第78話 仲直り
夏休み――それは何時まででも寝てても良いと堕落を誘うもの。
一日寝ていようと決めたのならば、外に出ることはおろか着替えたら負けという気になってくるから不思議だ。
きっとこの堕落道を極めた先にある悟りが『働いたら負け』という境地に違いない。
…………
窓から入ってくる太陽は結構高いところまで来ている。
『ふぉおおぉおおおっ!!』
あと晶の家からミカの興奮する声が聞こえてきている。
え? 一体何やってんの?
気になるし、いい加減に起きよう。
洗面所で顔を洗い、さすがにぼさぼさの髪はいかがなものかとブラシをあてる。
隣に行くだけだし部屋着のままでいいか、と考えたところで晶の顔が浮かんだ。
…………
ちょっとだけオシャレなカットソーに落ち着いた色のショートパンツ。
どこか出かけるほど気合が入っている訳じゃないけれど、さりとて家で堕落していない感じ。
あまり晶にだらしない所を見せられないというか、そんな乙女っぽい思考になってる自分にびっくりだ。
家を出る前に気取り過ぎていない自分をイメージして、いざ出陣!
「おじゃましまーす。さっきのミカの声は何だったの?」
「あら都子ちゃんいらっしゃい。ふふ、それより見て」
『キミか! ミカのこれを見てみるのだ!』
「お、おぉ!」
一言で表せば、
基本のベースは喪服みたいな着物だが、下品にならない程度に肩口はざっくり開いて地肌が見え、袖口や襟元には付け足したのかレースをあしらっている。
紅い帯はコルセットのようにも袴スカートのようにも見え、ていうか何これもう帯じゃない。
その衣装からは少年とも少女ともつかない独特の色気が感じられ、それがミカの魅力を引き出していた。
「みやこちゃん、ミカ様綺麗でしょ?」
「あ、うん。よく似合ってる」
『ふふん、そうだろう、そうだろう!』
上機嫌にくるくるあたし達に見せ付けるミカ。
そして晶も上機嫌ににこにこ笑っている。
…………
うん、晶の格好が大人しいというか普通だ。
きっとおばさんの興味の対象がミカに行ってるので、自分に被害が来ないよう全力で盾にしているのだろう。
『やはり可愛いのは良い。昨日のキミ達のあれは可愛いに対する冒涜だ』
「あはは、だからこそ今のそれがあるんじゃない?」
『むぅ』
ジトーっと目を据わらせながら、昨日のダサ着こなしを咎めてきた。
『しかしミカの衣装がここまで変わるとは。元は同じモノだというのに』
「それは魅せ方次第よ」
「おばさん」
待ってましたとばかりに、したり顔でこちらにやってきてミカの衣装を手に取る。
「いい? この華やかさのポイントは、明るい色を引き立てる為のベースとなってるこの地味さよ!」
『なん……だと……』
「一見地味、そして昨日のあのダサさでもあるこの黒……これがあるからこそ他の華やかな部分が対比されて際立つ、いわば影の主役」
『そ、そういえば昨日隣にダサ格好で立たれた時、ミカの方が可愛く見えたような』
「フッ、合コンで自分よりランクの低いを子を連れて行って相対的に自分を良く見せるのと一緒よ」
え、なにそのテク怖い。
「華やかなだけだと、対比させるものが無いと目立たないでしょう?」
『な、なんてことだ……これが抹茶というのか……ッ』
「え、抹茶?」
驚愕の表情で自分の身というか、衣装を抱きしめるミカ。
抹茶という単語に首を傾げるおばさん。
何て言っていいかわからない顔であたしをみる晶。
「そうだ、今日行きたい所があるわ」
そして内心ドヤ顔のあたしはそう宣言した。
『行きたい所?』
◇ ◇ ◇ ◇
『い、いやだいやだいやだ!!』
「はい、暴れないの! 大人しくする!」
「あ、あはは……」
抵抗するよく目立つ姿のミカを強引に引っ張って、郊外を歩く。
目指すは遺構付近にいるウカちゃん達のところだ。
田舎で人が少ないのが幸いかな?
