最終章-2 天津甕星
第76話 抹茶
どこか白くてふわふわした場所に佇んでいた。
もはや色々と確認するまでもない。
いつもの夢? の中だろう。
ていうか最近ここに来る頻度高くなってない?
「ミカ?」
『くすくすくすくす』
目の前で形作ったのは、喪服っぽい着物姿の少年とも少女とも見て取れる存在。
こう何度も同じ目にあっていると、さすがに色々と慣れてくる。
あたしの肝は順調にぶくぶく太っているのだ。
「最近あたしにちょっかい出すの多くない?」
『だって、キミの不安が大きくなっているのだもの』
「どういうこと?」
『そのままの意味だよ』
あたしの中の不安が大きくなればなるほど、ミカがあたしにちょっかいかけてくるってこと?
そう考えると、まるでこれは悪魔の囁きめいているなんて思ってしまう。
だけど、うーん、さっぱりわからん。
不安か……確かにあたしは晶が男に戻った時どうなるかの不安が拭いきれていない。
前より大切な存在になっただけに、その不安も大きくなっている。
だからこそ、わからないで済ませちゃいけない。
別の視点で考えよう。
あたしの不安を解消させるために話しかけてきている。
何の為に?
――願いを叶える為に。
だとしても、一つ疑問が残る。
「どうして願いを叶えるの?」
『…………………………え?』
初めてみる顔だった。青天の霹靂って言うのかな?
齧ったたい焼きに餡子が無かったらこんな顔をするのかもしれない。
「だから、どうして願いを叶えようとするの?」
『どうして、だろう?』
「あ、あたしに言われても」
互いに鳩が豆鉄砲を食らったようた表情で見つめ合う。
あたしを見つめるミカが首を傾げ、釣られてあたしも首を傾げる。
ええっと、どういう状況だ、これ?
『だって、願いを叶えると皆喜んで……キミもあんな暗い顔してたから、その……』
しどろもどろになりながら、どこか言い訳じみた色合いで、あたしに説明しようとしてくる。
あれ、この子って悪意に満ちているとかそんな性根の悪い子ではないんじゃない?
むしろ……
『そ、そうだよ! 笑顔! キミはあの時も笑顔になった! それだけじゃない! 今まで願いを叶えた人は皆笑顔になってくれたよ! ミカにも感謝してくれたし!』
「それは……」
確かにそうかもしれない。
願いを叶えてあげるっていうことは、その人が不安なりなんなり思っていたことを取り除いてあげるってことだ。
そりゃあ、感謝もされるし笑顔にもなるだろう。
その辺りの意思の疎通が上手く出来なくて、ウカちゃん達と対立したりしてるんじゃないかな?
昔から一緒だったあたしと晶でさえ行き違いがあったのだ。
もしかしたら、お互い分かり合えるかもしれない。
『だから、キミも早く願えばいいよ!』
「それはできないよ」
『ど、どうして!』
シュンと項垂れ、泣き出しそうな瞳で睨むようにあたしを見上げてくる。
ミカの事を、ウカパパさんは分別のつかない子供だって言っていた。
つまりはそういうことなのだろう。
『わからないよ……誰だって笑顔になればそれはとても良い事なハズなのに』
きっとミカは純粋なんだろう。
人生に笑顔と幸せさえあれば言いと思っているのかもしれない。
人生の酸いも甘いも~、という言葉がある。
甘いものだけの人生とは果たして豊かなものなのだろうか?
例えば、子供のころは敬遠してしまう味覚がある。
渋味や苦味なんてその最たるものじゃないかな?
だがそれらの味覚が最大限に甘味をも引き出し、滋味深いものにまで昇華させているものを、あたしは知っている。
抹茶だ。
老若男女を通して嫌いなんて人はまず居ないんじゃないだろうか?
ならば、あたしが教えればいいんじゃないだろうか?
