。

 そりゃあね? 晶にそう言われると悪い気はしないじゃない?

 祓えの儀式の中心になるので、とも説明されたら断りにくい。


 都子も煽てれば神輿に乗るのだ。


 あ、タケさん。

 皆に手を振れと?


『『『『うおぉおおおぉおおおおんっ!!!!!』』』』


 周りの過剰な反応に、身体がビクリとしてしまう。


 フツさん?

 昨日ウカパパさんから貰った小刀を抜いて見せろと?


 あぁなるほど、綺麗な装飾だし祭りとかで映えるもんね。


『『『『――ッ!!』』』』


 皆が一斉に跪いた。


 え?! なにこれ!?


 待って! 落ち着いて!


 拝まないで崇めないでそもそも跪かないで!!

 ニニギの後継ってなに?!

 これってウカパパさんの中古品な上、ナマクラだよ?!



 どうしてこうなった!




 結局、羞恥に身悶えながら愛想笑いをするしかなかった。

 晶も女の子になっちゃった時、こんな気持ちだったのかな?


 街を一通りへとへとになって戻ってくると、きな子を筆頭に狐達が綺麗に隊列を組んで出迎えてくれた。

 なにこれモフみの天国?


 きな子たちは一糸乱れぬ動きで櫓までの道を左右にお座りする。

 いつの間に練習したんだろう?


 きな子たちの通路の前からやってくるのはウカちゃん。

 手にはたいまつ。


 少し遅れて、神輿を担いでいたタケさんとフツさんもやってくる。

 それぞれ手には古めかしい鏡のようなものと、ネックレスをもっている。

 あのネックレス、たしか歴史の教科書で見たことある。勾玉だっけ。


 ええっと、あたしは?

 一番前を歩けと?


 えぇぇえぇ、目立つし嫌なんだけど……

 あ、はい。

 いきます、いきますから!


 周囲の空気読めと言いたげな、期待を寄せた熱い視線。

 これが同調圧力というものか……ッ!



 観念してきな子道を歩き始める。


 祭りの目玉の1つのようにも扱われ、皆が見物に集まってきている。


宇迦之御魂うかのみたま様が……』

『共に世界樹を顕現させた御親友だとか……』

『ほ、本当に建御雷たけみかづち様と経津主ふつぬし様を従えている……』

『この方が武神の調停の巫女……』

『かの邪神を調伏させた御方らしい……』

『あの武神両柱すら適わなかったあの……?』


 ひそひそと言うのはいい、だけどその内容が少々物騒な単語が含まれるのはどうしたものか。

 大体タケさんとフツさんが昼間から酔っ払うから!

 ミカには着せ替えしただけだし!


 そんな恨みの念を後ろに飛ばしながらわき見をすれば、晶と目があった。

 となりには真琴ちゃんをはじめ家庭科部の面々もいる。


 にっこり。

 見慣れた晶の笑顔にほっこり。


 うん、あたし知ってる。

 あれは何かを諦めた悟りの笑顔だ。


 た、助けて! 諦めないで!



 ジィィ、カシャ。カシャカシャ、ジィィィィカシャ。


「「…………」」


 おばさんとうちの両親ですね。

 我が娘の黒歴史をカメラに収めてるんですねわかります。


 やめて!


 恥ずかしいから止めて!!


 あとお父さん泣かないで!!


 違うから! 嫁入りじゃないから!



 本当にわかってるのかな? なんて思いながら、櫓広場の入り口広場まで進んできた。


 目の前には複雑に絡んだ注連縄みたいなもの。

 頭が8つと尻尾みたいなものな形をしており、通せんぼしている。


 その注連縄の後ろにはミカ。

 出会ったときと同じ様な喪服にも似たあの衣装だ。


 場の空気が急激に冷え込み、あれだけ騒がしかった喧騒が止んでしまう。

 準備から居た人たちはともかく、他の人にとってミカはまだ忌まわれているままなのかな?


