第81話 TMH8,000,000


 祭りの日まではおよそ10日間。

 櫓作りだけじゃなく、他にも様々な準備が必要だった。


「鉄板で全部一気に焼こうとすると、焼きムラとか出来ちゃうから、事前の下ごしらえが重要かな?」

『肉はある程度炒めておいて……野菜は下茹でしておけばいいのか?』

「そうそう、ウカ様、ヘラは両手で下からすくい上げるようにして――」


 櫓から離れた場所では、晶がウカちゃんに焼きそばの焼き方をレクチャーしていた。

 他にも何人かの人が頷きながらメモを取っている。


「ベースのタネを使いまわせば、お好み焼きやたこ焼きだけじゃなく、たい焼きとか甘味系も作れるし!」


 そして晶が呼んだのか、いつの間にか真琴ちゃんもやってきて屋台に関することで仕切っている。

 最初から居たかのよう馴染んでいる様は、コミュ力の高さが為せるわざか。


 ここのところ連日賄いご飯がソース系で飽き気味の筈なのだけれど、鉄板でソースが焦げる匂いを嗅ぐたびにお腹が減ってきちゃう。

 あと磯辺焼きとかの醤油。

 これらの香りは、日本人ならDNAレベルで弱いと思う。


『どうだ、見てたか?!』

「あ、うんうん。みんなと息が合ってたし見ごたえあったよ」

『そうか!』


 息を切らせつつも満足そうに頷くミカ。

 他にも十数人の女の子達が息を切らせて座りこんでいる。


 ミカ達が何をやってるかというと、祭りで踊るダンスの練習である。


 事の発端は手伝いを始めて2日目の昼過ぎ。

 櫓を燃やすだけじゃなくて、他にも何かしたいよねという話になったのだ。


 奉納の舞でも、という事になったのだけれど、一部の人がこれに反発。

 地味だ、そうだ。


 舞なんてそんなものじゃないの?


『櫓をド派手に燃やすのに、負けたくない』


 そう主張したのはウズメさん。

 布面積が少ないきわどい格好をした色気たっぷりのおねーさんだ。


 だけれども、具体的にどうすればいいか良い案がでない。


 そこで参考になればと見せたのが、何十人もいる地方都市の名を冠するアイドルグループの動画。

 それがウズメさんにとって衝撃的だったらしい。


 今まで1人か2人で舞うものという固定観念があったらしく、その日はスマホを返してくれなかった。

 というか、家まで着いてきた。

 そして晶のおばさんと意気投合をしてしまった。


「たくさんいるからこそ、同じ衣装じゃダメなの。もちろん、コンセプトは一緒よ? 制服だって着こなし方でイメージが変わるでしょう? だから踊り手1人1人の個性に合ったものを仕上げなきゃダメなの」