「ミカ、わからないならあたしが教えてあげるよ」
『教える……?』
人生の抹茶を。
◇ ◇ ◇ ◇
今日で学校は終業式、明日から夏休み。
天気もすっきり晴れやか。
憎らしいほど太陽が暑い。
「おはよ、あきら」
「お、おおはよぅ、みやこちゃん」
『ケーン』
晶はなんだかちょっと緊張した面持ちで、はにかみながら挨拶を返してきた。
そわそわしてるっていうのかな? 本日も非常に可愛らしい。
あたしの頬の筋肉が緩むのがわかる。
実は昨日あの後、特に言葉は交わしていなかったりする。
返事は8月2日、それが晶との暗黙の了解だ。
それまで何かあるか分からないし。
とにかく、晶に聞かなきゃならない事がある。
「あきら、人生の抹茶って何だろう?」
「人生の抹茶?」
『ケン?』
可愛らしく小首を掲げて頭に疑問符を浮かべている。
きな子も何か気になるのか、首を傾げつつあたしの周りをぐるぐる。
「甘いだけじゃなく苦いことや渋いこともあって、それらのおかげでより一層美味しくなる抹茶的なやつだよ」
「ええっと、色々突っ込みたい事がいっぱいだけど、とりあえず何で抹茶?」
「実はね…………」
晶に今までのミカと夢の事を話していく。
時折、それってこういうことだよね? とかあたしに確認するかのような相槌を打ってくれるので、おぼろげだった自分の中での考えが纏まっていくのがわかる。
なにより話していて、やっぱり晶はあたしの事をよくわかってるねっていう感じがなんだか無性に嬉しくなっちゃう。
ともかく問題となるのは、実はミカは心根は優しい子なんじゃないか?
権能だかなんだかわからないけれど、なまじそれが強大なだけで、注意をする人もいなかったのか、皆から誤解を受けてるだけじゃないだろうか?
だからミカは色々と知らないことも多い。
「だから人生甘いだけじゃない、しょっぱい事や苦いことがあるからこそ、その甘さが引き立つと思うんだよ。そう、スイカやお汁粉に塩を足したらもっと甘くなるようにさ!」
「あはは、何となくわかるような、みやこちゃんらしいっていうか」
『甘いだけじゃダメなのか?』
「どれだけ甘いのか、比較する対象がないとわかりにくいんじゃない?」
『むぅ、そういうものなのか?』
「甘さだけに溺れちゃうと勿体ないよ」
『キミの言うことは難しいな……』
「そうでもないって」
「み、みやこちゃん……っ?」
『ケ、ケン……ッ!』
「え、なに? ……あ!」
いつの間にかあたしの影からにゅうっとミカが生えていた。
そういやあたしが教えるって言ったからには近くに居てもおかしくはないよね。
突然の事であたしも驚いたけど、晶も驚きつつも身構えており、きな子にいたっては姿勢を低くして飛び掛かれるよう炎まで身に纏っている。
そんな二人に警戒したのか、ミカも腕を前に突き出して応戦の構えを見せる。
これはいけない。
「あきら、大丈夫だから! きな子はおすわり! ミカもそんなケンカ腰にならない!」
まったくもう、いきなりそんな態度取ったら話し合いとかできないだろうに。
あたしは大きな声を出し、呆れながら皆を嗜める。
よしよし、みんな良い子だ。
ちょっとドン引きしてるような表情も見えるけど、気にしないことにしよう。
「ほら、これから皆で抹茶について考えるんだから、仲良く握手! きな子はお手ね」
「う、うん」
『そ、そうか』
『ケ、ケーン』
ぎこちないけれど、互いに握手しあう光景にあたしは満足する。
どういう事になってるか詳しくは知らないけれど、ミカはきな子やウカちゃんと顔を合わすと即座に退場させられていた。
うんうん、よくわからないけど、出だしはいいんじゃない?
「みやこちゃんって、たまに突拍子もない事するよね?」
「え?」
抹茶の美味しさを教えるってのは突拍子もない事なのだろうか?
普通……だよね?
「だから目を離せないっていうか」
「そんなに?」
今度は晶が呆れたように、でも優しげな瞳で見てくる。
何だか手が掛かる子供を見守るみたいな顔しなくても。
「そういうところ、惚れ直した」
「うぐっ」
顔を真っ赤に、そんな不意打ち。
晶はずるい。
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