第77話 邪神調伏


 肩が触れ合いそうなほど近く、ゆっくりと。


 昨日とはまた違った距離感で通学路を行く。

 ここのところ頻繁に変わりすぎな気もする。

 だけど、今までで一番心地よい距離かもしれない。


「…………」

「…………」


 お互い昨日の事を思い出すと気恥ずかしいのか無言。

 手は繋いでないけれど、心は繋がっている感じはする。不思議。


 ミカの件だけど、帰ってからじっくり話し合うことになった。

 今もあたしの影の中にいたりするのかな? どういうことかよくわかんないけど。

 今日は終業式だけだし、早くに帰れるだろう。


 きな子には、ウカちゃん達にミカと出会いがしらに好戦的にならない様にって伝えに行ってもらった。

 大丈夫かな? きな子賢いから大丈夫だよね?


「…………んっ」

「ん?」


 そういえばさっきからあたしの右手にちょくちょく晶の手が当たっている。

 なんだろう? 繋ぎたいのかな? 遠慮?

 あたしから繋げって合図?


「あ……いいの?」

「え? ダメだった?」

「ダメじゃない、意地悪」

「ん」


 あたしの方から、もどかしそうにしていたので手を繋いだ。

 そういえば最近はずっと晶の方から繋いできてたっけ?

 あんな大胆な行動してたんだから、手くらい普通に繋げばいいのに。


「~~~~♪」


 …………


 ま、こんな嬉しそうな顔をしているなら、色々細かい事は野暮ってもんだ。

 あたしも釣られてニンマリしてきちゃうしね。


 そう、あたしは深く考えず晶が喜んでるからそれでいいや、なんて思ってた。


 今なら思う。


 もう少し周りの目の事を注意しておけばよかったと。


 それに気づいたのは教室に入ってからだった。


「おはよ、つかさちゃん」

「お、おはよう、江崎さん」

「おはよう、都……子…………」


 つかさちゃんの視線があたしと晶、そしてちょっと下の方を行ったり来たりする。

 ちょっと下の方……あ! 手か!


「……ッ!」


 晶がその視線の意味に気付いて、勢いよく手を離す。

 顔はどこまでも真っ赤で、俯いて恥ずかしそうにしている。

 つかさちゃんの目は動揺でぐりぐりとこれでもかと泳いでる。


「ふ、ふぅん、そ、そうなったんだ」


 ガタガタガタッ!


 つかさちゃんの言葉でクラスの女子が数人立ち上がり、晶を連行していく。


 連行……うん、あれは連行だ。

 晶君を応援する会の女子達によって教室の隅で囲まれた晶は(誘導)尋問を受けている。


 …………


 あっるぅえ? 何がどうなってんの?


 あ、あれか!


 昨日まで微妙に距離があったのに、覚悟決めた様子だった晶が今日はやたらと近くなっている。

 なるほど。

 ついに一線越えちゃったか的な空気を出しちゃってたのかな?

 ある意味間違えていないよね。


 いやいやいや、まってまって。


 騒ぎ過ぎ、騒ぎ過ぎだから。


 見ないで。


 そんな英雄を見るような目であたしを見ないで。


 あと生えないから。




  ◇  ◇  ◇  ◇



 その後、終業式が始まるまで物凄い追及が展開された。

 これ以上は堪らないとばかりに、終業式が終わったら逃げ出すように教室を飛び出した。


「もぅ、聞いてよみやこちゃん! ひどいんだよ! どうしてボクの方が奪われちゃう側なのかな?! みんなボクが男子って忘れてないかな?」

「ま、まぁまぁ別に皆悪気があったわけじゃないんだし、ね?」

「むぅ~っ」


 そんな帰り道、晶はぷりぷりとほっぺを膨らませながら拗ねていた。

 う、うん。怒った顔も可愛いね?

