第69話 八雲


 晶が女の子になってから初めて1人で帰った日の翌日。

 晶は学校を休んだ。


 7月も半ば近くとなれば、朝から茹だる様な暑さだ。

 あたしはとぼとぼと通学路を1人で歩いていた。


『あの日だから。女の子の日だと、みやこちゃんにすごく甘えちゃうし、迷惑かけるから今日は休みます』


 という連絡を受けた。

 原因がわかってちょっとホッとしているものの、あたしに甘えてくれてもいいのに、なんて思ってしまう。


 男の子の時も帰りはともかく、行きは余程の事がない限りいつも一緒だった。

 1人で歩く通学路はどこか物悲しい。


「別に今まで1人とかよくあったし」


 なんて独りごちてみる。


 …………


 あーだめ、強がり言ってるだけってのが自分でもわかる。

 なんだか胸がぽっかり空いたような、夏だというのに寒気すら感じてしまう。


 晶がそこにいない。

 それだけでどこか不安になってきてしまう。

 あたしってこんなにヤワだっけ?


 ――――ダカラコソ願ッタ


 うん、そうだった。


 パシンッ!


 両手で頬をたたいて気合を入れなおす。


「よし、行きますか!」



 ……


 ……………………


 あたし1人だけだと足を動かす速度も自然と早くなる。

 最近は、小柄な晶の歩む速度に合わせていたってのもあるからね。

 いつもより少しだけ早く流れる見慣れた景色を横目に、あたし自身に問いかける。


 もちろん晶の事だ。


 晶が休んでたのは丁度よかったかもしれない。

 観覧車の一件から、顔を合わすとまともに考えられなくなってしまう。

 別にそれがイヤってわけじゃない。

 だからどうだ、っていう話だ。


 なし崩し的に返事は保留状態、次の儀式に返事をして欲しいと言っていた。

 なるほど、この状況が続くのはよろしくない。

 何かしら決着をつけなきゃいけないわけだ。


 問題は単純だ。


 晶は男としてあたしを好きって言った。

 それに対してあたしがどう応えるかだ。


 …………


 いっやぁー、あれですか?

 晶はあたしを彼女にしたいって事ですか?

 奇遇ですね、あたしは晶を嫁にしたいっすよ! あっはっは!


 ……


 赤くなった顔と比例して足が速くなるのがわかる。


 はい、照れ隠しですね。


 そもそも根本的な問題として、あたしが晶をどう思っているか?

 そんなの好きに決まってる。


 記憶があるかぎり常に傍に居て、一緒にいなきゃ今みたいに不安になったりするくらいの存在だ。

 ガサツなあたしと違って細かいところによく気が付いて世話してくれるし、身だしなみも気付いたら整えてくれる。その上料理も上手であたし好みのお弁当を作ってくれたりもしている。

 最近なんてあたしに意識してもらいたい為に、オシャレに仕草といった女子力の磨きをかけている。


 そんな相手に好きだなんて言われて、嬉しくないわけがない。

 晶を好きな理由なんて探せば探すほど溢れてきて仕方が無い。



 ダッ!


 と思わず駆け出してしまう。


 あああああああっ! どうしようどうしようっ!