 …………


 こんな空気の中どうしろと?


「みやこちゃん」

「あき……ら?」


 困惑しているあたしをよそに、晶が老夫婦ぽい方に連れられてきた。

 白無垢な花嫁衣裳ぽい何かを着せられて、頭には大きな櫛。

 あれです、可愛いというより綺麗です。眼福。


 言うまでもなく、顔は羞恥で真っ赤。

 その右目は聞いてないと叫び、左目は騙されたと訴えている。


 同類相憐れむ。


「「よくわからないけれど、一緒に乗り切ろう!」」


 あたし達の心は再び重なった。



 そして晶と目で会話していると、ウカちゃん達はたいまつ、鏡、勾玉ネックレスと、手に持っていたものを掲げ始める。


 ええっと、あたしも掲げればいいの?

 晶と一緒に?


 そのまま通せんぼしている注連縄を切ればいいの?


 こんな小刀で大丈夫なのかな? ナマクラでしょ?

 注連縄、あたしの頭くらいの太さあるよ?


 それにしても、2人で小刀持って切るなんてアレに似てる気がする。


「ケーキ入刀みたいだよね、これ」

「み、みみみやこちゃん?!」


 なんとなく呟いた言葉に晶が過剰に反応する。

 うんうん、慌てた姿も可愛い。

 あと誰かが慌てるのを見てると、逆に冷静になったり肝が据わったりするよね?


 というわけで、はい! 注連縄入刀~。


 想像以上にサクッと刃が入り、どういう理屈か一振りで注連縄を切断し、ばらけていく。

 そのばらけた注連縄を左右に控えていた人たちが引っ張ると、大きな一本の注連縄になって、相撲の土俵のように櫓の周囲を囲んでいく。


 そして、目の前に居たミカがあたし達の目の前に来たと思ったら――跪いた。


 ウカパパさんの中古小刀を振りぬいた先が首筋に当たるように見えるので、まるであたし達がミカを屈服させているかのようにも見える。


 それを合図に一斉にきな子達が伏せのポーズ。

 まるで土下座の様な伏せだ。


 きな子達に釣られて、周囲の人達も平伏するかのようにこうべを垂れる。


 …………


 うわ、これすっごい気まずいし緊張する!

 なにより、さっきあれほどあっさり注連縄を切っちゃった小刀がミカの首筋にあるので、動かしたら大変なことになっちゃう!

 これナマクラじゃなかったの?!


 内心あわあわしていると、立ち上がったウカちゃんが先導してくれる。


 ほっ。


 しばらく行くと、櫓が見え……

 ――てこなかった。


 なにあれ?


 櫓は岩が描かれたシーツみたいなもので覆われていた。

 気が付かなかったけど、いつの間に被せたんだろう?


 目の前まで行くと、タヂさんが控えており、一気に引き剥がす。


 おおっ!


 4~5階建てくらいのビルの高さがある櫓からシーツが引き剥がされる様は圧巻!

 それにシーツとはいえあれだけの量があるんだから、タヂさんってばすんごい力持ち!


 あたしが感心しているとウカちゃんにたいまつを渡される。


 あれかな?

 オリンピックの聖火っぽく櫓に投げ入れろってことなのかな?


 この状況から一刻も早く解放されたかったあたしは、さっさと投げ入れた。



 ゴウッ!



 勢いよく点火した場所から花火の導火線よろしく一気に炎が駆け上がり、櫓の頂上だけが燃え上がる。


 それはまさにもう一つの太陽の顕現だった。

 一体どんな仕組みなんだろう?



