第73話 もう一人の親友


 その日の晶は、どこかぼんやりとしていた。

 授業中も授業中も教師の言うこともどこ吹く風といった体で、なんていうか、らしくなかった。


 当然の事ながら、今朝の沢村君とのやり取りは噂になっており、クラスの皆の知るところとなっている。

 晶の様子と相まって、何人か仲の良い友人が話しかけるけれど、決まって『大丈夫』か『なんでもない』という返事で誤魔化す。


 そういうわけで晶を遠巻きに見ていると、なんだかいつもと逆だな、なんて思ってみたり。

 あたしの方はあたしの方で、『どうだろうね?』とか『当人じゃないから』とかで適当に受け流しているわけだけど。




 思い返せばこの一連の始まりは、沢村君にいきなり告白されたところから始まっている。

 そして晶はその場に居合わせていた。


 この1週間であたしに対する晶の態度が急激に変化しているのは、誰が見たってわかる。

 詳しいことは知らないだろうけれど、沢村君が何かあったか察するには十分な要素だ。

 沢村君としても、晶とそのあたりをハッキリさせたいって思うんじゃないかな、うん。


 と、冷静に考えてみるものの、これら全てあたしに向けられた好意を端に発しているかと思うと、気恥ずかしいやら自意識過剰なんじゃないかやら、心境複雑だ。


「都子、随分変な顔してるね」

「つかさちゃん」

「朝の話は聞いたよ。モテる女はつらいね」

「あ、あはは、どうしたものやら」


 やれやれ、と肩をすくめたジェスチャーをするつかさちゃん。

 よくやったつかさちゃんとのやり取りに、少しだけ心が軽くなる。


「男になってたものの、結局男心についてはそんなにわからなかったけど」

「そうなの?」

「中身は女だしね。まぁ、一つ言えるとすれば」

「なになに?」

「しっかり返事してあげなって事で」

「ご、ごもっともで」


 つかさちゃんにそう言われると、あたしも肩身が狭くなる。


 誤魔化すように、事実誤魔化す為に愛想笑いでその場を濁す。


 …………はぁ。










「楠園、いいか?」

「ボクはいつでも」


 放課後になってすぐ、うちのクラスを訪れた沢村君は、晶と一緒にどこかへ連れ立っていった。

 着いて行くのは野暮とばかり、教室に居る皆もその動向を気にしつつも静かに見守っている。

 あたしも見守っている1人だ。


 どこで話すか、いつまで話すかわかっていないので、今日の帰りはあたしだけ。

 何を話すか気になるところだけど、それこそ野暮ってものだろう。


「宮路さん? ちょっといいかしら」


 誰?


 あたしを囲むように、見識の無い数人の女子があたしの机のところにまで来ていた。


 あ、1人はわかる。

 こないだ沢村君に告白していた子というか、つかさちゃんの彼女だった子というか、演劇部の後輩ちゃんだ。


 …………


 なんだろう、嫌な予感しかしない。




  ◇  ◇  ◇  ◇




 晶は目立つ。

 元男の子っていうだけでなく、美少女っぷりでも目を引く。

 特に最近は噂の的になっていた。


 つまり、常に隣に居たあたしも目立っていた。


 打って変わってこの場所は目立たない場所だった。

 だけど、この場所とはつくづく縁があるなと思ったり。

 晶やつかさちゃんが連れ込まれたり、沢村君が告られたりした校舎裏だ。


「沢村先輩を解放してくださいっ」


 後輩ちゃんが目を潤ませながら、あたしに懇願する。

 その背後にいる数人の女子達はあたしを親の敵と言わんばかりに睨み付けて来る。


 なにこれ? どういう状況なんだろう?


「あの可愛い子はべらしときながら沢村君をキープとか最低」

「あんた目立ってて目障りなのよ」

「沢村君を解放して日陰にでも行きなさいよ」

「こんなでっかいだけで胸が無い女のどこがいいの?」


 もしかしてあたし罵倒されてる?