 晶を思えば思うほど色んな思いが溢れてきて、胸と頭の中がいっぱいになって、どうしていいかわからない感情を発散する為に走り出した。


 ――――デモ、オトコじゃナイヨね


 そうだね、今は女の子だね。


 キスしたのも女の子の時だね。

 告白されたのも、アプローチをかけているのも女の子だね。


 …………


 ――――ゼンぶオンナだヨネ


 その通りだね。

 だから、男の子に戻りたいって言ってるんだよね。


 ――――ダカラ


「ああ、もう、うるさい!」


 ――――


「ミカでしょ? どこにいるの?」


 学校を目指していたはずなのに、気付けば遠く通り過ぎて郊外にある遺構にまで来てしまっていた。

 周囲は一切の物音がせず、更にはいつの間にやら黒い霧のようなものまで発生している。

 まるで現実離れしたこの場所は、死の国と言われても信じてしまいそうになる。


『イツモ一緒にイタでしょう?』

「いつも一緒?」


 今まで気付かなかったのが不思議なくらい、自然と目の前にソレはいた。


 少年のようにも見え、少女のようにも見える、喪服っぽい服をきた存在。


 ウカちゃんが言うところの邪神。

 カガセオ改めミカ。

 その顔はまるで生気を感じさせないほど青白い。

 事実、生きていないのかもしれない。

 本能的に恐怖を呼び起こされる。

 だが、目をそらすことは出来ない。


『ドウシテ、望みを否定スルの?』

「…………え?」


 だというのに、ミカは心底悲しそうな顔でそんな事を言った。


 もう一度、まじまじとミカを見てみる。

 少年のようにも少女のようにも見える容姿。

 おかっぱのような髪型に喪服にも似た着物。

 モノトーンの、遊郭の禿かむろを連想させられる姿。


 瞳を揺れさせながらジィッとあたしを見つめ、不安げに問いかける様は、むしろあたしに懇願さえしているかのようにさえ見える。


『変わらないでホシイ、あのオトコノコと一緒にイタイって願ったノニ』


 それはきっと、かつてあたしが願った事だろう。

 今なら尚更、その時のあたしの気持ちがわかる。

 あの時には必要なことだったのかもしれない。


 だけど、もう――


「その望みは必要ないからよ」

『…………え?』


 動揺、だろうか?


 ミカの目が泳ぎに泳ぎまくる。

 何か信じられないモノを見る目であたしを見てくる。

 どこか裏切り者を見るような瞳だ。

 そして、ゆっくりと右手を上げた。


『オマエはアレをオトコと見られナイ』

「ど、どういう……」

『アレはソノタメ、オトコでなくてイイと願った』

「ッ!?」


 上げた右手の掌で、あたしの胸に押し当ててくる。

 押し当てられた掌はどこまでも冷たく、まるで心臓を鷲掴みされたような錯覚を覚える。

 さすがのあたしも身体がビクリと震える。


 …………あれ、これってもしかしてかなりやばい?


『アナタは――』


 ――――八雲立つ


 突如、朗々と歌を唄う声が当たりに響いた。



『ッ?!』

「和歌?」


 ――――出雲八重垣、妻籠みに


 辺りにどこか白くてふわふわしたものが、物凄い勢いと速さで発生し、あたし達を取り囲む。


『また、甕をのけ者にするかっ!』

「メレンゲ……? いやこれは雲……?」


 ――――八重垣作る、その八重垣を…………



建速たけはやのおぉおーッ!!!』


 それはミカに幾重にも絡みついたかと思うと、溶かすように消えていった。


 …………


 え、えーっと…………


 ウカちゃん? きな子? いや、そもそも男の人の声だったよね?



『よぉ、お嬢ちゃん。大丈夫だったか?』


 頭に疑問符を並べているあたしに話しかけてきたのは、うちのお父さんと同じ位かちょっと下くらいの年齢かな? やんちゃそうなイメージを受けるダンディな男性だった。


 立派なあごひげに、派手に染めた髪。素肌の上に革のライダーズジャケットにサングラス、それに何故か雪駄。

 やたらと大きなバイク……ハーレーって言うんだっけ? に乗ってはいるけれど、ヘルメットも被っていない。


『スゥ…………けほっ、げっほげほけほげほっ』


 あ、なんかかっこつけて葉巻っぽいものを吸おうとしたけど咽た。


 色々突っ込みどころ満載な、ちぐはぐなイメージな方だ。

 いやでも、誰かに似ているような……?


『…………』

「…………」


 む、何度もこっちを見てる。

 どうしたのだろう?


『あー、お嬢ちゃん。ここは、その、な?』

「あー! はい、助けていただきありがとうございました!」

『フッ、いいってことよ』

「…………」

『…………』

「…………?」


 こんどは何か高速で目配せしてきた?


『ほら、ここは俺が何者か気になるところっていうか?』

「そ、そだ! 貴方のお名前は……?」

『名乗るほどの者じゃねぇ!』

「…………ぅわぁ」


 待ってましたとばかりの、物凄いドヤ顔でバイクを翻した。

 うん、あれ凄く練習したんだろうなっていうのがわかる。


『女の一人歩きは気を付けるんだな!』

「あっ……」


 朝のこんな時間からどう気を付ければいいというのか?

 バイクの気炎を吐き出しながら、やたら格好をつけて去っていった。


 …………ブロロロロロロロンッ!


 と思ったら、こっちに戻ってきた。


『あー、その、お嬢ちゃん、ここはその、な……?』

「え、えーと今度はなにかな……?」


 なんかあたしがダメ出しっぽいのされてる気がするんだけど何で?!

 何かを察して欲しいみたいだけど、わかんないよ!

 ていうか、この人めんどいよ!!


『親父、何やってんだよぉおって、ミヤコ?!』

『ウカ?』

「うかちゃん?!」


 おじさまに困らされているところにやってきたのはウカちゃんだった。


『親父、ミヤコが困ってるだろう? 何やってんだよ?!』

『いや、その、良いシーンにめぐり合えたからさぁ』



 …………え、親父?


 うわ、すっごい納得だわ!


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