『祀りを始めるっ!!!』


『『『『うぉおおぉおぉおおおんっ!!!!』』』』



 ウカパパさんの宣言と共に沸き起こる大喝采。

 ミカの登場から先ほどまでの沈黙もあって、今まで聞いた事の無いくらいの大歓声に聞こえる。


 そして、それらに負けないくらいの音量で、スピーカーから音楽が流れ始めた。


 ウズメさんを始め、皆と同じ衣装に着替えたミカ達数十人が飛び出し、踊り歌い始める。

 浴衣ドレスを基調にしつつ、はっぴをブレザーやボレロに見立てた、いわば和風制服風の衣装だ。

 袴をミニスカートに見立てたのもあって、見ているだけでも鮮やかで楽しい。


 ……って、練習に参加してた人数より増えてない?

 うん、真琴ちゃんや衣装作りに参加してた家庭科部の面々も混ざってる。


 皆の興味もそちらに移ったのか、あたし達はあっという間に蚊帳の外。


 舞台の方を見てみれば、ウズメさんやミカ、それにウカちゃんに真琴ちゃんがセンターを取ろうとバトルロイヤルの様相を見せている。

 あれ? センターって事前の投票で決めたんじゃないの?


 よく見れば舞台を見ている人たちは木札を持っている。

 投票用紙的なモノなのかな?


 …………


 う~ん、なんていうかさ。

 手のひら返しって言うの?

 熱狂度合いで言えばさっきの比じゃないっていうか……


「みやこちゃん?」


 もう終わったよ? 着替えて他のところでも見て回らないの?

 そんな感じであたしの名を呼び首を傾げる晶。


 衣装もさることながら大変可愛らしい。

 か、彼女としての贔屓目もあるかもしれない。

 だから、ほら。




 あたしの嫁はこんなに可愛いんだって、自慢して回りたくならない?




「あきら、行こう!」

「これマイク? 待って、行くってどこに?!」

「センターを勝ち取りによ!」

「待って! それは本当に待って!!」


 晶の抗議なんてどこ吹く風と、強引に舞台に引っ張っていく。

 2人だけ衣装が違うあたし達の乱入に、辺りは静寂が支配する。

 しかしそれは一瞬、現れたのは先ほどまで注目を集めていたあたし達だとわかると、本日最大級の大歓声に見舞われた。


 もはやそれは音の爆弾だ。


 あたしが右で晶が左。

 幼い頃から変わらぬ定位置。


 2人なら舞台だろうがどこだろうが怖くない!








「ある、晴れた~♪」

「あきら、歌詞違うから」


 何故か晶は子牛が売られていきそうな歌詞で唄っていた。




  ◇  ◇  ◇  ◇




「こらー! あたしはまだ未成年だぞー!」

『あっはっは! でも姐さんこういうのは景気よくいかんと! なぁ、フツさん』

『うっひっひ! かけるよか飲んだ方がいい、姐さんの言うことも一理あるぞタケさんや』


 舞台の打ち上げとばかりにビールシャワーをかけられたのだ。

 既に飲んで出来上がってる主犯の2人タケさんとフツさんを追い掛け回す。

 それを見た人たちが歓声をあげる。

 ここ最近の見慣れた光景だ。


 選挙の結果は……晶の名誉のために言わないでおこう。


 ちなみに晶はへとへとになって座り込んでいた。

 ウズメさんはまだ物足りないという顔をしており、ウカちゃんは独特の決めポーズに共感を得た眼鏡ちゃん一派と集まってご満悦だ。

 真琴ちゃんとおばさんは手伝ってくれていた子達と衣装談義に花を咲かせていた。




 そんな中ミカは、人の輪を外れたところで皆を眺めていた。


『人間ってすごいな……』

『今更だな』

『スサノオ……』

『俺達の時代なんて夜刀の奴が敗れた時点で終わったのさ』

『眩しいな』

『だから下の世代のやつらは皆ヒトになっちまったってわけだ』

『その気持ち、今ならわかるよ』

『…………』

『どうした?』

『いい顔で笑うじゃねぇか』

『あの娘のおかげだよ』

『邪神調伏の巫女とは言ったもんだ』

『ふふっ』

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