第74話 覚悟


「お、おじゃましま~す」

「弟帰ってないからあーしらしかいないし、飲み物は紅茶でいいっしょ?」

「あ、うん。って、弟いるんだ?」

「3つ下の中二。まぁ生意気盛りだし」

「へー」


 あたしは落ち着いて話せる場所ってことで、真琴ちゃんの部屋にお邪魔していた。


 真琴ちゃんの部屋はなんていうか、一言で言うならツートンカラー?

 部屋の手前のクローゼットとかチェストやらおいてある部分は非常にぎゃるぎゃるリア充っぽいのに対し、奥の窓際机や本棚周辺は壁にベタベタアニメのポスターとかが貼ってあったりテンプレオタクくさい。

 ある意味期待を裏切らないっちゃ裏切らない部屋だ。

 両方とも真琴ちゃんの一面だしね。


「あんまジロジロ見ても面白いもんないし」

「いやー非常にまことちゃんぽいよ?」

「どんなだし……はい、紅茶は砂糖少な目のミルクたっぷりね」

「え、どうして?」

「そりゃ、晶に話を聞いてたらそれくらい覚えるし」

「そ、そうなんだ」


 一体、晶は真琴ちゃんに何を話してたんだろう?

 うぅぅ、なんだか気恥ずかしい。


「沢村っちが晶を呼び出した噂は聞いているけど……そもそも都子、最近の晶のあの態度、何かあったし?」

「あ~、うん、そのぉ……」

「何か言いにくいこと?」

「告白、されました」


 ひゃあ、自分でその事を口に出すのってすっごく恥ずかし、目も合わせられなくなっちゃうんだけど!

 でも相談してるのはあたしの方だし、真琴ちゃんを見……あれ?


「ま、まままままマジで?!」

「う、うん……」


 目をこれでもか! とすいすい泳がせながら『へ、へぇ』『そうなんだ』と呟き、ちょっと紅茶に砂糖入れすぎてない?! 何杯目、それ?!


「ど、どういう状況でさ?!」

「観覧車の中で、男として好きって言われて、こう強引に……」

「キスまでしたの?!」

「し、舌までがっつり濃ゆいのを……」

「かああああっ! あっま! 甘過ぎ! あー飲んでらんねーし!」


 うん、その紅茶は物理的に甘いと思う。


「で?」

「ん?」

「都子は何て答えたし?」

「それが、その……」

「はぁ?! 何も答えてないの?!」


 まるで非難するかのように大声を出す。

 事実叱責だろう。

 あたしと晶を知って、ちゃんと怒ってくれる真琴ちゃんだからこそ、やっぱり相談したいと思う。


「だからね、話を聞いて欲しいの」

「…………言われなくても聞くし」




 あたしはゆっくりと、じっくりと、話しながら自分の中で整理をするように言葉を紡いでいく。

 真琴ちゃんはその都度相槌を入れてくれたり話を促してくれたりして、聞き上手っていうのかな?

