第70話 思い出せぬ顔


 ジリジリと肌を焼く朝の太陽と、遠くを走る車の音。そしてたまに吹く風が地面を叩き、草が騒めく。

 なんて事はない、よくある田舎の朝の風景だ。

 遺構があるこの辺一帯は畑や田んぼに囲まれている。

 そんな田舎の片隅で、厳ついライダーなおじさま(足は雪駄)とジャージやんきー巨乳ちゃん、そしてただの女子高生(無乳)が会していた。


『ええっと、これ、我の父親』

『あ、どーも。ウカのパパです』

「ウカちゃんの友達の宮路都子です」


 これはいったいどういう状況だろう?

 どうでもいいけど、学校は完全に遅刻だなぁ。


『都子、と言ったか?』

「あ、はい。都子です」


 ウカちゃんのパパさんが、あたしにずずいと近寄り覗き込んできて、サングラスを取ったかと思うと……あ、意外と愛嬌ある顔って、号泣っ?!


『ウカに……ウカに友達が出来るなんて……ッ』

「え……えぇぇええぇぇ」

『ちょ、親父っ?!』


 考えてみても欲しい。

 自分の父親と同じくらいの男性に、娘に友達が出来たと号泣される光景を。

 今まで友達いなかったの、とか親が泣くほど心配してたの、とか色々ツッコミたいところはあるのだけれど、それらひっくるめて居た堪れない気持ちになってくる。


 友達だから。大丈夫、普通に友達だから。

 仲も悪くないしイジメとかもないから。

 娘さん、愉快なところがあるいい子だから。


 ウカパパさんが落ち着くのには少し時間がかかった。



 …………


 遺構周辺は田畑だけでなく空き地も多い。

 いわゆる休耕地で土地を休ませてるだけってところも多いけれどね。


 そんな一画では、ここの土地の持ち主にちゃんと許可取ったのかな? と不安になるくらいの量の木材やら石材やらが運び込まれていた。

 ウカちゃんが言っていた、あたしのお祓いの為の準備なのだろうか?

 さらには、おそろいのはっぴやら来た男女数十人が集まっており、櫓を組んで、キャンプファイヤーよろしく火を焚いて、宴会が繰り広げられている。


『ウカの友達にかんぱーいっ!!!』

『『『『『『かんぱーいっ!!!』』』』』』

『ちょ、親父、やめろよな!』

「あは、あははははは……」


 急ごしらえの垂れ幕なんかもあり、『祝! 宇迦之御魂友達出来た記念!』なんて書かれている。

 どうもウカパパさんは結構なお偉いさんのようで、作業していた皆を集めては宴会するぞという鶴の一声でこうなったのだ。


 イカツイ感じばかりの周りの人も、ウカパパさんに言われていやいや祝ってるわけじゃなく、『お嬢にやっと友達が……ッ!』なんてガチ泣きしてる人さえいる。

 あれかな? 組員にも慕われているヤクザのお嬢様が、組総出で友達が出来たと祝われてるって言ったら想像つきやすいかな?

 なんていうか、正直なところあたしがウカちゃんなら恥ずかしくて切腹出来る。割と本気で。

 輪の中の中央で、顔を覆って縮こまってるウカちゃんには心底同情する。


 ちなみにきな子も居るみたいで、白い鹿とか兎、そして灰色の熊なんかと一緒に、宴会のおこぼれをもらってる。

 …………え、熊?! 大丈夫?! ってウカちゃん達なら大丈夫か。

 なんだか最近あたしの肝も随分鍛えられてる気がするなぁ(遠い目)。


『嬢ちゃんがウカ嬢の友達か! いやぁ! これからも仲良くしてやってくれよ!』

「あはは、それはもちろん」


 ウカちゃんが弄られてるのを見ていると、あたしの方まで飛び火してきた。

 取り囲んで居たおっちゃんの一人があたしの肩をバシバシ叩きながらやってくる。


『スサの旦那に、友達を助けたいって言って頭を下げた時のウカ嬢……あれは、あれはっ、うっ、うううっウカ嬢に友達がっ』

『おいおいタケさんや、肩を叩きすぎて嬢ちゃんがビックリしてるじゃねーか』

『とは言ってもよ、フツさんよ。この嬢ちゃんのおかげでウカ嬢が世界樹を顕現させたっていうじゃねぇか』

『おいおい、それはマジかよ!』


 やって来たかと思えば、あたしそっちのけで盛り上がり始めた。

 んー、よくはわからないけど、ウカちゃんが皆に愛されているというのはわかる。


『み、ミヤコォ……』

「ウカちゃん」


 そんな皆に揉みくちゃにされた愛されウカちゃんは、ほうほうの体といった感じであたしのところに逃げてきた。


「そういえばウカちゃん、この人達って?」

『香香背男の再封印の協力者ってとこだ。まぁかなり武闘派な奴らばかりだから、ムサいかもしんねぇ』

「ぶ、武闘派? そもそもミカ……カガセオってどういう奴なの?」

『う~ん、我もそんな詳しくはないのだが……』


 パッと見た感じ、ミカは中学生くらいの美少年だか美少女だかわからないけれど、華奢な雰囲気な子だった。

 一方周囲にいるスサさんとか呼ばれてるウカパパさんや、タケさんフツさんと呼ばれてるおじ様方は、武闘派とかおっかない呼ばれ方しているだけあって、なるほど体格も物凄くガッシリしているし、さっきからモリモリ食べてるというか、その焼き串何のお肉だろうおいしそう。