 おばさんがそう言った瞬間、晶は逃げ出した。

 もちろんすぐに回り込まれてしまった。


 そして、一番目を輝かせていたのがミカだった。


『ミカも、こんな風に歌って踊りたい!』


 その日のうちにウズメさんを中心にチームが結成された。


 晶はそっと天を仰いでいた。

 だがチームメンバーが来たのはその天からだった。


 TMHたかまがはら8,000,000。


 数字は詐称である。

 実際は20人そこそこ。

 それでも結構な大人数だけれどね。


 もちろん、あたしと晶も出演パートは少ないけれど、参加させられている。


「やっぱりお祭りといったら浴衣だよね」

「舞台映えと動きやすさを考えると……」

『れぇす? ふりる? 外国の技法?』

『詳しいことはいいわ。問題は可愛いかそうでないかよ』


 真琴ちゃんが呼んだのか、いつの間にか家庭科部の人達も集まり、衣装作りを手伝っていた。

 ウズメさんの友人たちとも仲良さそうだ。


「神前と教会……やっぱりウェディングドレスに憧れるよね」

「この場合ダブルウェディングドレスになるよね」

『このベールのようなモノは角隠しと一緒なのか?』

『詳しいことはいいわ。問題は可愛いかそうでないかよ』


 その家庭科部と仲の良いところから、更に応援に来てくれている人達もいた。

 ていうか、晶君を応援する会の女子達だった。


 違うから。

 ウェディング要素はなくていいから。




 …………


 まぁ色々と思うところはある。


 ミカが積極的に関わっていったのが良かったのか、はたまた努力している姿に好感をもたれたのか。

 もはやかつてのわだかまりが無かったかのように受け入れられている。


 ほんの少しのきっかけが必要だっただけ。

 ミカの笑顔が、もう曇る事もないだろう。


 あたしと晶もそうだった。


「みやこちゃん」

「あきら」


 手には紙皿に乗っかった焼きそば。

 さっきウカちゃんと練習していたやつだろう。


「何考えてたの?」

「んー、似てるなぁって思って」

「似てる?」

「あたし達に」


 2人無言でミカを見る。


 ウズメさんやウカちゃんと一緒に、あのパートの振り付けはどうだとか、こうした方がいいだとか話し合っている。

 その表情はどこまでも真剣で、そして楽しそうだ。

 一緒に練習している子達も釣られて笑顔になっている。


 ついこの間まで、顔を合わせれば武器を突き付けられていたとは思えない。


「もしかしたら、あたしと晶も疎遠なままな可能性もあったんだよね」

「みやこちゃん……」


 切っ掛けはどうあれ、あたしと晶を結び付けてくれたのはミカだろう。

 だからこそ、あの子の事を憎めなかったんだよね。


『おーい、ミヤコー! ちょっと来てくれー!』

「何だろ、ウカちゃんが呼んでる」

「揉めてるぽいね、行こう、みやこちゃん」




 ウカちゃんに呼ばれてきてみれば、そこではウズメさんやミカを初め、ダンスの練習をしていた女の子達が神妙な顔で待っていた。


「どうしたの?」

『ああ、それがだな……誰がセンターをするかで揉めているんだ』

「センター?」

『中心で踊り歌う役だな』


 ……誰でもええがな。


 そう突っ込みたいところだけど、どうも当人達にとっては重要なことらしい。


『一番踊りの上手いもの、歌が上手いもの、はたまたそれ以外のパフォーマンスで盛り上げられるもの……誰がいいか意見がまとまらん』

「はぁ」

『ミヤコはどう思う?』

「皆で選挙でもして決めれば?」


 あのグループでもそうやってたしね。

 そんな軽い気持ちで言ったのだ。


 しかし、周囲の空気が一変した。


『なぁ、姐さん。それって俺らも参加していいのか?』

「タケさん。もちろん祭りに参加する人みんなで決めたらいいんじゃない?」


『『『『うぉぉおおおおおぉぉぉおおおぉんっ!!!!!!』』』』


 大気が揺れた。

 櫓がびりびりと震えるほどの歓声だ。


「え? なに? なに?!」


 あたし何か変なこと言った?!


『その手があったか』

『姐さんは天才か……っ!』


 ていうかさっきから姐さんって何なんだ。


『キミはたまに恐ろしい事を思いつくね』


 ミカまで畏れるような顔をしてそんな事を言った。




 ……


 ………………


 時に櫓作りを手伝い、時に屋台の味見に精を出す。

 たまにダンスの練習に参加したりなんかも。


 人が集まればトラブルも起こるもの。


 喧嘩が起こればタケさんと一緒止めに入り、昼から酒盛りしだす所があれば一緒に飲んでたウカパパさんごと窘める。

 時にフツさんと一緒につまみ食いをしてウカちゃんに怒られたりもした。


 準備はつつがなく進んでいき、気付けば祭りを明日に控えていた。


「ついに明日だね」


 念入りな準備やリハーサルを終え、家路を行く。


「みやこちゃん、何もらったの、それ?」

「なんかお守りにって」


 ウカパパさんにお守りにと貰ったのは、装飾が綺麗な、刃渡り30センチほどの小刀。

 ウカパパさんがフツさんに何か渡して作ってもらったものだ。


「なんかでっかいヘビを切った時にちょっと欠けたのをリフォームしたんだって。まぁナマクラだからお守りで丁度いいかもね。ほら、装飾とかは凝ってて綺麗だよ」

「みやこちゃん、それって……」

『あ、天羽々斬あめのはばきり……っ!』


 あれ、なんだか晶とミカがドン引きしている。


 やっぱ女子高生に小刀ってのは考え物だよね。

 今度ウカパパさんにお礼と一緒に文句も言っておこう。


 他にも最近姐さん呼ばわりされるだけじゃなく『武神の調停者』とか『邪神調伏の巫女』とか呼ばれてる事にも一言いわないとね。

 あと『宇迦之御魂御親友』という称号を作ったことにも突っ込みを入れたいし。


『なぁ、ちょっといいか?』

「ん?」

『叶えたい願い、ないか?』

「別に無いかな。急にどうして?」


 いきなりそんな事を言われてもびっくりする。

 そもそも、願いを叶えるとどこかしら歪みが出るんじゃないっけ?


『ミカはキミに何をしたらいい?』

「へ?」


 切羽詰った顔で、そんな事を言ってきた。


『ミカはキミにたくさんのものを貰った。皆と一緒に踊り歌うなんて想像したこともなかった』

「別にあたしは何もしてないよ。ちょっとした切っ掛けを作っただけ」

『やったことはキミ達に迷惑をかけただけ……』

「んー、そうでもないかな?」

『えっ?』

「ミカが願いを叶えてくれたからこそ、今があるからね」

『でも、それはっ――』


 自虐的になっているミカの頭を、ぐしぐしと掻きまわす。


「人生楽ありゃ苦あり、すなわちこれ抹茶だよ」

『そうか、抹茶なのか』

「そういう苦いことがあったから今が楽しいんだよ」

『ミカも……ミカもそうだな』

「ふふっ」

『あはっ』


 抹茶、抹茶と言いながら笑いあう。


 うん、抹茶美味しいよね。


「みやこちゃんは、やっぱりみやこちゃんだよ」


 あきれた様に呟く晶の顔は、穏やかに笑ってた。

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