第67話 やきもち
期末テストも終わり、夏休みまで特に学校で大きなイベントは無い。
部活に励む人も多いけれど、うちはそのへんまったりだ。
今年の夏はどうなってしまうんだろう――ぼんやりとそんな事を考えながら野菜に水を遣っていると、あげすぎてしまっていた。
「あ、朝でこれだけ暑いんだし、野菜も水が多いほうがいいよね?」
なんて、誰に言うわけでもなく独りごちる。
よ、よぉし、今日も夏休みまで残り少ない学校、頑張りますか!
気合を入れなおして鞄を持って、門を開け――
「お、おはよぅ、みやこちゃん……」
――たら、そこには天使がいた。
天使じゃない、晶だった。
恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながらも、ちらちら横目であたしを見て挨拶してきた。
ツーサイドアップにして緩く編みこんだ髪型は、小柄で童顔気味の晶の魅力を今までで一番引き出している。
目元や頬を注意深く見てみれば、うっすら化粧で小顔に見せようとしているのがわかる。
唇にさりげなく塗られたグロスはほんのり紅く色づいてぷるんとしてて、嫌でも昨日の観覧車での出来事が思い出し、思わずゴクリと喉が鳴る。
「お、おはよぉ、あきら!」
語尾が裏返ってしまった。
冷静に、そうれーせーに。
「髪型変えたんだ?」
「ど、どうかな? 変じゃない?」
「うん、可愛い。似合ってるよ」
「み、みやこちゃんにそう言って貰うために頑張ったんだ」
「そっか」
ボクの気持ち知ってるでしょ? といわんばかりの視線を送ってはにかんでくる。
髪型も化粧も、あたしに喜んでもらう為だけに頑張るとか何それどうすればいいのお持ち帰りしていい? まだ登校中だけどさ!
別にあたしは同性は恋愛対象じゃないし至ってノーマルな筈だけど、晶があたしのために頑張って可愛くなろうとしている心を向けられると、胸がきゅうっと締め付けられる思いでいっぱいになってしまう。
どうしよう、締め付けられすぎてAAAになってしまったら困るんですけど!
それよりも晶、男だよね? 男に戻りたいって言ってたよね? どうしてそんなより一層可愛くなってんの? 努力の方向間違えてない? 大丈夫? ちっくしょう、可愛いなぁ、もう!
あたしの胸の中に、昨日とは違った種類の嵐が発生してしまう。
…………
お互い顔を真っ赤にしつつ、近いような近くないような、2人の手を少し伸ばせば届きそうという微妙な距離を開けて学校を目指す。
ここ最近晶がべったりしてきただけに、この距離感がなんだかもどかしい。
チラリと晶の左手を見てみれば、あたしより少し体温の低いしっとりとした感触が欲しくなる。
視線を上げて顔を見てみれば、ぷっくりと柔らかい唇を思い出す。
触れてもいないのに、今までで一番晶を意識させられてしまう。
これが晶の策略だと思うと、してやられたと感じてしまった。
ちょっと悔しい。
あ、こっちみて笑顔を向けないで!
色々許してしまいそうになるから!
◇ ◇ ◇ ◇
期末テスト明けの開放感からか、休み時間の教室はいつも以上に騒がしい。
「楠園君? その髪型どうしたの? 似合ってるけど手が込んでない?」
「楠園君? そのメイクどうやってる? 道具何使ってるの?」
「楠園君? そのポーチとか小物可愛いけど、どこで買ったりしてるの?」
「みんな、君付けを疑問系で言わないで欲しいかなっ?」
ええーっ、だってー? という女子達の声が重なりあう。
晶は同じ家庭科部の子を中心とした女子達に揉みくちゃにされていた。
あたしはというと、ボーっとその光景を眺めてる。
当たり前だけど、あたしも晶も他に友達がいないわけじゃない。
細かな気配りが出来て、家事全般への造詣が深い。しかもいつの間にか化粧やファッションに関しても精通している。そして本人も美少女ときたもんだ。
そりゃあ、人気になるのもわかる。わかるのだけれど……
コスメはどれだとか、下着はこうだとか、いちいち照れくさそうに答える顔は同性から見ても可愛らしい。
恥ずかしそうにしながら男の時との違いがこうだとか、男子の気持ちとしてはああだとか答える顔を見ていると、ついつい意地悪な質問をしたくなっちゃう。
…………あんな顔、あたし見たことあったっけ?
