第75話 重なる心


 本日快晴、空はすっきりと透き通るほどの青。

 昨日真琴ちゃんと話したことであたしの心もすっきりしている。


 なんだか色々腹くくっちゃったら、色々楽になったのだ。


「お、おおおおおおはよっ、みやこちゃんっ」

「あきら?」


 そんなあたしとは逆に、晶の様子はおかしかった。

 緊張してるというか動揺してるというか、とにかく挙動不審になっている。


「どうかしたの?」

「どど、どどどどうもしないよ?」


 どうもなかったら語尾の声裏返らないよ?


「昨日沢村君と何かあった?」

「それは言えないでござるっ」


 ござる?


 ここまで来ると突っ込みどころ満載で、逆に何も言えなくなってしまう。 


 歩く時も意識してやってるのかと言いたくなるくらいカチコチの硬い動きで、左右の手足は共に同時に出していた。


 もちろん学校に着いてもそれが直るわけでなく――

 というか、学校であたしが居ないところでは普通なようで、あたしが近付いたり目が合ったりすると、途端に挙動不審になった。


 …………


 あたし何もしてないよね?


 しかし最近特に目立ってる晶のこと、すぐさまその異変は噂になる。


 そして噂はどんどんと広まり、放課後にもなると他所のクラスからも人がやってきて身動きが取れない状態だ。


「都子、楠園君何かあったの?」

「つかさちゃん。あたしも全く心当たりが無くて」


 他にもどうしたの? 何があったの? と聞かれるのだけれど、心当たりがないので答えようがない。

 今朝のござるから、何だか決戦を控えて緊張している武士の様にも……見えないな。美少女かわゆい。


 当然異変を察知したおせっかいな子達が話しかけて……あ、だれか連れて来た。

 なんか派手な子のグループ、っていうか真琴ちゃんもいる。

 ギャルグループで何か晶にアドバイスしてると思えば、その中で顔を真っ赤にしだした真琴ちゃんがあたしに気付き、一言二言断りをいれてこっちに来た。


「都子」

「まことちゃん」

「ん? 2人共いつの間に名前呼びに?」

「あはは、色々ありまして」

「……ふぅん、そういうこと」


 そういってつかさちゃんはなんとなく、納得したような顔であたしと真琴ちゃんを見た。

 多分何か察したのだろう。


 それはともかく。


「あれは一体?」

「あれね、全員彼氏持ちのグループ」

「彼氏持ち?」

「色々誤解とおせっかいが多分にあると思うんだけど」


 彼氏持ちと晶が結びつかない。

 晶が彼氏の事で相談されるっていうのならわかるけど。

 元は男の子だし、男心については誰よりも詳しい女の子だ。


「何を話してたの?」

「………について」

「え、なに?」

「だから! 初体験についてのアドバイス!」

「ぅへっ?!」

「そんなのあーしに言える事とか無いからこっち来たし!」

「ちょ、ちょっとまって! 晶が誰とそんなことっ」

「都子と」

「えぇえぇぇっ?!」


 え、なに? 皆には晶があたしに色々大事なものを捧げちゃう覚悟を決めたように見えてたってこと?!


 何でそうなった?!

 思わず晶をガバ見してしまう。


 あ、目が合った。

 心底助けて欲しそうな顔をしている。


 …………


 うん、例え勘違いだとわかっていても、あの顔を見たら羞恥で困らせたくなるような嗜虐心が沸いてしまうのもわかる。

 むしろあたしも混ざりたいまでもある。

 ギャルグループの子達も半ばわかってやってるに……あれ、何あの手のひらに収まるような薄っぺらいものは?

 ラムネかな? キャンディかな? ん~、わっかんないなぁ(すっとぼけ)。

 やっぱりあたしにはあそこの会話に入るのには早いなー(棒読み)。


『宮路先輩、やおい棒腹ボテエンド……有りだとおもいます!』


 待って! 眼鏡ちゃん変な電波飛ばしてこないで!


 って、晶それ受け取るの?!

 あ、ああ、なんか晶の周囲の人が増えていって物凄い盛り上がりになってる!

 えーっとえーっと、皆もどうしてあたしを見てくるのかな?