 言ったら余計拗ねそうだから言わないけど。


「ところで話し合うってどうするの? カガセオはどう呼べばいいの?」

「あ~、どうしよう?」

『ここにいる。あとカガセオは可愛くない。ミカと呼べ』

「うわっ!」


 噂をすれば、にょきっとあたしの影から生えてきた。


 背丈は晶より少し小さいくらい。

 美少年のような美少女のような怪しげな相貌。

 おかっぱのような髪はさらさらで、喪服にも見える禿かむろを髣髴とさせる雰囲気だ。


「み、ミカ?」

『うむ』


 晶がそう言い直すと、満足そうに頷いた。


 そういえば、あたしの時もカガセオは可愛くないって言ってたっけ?

 カガセオは苗字的なものか何かなのかな?


 いや、それよりも。


「可愛いの好きなの?」

『……むさいのは嫌い』

「むさいの?」

『タケのやつとかフツのやつとか、むさい奴は皆ミカを苛めた』

「ほうほう」


 確かミカは討伐されて力を封じられてるんだっけ。


 そんなミカはジロジロと晶を見ている。


『せっかく可愛いのに、むさい男に戻りたいなんてわかんない』

「むっ」


 自分の希望を否定されたのか、晶はムスッとした顔を見せる。


『男はダメ。キミならわかってくれると思うけど』

「え、あたし?」

『オトコは仲良く見せかけて、平気で裏切る』


 あたしと晶のすれ違いについて言ってるのかな?


『それに可愛いと笑顔になれるけど、むさいとしかめっ面にしかならない』


 う~ん、色々と認識の齟齬があるなぁ。どう説明したらいいのやら。


「そうね、可愛いのは正義だわ」

『ッ!?』

「おばさん」

「母さん!」


 音も無く、あたし達の前におばさんが現れていた。

 手には服というか衣装を持っている。

 あ、もう家の近くだったのね。


 あたしはもう慣れたものだけど、ミカは本気で驚いてる様子だ。


『な、何者?! その気配遮断能力、豆粒チビの少名毘古那スクナビコナ以上だぞ?!』

「細かいことはいいわ」

『こ、細かいこと?!』


 そう言って、おばさんは不躾にミカをみる。

 そして、心底残念そうな顔をする。


「素材はいいのに勿体無いわ……地味ね」

『じ、地味?』

「いいわ、わたしに任せて。そう、こっちよ。違う世界を見せてあげるわ」

『え、ちょ、ちょっと! うわっ』


 まるで引き摺るかのような勢いで、晶の家にミカを拘引こういんしていった。

 あの状態のおばさんを止める術を、あたし達は持ち合わせていなかった。


「…………」

「…………」


 あたしと晶はお互い無言で頷きあう。


 その場の空気は、子牛が売られていくBGMを奏でていた。




  ◇  ◇  ◇  ◇




『うわぁ! うわぁ!』


 花柄プリントの生地をベースとした、フリルとレースが満載のカラフルなティアードのワンピースドレス。

 発表会とかで小学生とかがよく着ていそうなやつって言ったらいいのかな?

 とにかく、普段着には絶対ありえない衣装に身を包み、鏡の前でくるくる回る。


「晶と似たような背丈だし、似合うとおもったのよ!」

『すごいすごい! 可愛い、すっごく可愛いよ、これ!』


 そう、晶の家の玄関近くの和室では、ファッションショーが繰り広げられていた。

 畳の上には和服っぽいドレスやら、チャイナっぽいものまで転がっている。

 これで何着目のお着替えだろう?

 ミカもおばさんもよく体力が続くと思う。


 ちなみに晶は自分に飛び火しないよう、お昼ごはんを作るという名目でこの場を逃げ出していた。

 おのれ晶め、あたしも連れてって欲しかった。


 …………


 そういえばミカの性別ってどっちなんだろう?

 可愛い服を着てはしゃいでるところはどう見ても女の子っぽいけど。


 まぁどっちにしたって似合ってるし、おばさんの行動も変わらないか。


 それよりも、少し思いついた事がある。

 これで抹茶を説明できやしないかな?