 だから落ち着いて話すことによって、色々と確認することが出来た。


「つまり異性として認識できない呪いが掛かっているのに、その呪いを解いたら晶をどう思ってしまうか不安ってこと?」

「うん、そう。だから怖い……んだと思う」


 あたしが晶に抱いてる思いとかが変わってしまうのが。

 自分が変わってしまうことが。



『みやこちゃんが変わっちゃったと思ったんだ』



 まるで楔のように、晶のこの言葉があたしの心に刺さっている。


「あほらし」

「あ、あほらしって!」


 だというのに、真琴ちゃんが投げかけた言葉は呆れと投げやりが混じってて、思わず声を荒げて詰め寄ってしまう。


「じゃあ聞くけどさ」

「なにさ」

「都子、あんた晶の事嫌い?」

「そんなこと絶対あるわけないじゃん!」

「じゃあ好き?」

「そりゃ好きだよ!」

「幼馴染として?」

「当然!」

「女の子としては?」

「可愛いし、あたしもあんな風になりたかったし!」

「じゃあ男の子としては?」

「そ、それは……だから意識できなくてっ――」


 もう一度呆れたように大きくため息をつく。


「そもそもさ、晶はどうなんさ?」

「あきら……?」


 真琴ちゃんの目は、あたしを咎めたてるかのように鋭くなる。


「どんな気持ちで告白したと思う? 今どんな気持ちで過ごしてると思う?」

「どんなって……」


 晶の気持ち……そういえば自分の事ばかりで晶の事なんて考える余裕なんてなかった。


「もうさ、今まで通りには戻れないし」

「そ、それはっ……でもっ」

「今まで通りだと、晶はもう辛くて我慢が出来ないんだし」

「っ!」


 あたしはこのままでも良いと思っていたところはあった。

 だけど晶は辛くて我慢できない……それって――


「好きで好きでどうしようもなくてさ、今まで通り傍にいられなくなるかもしれなくても、それでも好きだって気持ちが抑えられなかった……だから晶は一歩踏み込んだんよ」

「…………」

「たとえ、女の子同士のままの状態でも、我慢できなかったんだろうし」

「そう、だね」

「キスされて嫌だった?」

「それは……」


 突然の事でビックリはしたものの、嫌だとかそういう感じは一切なかった。

 初めての感覚で何ともいえないところだけど、晶から目いっぱい求められてる気がして、なんだか応えなきゃって気にもなったし、それに嬉し――


「あーしさ、晶が好き」

「……えっ」


 いきなりの告白でドキリと胸が一瞬にして跳ね上がる。

 その言葉はどこまでもあたしの感情を揺さぶった。


「晶から都子の事ばかり聞かなきゃ惚れてたかもね」

「え、う、うん……」


 そう言って真琴ちゃんは、悪戯が成功したような笑みを見せた。

 だけど、あたしの胸の中は依然と荒れたままだ。

 真琴ちゃんの事もそうだけど、どれだけ晶があたしの事を言っていたのかも気になる。


 晶はずっとあたしの事を――


「あのさ、晶が男になったくらいで嫌いになるの?」

「あ…………」


 ずぅっと一緒に飽きるくらい傍に居て、それでいて一緒に居なかったら調子崩すくらいになっちゃう存在。

 それこそ得体の知れないものに縋ってしまったくらいに。


 男になったくらいなんて特に問題無いんじゃないかな?

 いや、そもそも元は男の子だし!


「その顔、もう答えは出てるっしょ?」

「そうだね」


 物事はシンプルに。

 あたしは晶が好き。

 だったら、男の子だとかどうとか些細な問題じゃないかな?


 要は覚悟だ。


 何がどうなろうと晶を受け入れるかどうかの覚悟。


 もしかしたら、もうとっくに決まっていたのかもしれない。


「だから、あほらしって言ったし」

「ご、ごもっともでした」


 そういって、真琴ちゃんは紅茶を一気に飲み干す。


「あー、甘い甘い。やってらんねーし」


 純粋にそれは砂糖の入れすぎだと思うの。


「大体さ、晶も晶だと思わんし?」

「どういうこと?」

「都子に良く見てもらいたいから身奇麗にするのはわかるけど、何で女子力上げてるし!」

「それそれ! あたしより可愛くなっちゃってさ、どうしろっていうのよ!」

「胸も大きいし!」

「あれDあるんだよ、信じられる?」

「マジで?!」

「まじまじ、あたし一緒に買いに行ったし!」

「…………ぷっ」

「…………あはっ」


 真琴ちゃんと2人顔を見合わせて、どちらからともなく笑い転げる。


 一緒に不満げに晶の女子力のこととか胸の事とかを言ったりして、笑うたびに胸が軽くなっていくのがわかる。

 うん、真琴ちゃんに相談してよかった。


「大丈夫、もしダメになったりしたらあーしが晶をいただいちゃうし」

「んーそれは、諦めてもらうしかないかな?」

「それは残念」

「これだけは譲れないからね」

「はいはい、ご馳走様」


 うん、あたしの心は定まった。

 そうなると、悩んでいたことも馬鹿らしくなる。

 あとはいつ晶に答えるかだけだ。

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