「宮路はいるか?」


 あたしと晶の話題で盛り上がってるところに、沢村君があたしを訪ねてきた。

 噂の渦中の人物の片割れをご指名ということで、教室内に一気に緊張が走り、自然と沢村君も視線を集めてしまう。

 晶君を応援する会(非公式)の女子メンバーなんかは、明らかに敵意を向けている子もいる。


「な、なんだよ……っ」


 さすがの沢村君もたじろいでしまうようだ。


 ともかく、あたしに用なんだよね。

 あたしとしても色々ケリをつけないといけないことだ。


「沢村君」

「話、いいか?」

「うん、いつでも」

「屋上で。先に行ってる」


 話す言葉も短く、必要最小限の事だけを言って立ち去る。


 色々あやふやなままではダメだよね。

 そう自分に渇を入れて立ち上がる。


「み、みやこちゃん!」

「あきら?」


 今日一番の緊張したような面持ちで、とてとてとあたしのところにやってきた。

 小動物っぽくて大変愛らしい。


「…………」

「…………」


 しばし無言で見つめあう。

 なんだか視線が晶の視線があたしの手と顔、というより唇を行ったり来たりする。

 なんとなく考えてることがわかるようなわからないような。

 瞳に潜んでいる不安を振り払うように、勢いよく顔を横に振る。


「いってらっしゃい」

「ん、いってきます」


 晶の声援を受けて、沢村君の後を追う。


 教室を出た途端に物凄い歓声が聞こえてきたので、晶には心の中で合掌しとこう。





  ◇  ◇  ◇  ◇



 夏休みも近く、最近は午前中で授業が終わっている。

 太陽は天高く、じりじりと肌を刺すような熱気で校舎の屋上を焼いていた。


「来たか、宮路」

「お待たせ」


 そういえば、ここでつかさちゃんと話したのもつい最近の事の様に思える。

 目の前で対峙している沢村君が、その時のつかさちゃんと重なった。

 しかし、あたしの心はあの時とは明確に違う。


 これから行われることに、きっと意味なんてないだろう。

 そもそもお互いに結果が分かり切っているのだから。

 だからこれは、それぞれの何かに決別するための儀式だった。


 故に告げる言葉は簡潔に、どこまでも一向ひとむきだった。


「宮路、やっぱり好きだ。俺と付き合ってくれ」

「ごめんなさい、それは出来ません」


 互いにわかり切っていた予定調和を告げる。


「理由を教えてくれないか?」

「それは……」


 沢村君は一歩踏み込む。

 互いに手を伸ばせば触れ合える距離。

 眼鏡ちゃんや今までの沢村君との距離より少しだけ近い。


「今まで悪くない感じでやってこれたし、理由がないなら試しでいい、付き合ってくれないか?」

「そう、だけど」


 さらに踏み込む。

 どちらかが手を伸ばせば触れ合える距離。

 つかさちゃんや真琴ちゃん、ウカちゃんとの距離より少しだけ近い。


「ダメなら、ちゃんとした理由を言ってくれ」

「…………」


 さらに踏み込もうとする。

 そうすると、すぐ近くに存在を感じられるくらいの距離。

 この世でたった一人、晶だけがいる距離。


 だから――


「沢村君は、あきらじゃないからっ」

「っ!」


 晶じゃないから、沢村君とは付き合えない。


 それ以上踏み込むなと、拒絶するかのようにそんな言葉が飛び出した。

 あたしであたしにびっくりだ。


「そっか。それが聞きたかった」


 そう言った沢村君はすっきりとした顔で、涙を流していた。


「あれ、こんなはずじゃ……ちくしょう、かっこ悪いな」


 自分でも感情をコントロールできないのか、顔をくしゃくしゃにしている。

 あたしには見られたくない姿だと思う。

 だけど、目を逸らしちゃいけないと思った。


「ありがとう、好きになってよかった」


 そう言ってあたしに手を伸ばそうとして……逡巡を少し、そのまま手を引っ込めた。


「楠園を受け入れてやってくれ」

「うん……」


 お節介にもそう言い残し、踵を翻した。

 小さくなっていく背中に、縁が薄くなっていくのを感じてしまった。


 ガチャリと音を立て、重厚な屋上の扉が開く。


「……楠園に、江崎まで」

「……え、沢村君?」

「…………」


 扉の前には晶とつかさちゃんがいた。

 奇しくもあの時とも重なってしまう。


「わりぃ、あんま見ないでくれ」


 そう言って歩む速度を上げる。


「ああ、もうっ!」


 つかさちゃんはあたしと晶、そして後ろ姿の沢村君に視線を巡らせ、彼を追いかけて行った。


「…………」

「…………」


 残されたあたし達は無言で見つめあう。

 何があったか言わなくても、あの沢村君を見たらわかるだろう。


「もしみやこちゃんが沢村君を選ぶなら、ボクはそれを受け入れるつもりだった」


 どこか後悔しているような、そして懺悔をするかのように低い声を絞り出す。


「今、あの沢村君を見てすっごく安心しちゃった」

「あきら……」

「ひどいよね。でもボクだって不安になるし、嫉妬もする」


 色んな感情がない交ぜになった、泣き笑いの様な顔をあたしに向ける。


「沢村君はっ! ボクと違って真っすぐで! ボクと違って勇気を出して踏み込んでっ! ボクと違っ――」

「あきら」


 自分を貶そうとする晶が見ていられなくて、大丈夫だよという思いを込めてぎゅうっと抱きしめる。


「みやこちゃん、ずるいよ……」

「え、そう?」

「うん、ずるい」


 あたしの背中に手を回し、抱きしめ返してくる。

 顔はどこか安心したかのような、そう、いつもの晶の顔だ。


「あきらと沢村君は違うよ」

「そう、だね……」

「あたしが好きなのはあきらの方だから」

「んっ」


 今度はあたしから唇を合わせた。


 そして、互いの背中に回した手の力が強くこめられる。


 真夏の太陽があたし達の時を止めるかのように、ジリジリと焼く。


 とても長く感じる時間を、心と唇を重ね合っていた。

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