 あたしは床に脱ぎ散らかされていたある衣装を拾い、その場を抜け出してキッチンに向かった。




「~~~~♪」


 そこでは鼻歌交じりに包丁を振るう晶がいた。

 ハム、キュウリ、トマト、錦糸卵……冷やし中華ですねわかります。


 ちなみにあたしは胡麻ダレ派である。

 マヨネーズはかけない派だ。

 賛否両論はあると思う。

 しかし、胡麻ダレにマヨネーズは少々コッテリしすぎやしないかな?

 というわけであたしは冷やし中華は胡麻ダレマヨネーズ無し派なのだ。


 うん、話が逸れた。


「あきら」

「後は茹でるだけだよ」

「お昼の催促じゃなくて」

「ん、なに?」


 お昼の催促以外で何があるのか、本気で悩む顔をされた。


 …………いつかきっちり話をしなければならないと思う。


「実は着て欲しい服があるの」

「…………え?」


 その瞬間、晶の時が止まった。


 まるで怯え……いや、おばさんを見る目と同じになった。


 違うから。


 別にフリフリを無理やり着せるとかそういうのじゃないから。


 逃げないで。


 大丈夫、あたしは味方だから。


「み、みやこちゃんの頼みならどんなものでも着るよ……っ」


 だからそんな悲壮な覚悟の涙目で言わないで。





 …………


 というわけで晶にある服に着替えてもらい、和室に戻る。


「ミカ、おばさん」

「見て見てみやああああいやああああああああああっ!!」

『お、オマエラ……ッ!!』


 あたし達を見たおばさんが断末魔の如き叫び声をあげる。

 ……うん、ちょっと驚き過ぎじゃないかな?


「ミカ、これが人生の『苦味』よ!」

『あ、ああ、ああぁあ……』


 そんな晶の格好だけど、別段大したものじゃない。

 晶にはミカが脱いだ衣装をダサく着てもらっただけなのだ。


 そう、ダサく。


 前あわせは絶妙にずらし、右肩が大きく見えるくらい。

 そこからはババシャツよりもなおダサいインナーがチラチラ見えており、帯も色あわせなんて微塵も意識しない柄のものを大きく見せるよう巻いている。

 足元は今時どこにあったかルーズソックスが、これでもかとミスマッチだ。

 更にダメ押し髪はぼさぼさでだらしなく、顔に大きな黒縁伊達眼鏡ですっぴん。


 不肖この宮路都子、女子力を高めることはままならないが、下げることには一家言あるのだ。


「さぁ晶、ミカの隣に立って」

「う、うん」


 晶はこれに何の意味があるのかなぁ、と疑問顔。


「さあよく見て、ミカ。あなたが着ていたものよ?」

『そ、そんな……いや、馬鹿な……か、可愛くないっ!!』


 近付く晶と後ずさるミカ。


「そろそろ元の格好に戻る?」

『い、嫌っ、嫌だっ!!』

「どうして? ずぅっとあなたが着ていた衣装じゃない。どうして嫌なの?」

『そ、そんな……ミカはずぅっとあんなものを』


 へなへなと、畳の上にへたり込むミカ。

 あたしはにっこりと近寄り、耳元に口を寄せる。


「いいから着ろよ」

『あっああぁああぁっ!!』


 オチた。


 そんな手ごたえがあった。

 思わずあたしもほくそ笑んでしまう。


「ダメよおおぉおおぉおぉおっ!!」

「お、おばさん?!」

「ダメ! そんなダサいのダメ! いやああああ脱いでぇええ着替えてぇぇええぇ」

「あの、ちょっ、あたしまで?!」


 可愛いもの好きのおばさんにダサいのは耐えられなかったようで、強引に服を剥ぎ取られていく。


 この後無茶苦茶玩具に、否、お着替えさせられた。

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