晶は苦笑いしつつも、どこか優しげに見守りながら着いてきてくれている。
ちなみに晶の格好は透かし彫りレースの入った白のワンピース。大事な部分はインナーで見えないけれど、レース越しに見える肩や太ももが色っぽい大人びた格好だ。
『キミはわかってない! スサの奴の暴れっぷりや、タケの奴の雷の凶悪ぶりを! フツの奴なんて何でも切り裂いてバラバラにしてしまうし!』
「だから、仲直りにしにいくんじゃない! ほら!」
『そんなの出来るわけない! オマエも見てないで止めろ!』
「ボ、ボクにみやこちゃんは止められないかな」
「ほら、足を動かして!」
『うぅぅうぅ~っ』
ミカは色々抵抗するのだけれど、おばさんが魔改造した衣装が着崩れるのを心配してか、強く出られない。
あたしはその隙をついて、どんどんと引っ張っていく。
そう、可愛いは拘束具なのだ!
「みやこちゃん、なんだか歯医者に連れて行かれた時の事を思い出すね」
「あーあー、あたし達もこんなだっけ?」
「もっと泣き喚いていたかもしれない」
「え、うそ?」
「どうだろうね?」
『は、歯医者って何だ?! スサ達より恐ろしいのか?!』
そういう晶は、どこか慈しむかのような目をしていた。
う、なんだろう。
晶にそんな目をされると包まれる様な、守られる様な気もして、こそばゆくなっちゃう。
…………
そこに着いた時、あたし達は一瞬にして囲まれた。
『くそっ、大丈夫かミヤコ?!』
『包囲陣を組め! 相手はかの邪神ぞ!』
『葦原における武器使用制限解除の要請を!』
『あぁくそ、こちらは36柱……この数で勝てるのか?!』
何があったか目で追えるとかそんな次元でなく、それこそ人智を超えた何かで物理法則を捻じ曲げたとか魔法じみた何かだと思う。
あ、ウカちゃんもいた。
『ほらみたことか。コイツラはいつもこうだ』
「み、みやこちゃん……」
ぎゅうっと、引っ張ってきていた手が強く握り締められた。
空いてる手を星の光のように鈍く光らせて周囲に向けて威嚇する。
晶もさすがに不安を隠せない様子だ。
ウカちゃん達には、ミカがあたしを盾にしているかのように見えているのだろう。
だけどあたしにはミカが苛められていて、あたしに縋っているかのように見える。
風に炎、雷に氷、剣に槍に矛に斧、弓矢など様々なものをこちらに向かって構えている。
わかってはいたけれど、明らかに友好的な空気じゃない。
「みんな! 正座!」
『ミヤコ……?』
『お、おいキミは何を……』
「もう、いいから皆正座! せ・い・ざ! ほら、ミカもそんな威嚇しないで、正座!」
『ちょっ、なっ、やめっ』
とりあえず、話をするにもこの状況はいただけない。
友好的に話をするためにも、まずはこちらの矛を収めなければいけない。
あたしはミカの頭を上からぐいぐいと押さえつけ、強引に正座をするように促す。
足がっ! 地面直で痛っ! やめっ! とか言っているけれど、まずはこちらが誠意を見せないとね。
一方そんなあたしとミカを見ていたウカちゃん達は、揃って何か信じられないものを見たかのように、惚けた顔をしている。
そんな顔をするのもいいけれど、ミカが涙目になって無防備な状態で正座しているっていうのに、武器を構えるのってないんじゃないかな?
「ほら、あなた達も正座! そんなもの人様に向けちゃダメでしょ?!」
『あの、いや、ミヤコな……?』
「ウカちゃんも正座!」
『だから、その』
「せ・い・ざ!」
『は、はい』
一番前に出てきていたウカちゃんが正座するのに従って、次々にその場で正座していく。
ウカちゃんの隣でウカパパが小声で何か話しているのが見える。
……娘の前で正座っていうのはちょっと気の毒だったかも。
『なぁウカ、あの娘何者だ?
『わかんねぇ。ただハッキリしてるのは我の友達ってことだけよ』
皆が争う態度を改め、話し合えるような状況になったのを確認し、腕を組んで大きく頷く。
「よろしい。では仲直りを始めます!」
あたしは、そう高らかに宣言した。
『『『『仲直り??』』』』
異口同音であたしの宣言に疑問を返す声が上がる。
晶は達観した顔で天を仰いでいた。
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