幼馴染とはいえ、四六時中一緒にいるわけじゃない。
最近は女の子になっちゃうなんて事件があったからべったりだったけれど、晶が男だった時は、これくらいの付かず離れずの距離感だったのだ。
そりゃあ、友達だけに見せる顔ってのもあるでしょうよ。
でもちょっとデレデレしてない?
中身は男の子だもの、女の子に囲まれたら嬉しいよね?
そういう顔はあたしだけに――
…………
あたしの視線に気付いた晶が、目を細めて小さく手を振ってきた。
うんうん、なんか頭でごちゃごちゃ考えてたけど、許す!
まったく、あたしにこんな気持ちにさせちゃって、何なんだよ、もう!
そんな晶の行動に気付いた目敏い子が、晶に何か詰め寄っているのが見える。
うん、あたしの名前も聞こえるな。
そんなたどたどしく答える晶の唇、の動きを見ていると――
「どうしたの、都子?」
「つ、つかさちゃん?!」
いつの間にかやって来ていたつかさちゃんが、まじまじとあたしの顔を観察する。
そう、観察だ。何かを見透かされるような瞳が遠慮なくあたしをなめ回す。
「……ふぅん?」
「な、なにかな?」
「べつにぃ?」
人の心の機微に聡いつかさちゃんの事だ。
きっと、あたしの胸の内もわかっ――
「やきもちか」
「ッ!」
気付けばあたしは席を立っていた。
熱くなった自分の頭を冷やすために。
冷えろ~、冷えろ~、なんて念じながら意味も無くトイレを目指す。
あーもう、だめだだめだ。
大体意識するなっていうほうが難しい。
むしろ晶としては意識して欲しいからやっているんだろうし。
『――――――』
ああ、もう、うるさいうるさい! その目論見は大成功だよ!
あとね、何か晶の方が余裕あるような気がして気に食わない!
…………はぁ。
「こんなとこにいたし!」
「部長さん」
ぶらぶら廊下を歩いていたら、部長さんに声を掛けられた。
どうやらあたしを探していたみたいだ。
「……? 何か黄昏てるし?」
「べ、べつに?」
「ま、それはそれとして、これ!」
「これは……」
鼻息荒く渡されたのは部長さん推しの例のラノベの最新刊。
「昨日これ出たし! この巻は姫様だけでなく、皆が活躍するすんごくアツい展開で是非読むべし!」
「は、はぁ……」
有無を言わさぬ勢いで、強引にラノベを押し付けてくる。
その目からは、共に語りたいと言う欲求が透けて見える。
どこまでもブレない部長さんだ。
そんな部長さんだからこそ、聞いてみたいと思った。
「ね、どうして部長さんは姫様が好きなの?」
「そんなの好きだからに決まってんじゃん」
トンチかな?
「好きになるのに理由なんてある?」
「…………あ」
「そりゃあ好きになったところを上げだしたらいっぱいあるし。まずは一途なところでしょ? 主人公に会う時必ず身だしなみを気にする乙女な所とか、身分差に葛藤しちゃうところとか、格上の相手とやりあう時はボロボロになりながらも一つしっかり通った信念を押し通す所も堪らないし、それから日課のようにモフ」
「まって、部長さん。見てる、皆こっち見てるから」
惚気か! と突っ込みたくなるような暴走を始めた部長さんにストップをかける。
長いから。止まらなくなるから。
「好きなもんは好きなんだし!」
そう言って部長さんは、とてもいい笑顔で笑っていた。
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