 なんだか逆恨みっぽいのも混じっているけど……こういうのは何か言うと余計に拗れそうだし、嵐が過ぎ去るのを待つしかないよね。


 はぁ、どうしてこうなってるんだか。


「大体、元は男だかなんだか知らないけど、女同士でイチャついててキモいのよ」


 そうよそうよと周りも便乗して囃し立てる。


 …………


 頭が急速に冷えていくのがわかる。

 あたしの事だけなら我慢できる。

 世間的に見てそういう意見を持つのも、まぁ理解はできる。


 だけど、あたしの前で晶を、必死で一生懸命で、どれだけ悩んだり頑張ってるか知ってる晶を侮辱されて黙っているのは無理みたい。

 お腹の中がグツグツしだし、ドス黒い感情が頭を支配していくのがわかる。



「あなっ――――」


「あんた達みっともないし、ちょっと黙るし!」



 その感情を爆発させようとしたその時、あたしの代わりに物凄い剣幕で怒ってくれた人がいた。


 部長さんだ。


「な、何よあんた……」

「か、関係ないでしょ」

「は?! 関係あるし!」

「ひぃっ」


 今更だけど、部長さんは派手な美人さんだ。

 そんな部長さんが両手を腰に当てて胸を張り後輩ちゃん達を睨み付ける様は、正に仁王立ち。

 派手な美人に威風堂々と威嚇されると、それはもう迫力がある。

 たった一人だというにも関わらず、悲鳴を漏らしてしまう子もいる。

 あたしも見ててちょっと怖いくらい。


「大方、あんたたち自分がモテない僻みを都子にぶつけてるだけだし! 1人じゃ何もいえないから、群れて気が大きくなってオラつくなんて、見ているこっちが恥ずかしいし!」


 図星だったのか、後輩ちゃん達は口を噤む。

 だけど、それでは引っ込みもつかない人もいるわけで。


「だ、だってその女が沢村先輩を誑かしているからっ」

「誑かしてるって何?! あーしの記憶が確かなら、沢村っちはしっかり振られてるけど?!」

「そ、それは、その女が色々と……」

「色々って何?! 具体的に何か都子が誑かしてる証拠でもあんの?!」

「せ、先輩はまだその女が好きって……」

「それって、ただ未練がましいってだけだし! ほら、都子も何か言うし?」

「え、あたし?」


 物凄い剣幕で相手を言いくるめてる部長さんを凄いなってみていると、急にあたしに話を振ってきた。

 ぶっちゃけ置いてけぼり食らっててなんて言っていいかわかんないんですが!


「え、えーと、頑張って?」

「~~~~~っ!」

「ぷっ! くっ……あははははははははっ!」


 後輩ちゃんは顔を真っ赤にしてぷるぷる震え、部長さんは堰を切ったかのように大笑いをする。


 …………


 あ、はい、これあたしが煽ってる形になっていますね。


「なんか凄い笑い声聞こえるけど、何?」

「ほら、あそこ。あの背の大きい女子って例の子の、ほら」

「うそ、修羅場?!」


 校舎の裏手とはいえ、人が完全に居ないわけじゃない。

 部長さんの笑い声がよほど大きかったのか、2階3階の校舎の窓からこちらを覗き込む人がちらほらと。


 好奇な目はあたしや部長さんだけじゃなく後輩ちゃん達にも注がれる。


「ね、ねぇもういこ?」

「話すだけ無駄だって」

「う、うん……」


 それに耐えられなかったのか、誰が言うでもなく後輩ちゃん達は立ち去っていく。


「せいぜい自分を磨いてからもう一度来るといいし!」

「~~~~っ!!」


 あ、あの部長さん、あんまり煽るのはその……頭から湯気みたいのでてるし、ね?


 それはともかく。


「あ、ありがとぅ、部長さん」

「べ、別にっていうかなんていうか都子はその、うぅううぅうぅう~~~っ!」


 顔を真っ赤にして地団駄を踏むように唸る。

 そういえばさっきからあんた呼ばわりじゃなくて都子と呼ばれてる。

 改まっていうか今更っていうか、部長さんに名前で呼ばれるのはその、照れる。


「だ、だから真琴! あんたは都子であーしは真琴だし!」

「ぅへ?」

「だーかーらー!」


 耳や首まで真っ赤にしながら、キッとあたしを睨み付ける様にして叫んだ!


「あーしら友達じゃん!!」

「友、達…………」

「だってそうでしょ?! テストも一緒に勉強するし、ちょくちょく遊んだりもするし、だからああいう時は助けに入っちゃうのは当然だし、それに都子っちはあーしの秘密の趣味も知ってるし!!」

「それは……」


 最後の隠せてませんよね?


「あと都子の事は結構前から晶にも相談受けてたから何かずっと前から知ってたって感じだし、何かきっかけが無かったから名前呼びする機会逃してたっていうか、その……」


 一気に捲くし立てるかのように言いつつ、最後の方はどんどん声が小さくなって、恥ずかしそうにあたしから目を逸らしたりして、ギャップ可愛い。

 いや、なんだろう、胸があついっていうかその、うん。

 嬉しい。


 すっごく嬉しい!


 部長さん――いや真琴ちゃんか。


「ま、まことちゃん」

「ん、都子」


 2人で照れながら見詰め合って笑う。


 そういや、あたしも真琴ちゃんの事はよく顔も合わせてたし、なんだかずっと前からの友達……親友みたいにも思える。


「そうだね、親友だったね」

「か、確認するのも今更だし!」


 つかさちゃんとは違う、明るくてちょっと残念でオタク趣味を持つもう1人の親友。


「ね、まことちゃん。相談して、いいかな?」

「……晶の事っしょ?」

「うん。ダメ、かな?」

「ふふんっ!」


 まことちゃんは一つ軽く咳払い、そして大きく胸を張る。



「あーしに任せるし!」


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