 こんな人たちが集まって大掛かりな準備をしなきゃどうこう出来ないって感じには、とてもじゃないけど思えない。


『一言でいえば、膨大な力を持った子供ガキってとこだな』

『親父!』

「ウカパパさん」


 いつの間にか宴会の中心にいたウカパパさんが、隅の方に避難していたあたし達のところにやって来ていた。


『強大な力を物事の分別がつかず、ただいたずらに振るえば迷惑以外の何ものでもねぇ。だから封じたってわけだ』

「封じたの? やっつけちゃわないで?」

『おうよ、分別つかない子供ガキだし、いずれ道理がわかるようになればいいだけの話だろう?』

「おお~っ!」

『俺も昔は随分ヤンチャして、姉貴を引きこもらせちゃったりしたしなっ!』

「お、おぅ……」


 そう言ってガハハと豪快に笑うウカパパさん。

 なるほど、昔はヤンチャだったのか。

 現在進行形でヤンチャなウカちゃんをみると、親子の血筋というのを感じてしまう。

 ふむふむ。


「ところでウカちゃんの権能って、五穀豊穣だよね?」

『フッ、故に我は生と死を司る金色の御使い……親父は暴風や海、ミヤコに絡んでたタケおじは雷、フツさんは切断とかを自在に操るな』

「カガセオの権能ってどういうものなの?」


 あたし達は今、カガセオミカの権能のせいでこういう事態になっているのだ。

 詳しい人がいるなら、このタイミングで把握しておいたほうがいいに違いない。


『そ、それは願いを叶えるというかその……ええっと、親父?』

『やれやれ、詳しく知らないなら素直に言えっての』


 うん、わかってた。 

 今までその辺の情報がウカちゃんから出てこなかったのはそういう事だって。

 だからね? 別に申し訳ないとか恥ずかしい顔を向けなくていいよ?

 大丈夫だから。友達辞めないから。そういうんじゃないから。


『俺達の権能なんてのも、そもそも世界の理や縁に従ってのものだ。ウカだって作物がなきゃ実りよくすることはできないし、タケだって雲がなきゃ雷を呼べない。フツの奴だって刃物がなきゃ何も切れんしな』

「ふむふむ?」


 普通は、働きかけるモノがあってこその権能って事でいいのかな?


『願いを叶える…そうだな、言い換えると世界の理や縁を強引に捻じ曲げる行為だ』

「理や縁を捻じ曲げる?」

『理や法則に従って繊細かつ複雑に絡み合ってる縁を、自分勝手に組み替える力だ』

「う、う~ん?」


 と言われてもいまいちピンと来ない。

 どういうことだろう?


『世界を人体に見立てて、手を動かす神経と足を動かす神経を勝手に入れ替えられたらどうする?』

「手を動かそうとしたら足が動いたりするってこと? そんなの大変じゃん! 混乱する!」

『そうだ。放っておけば歪みや穢れを生み出してしまう。それらを矯正して戻したってのが、男になってたお嬢ちゃんだな』

「じゃあ、晶が戻れなかったのは何で?」

『恐らく双方が望まなかったのと、複数の縁が歪められて全てを浄化出来なかったってところじゃないか?』

「複数……?」

『なぁ、お嬢ちゃん。例えばだけど、男だった時の坊主の顔を思い出せるか?』

「え、そんなの」


 生まれてからずっと一緒にいたんだし、すぐに…………


 …………


 …………


 あれ?


 え、うそ。


 男の子の晶ってどういうのだっけ……?


『やはりか』

『親父?!』

「ど、どういうこと?!」


 いくら思い出そうとしても、最初に思い浮かぶのは女の子になった晶の顔。

 笑った顔や拗ねた顔、嬉しそうな顔や悲しそうな顔、誤魔化そうとしている時や怒っている時とかいくらでも思い出せるのに、どうしてか男の子の時だった顔がどうしても思い出せない。


『お嬢ちゃん、きっとあんたがカガセオに願ったことは、男である坊主の拒絶だ』

「男の子の晶を拒絶……」

『最初は、坊主を男として意識しないってだけだったんだろうよ。それがどうしてか男であることも拒絶して女になっちまった……そういうとこか』

「あたしが、あきらを……」


 そんな、晶を拒絶だなんて……いつも一緒に居てくれて、あたし好みの料理を作ってくれて、今だと女子力磨いていじらしくあたしにアプローチするところなんて可愛くって。

 だから思わず嫁にしたくなるような……


 …………嫁?



 ――――クスクスクスクス


 何かの笑い声があたしの中で囁いた。

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