第63話 告白


 あたしと晶の間で遊園地というと、近くの山の上にある遊園地になる。

 山の上といっても、そんな標高が高い場所じゃないんだけどね。

 幼い頃に何度か行ったし、高いところから見下ろす景色が絶景だったのを覚えている。


 最寄り駅からふもとの方まで電車で数駅、そこからケーブルカーで登っていかなきゃいけない。

 遊園地だけじゃなく、山の途中に大きなお寺があってそこそこ賑わっていたりする。

 だからあたし達が乗った電車も、満員とまでは行かないけれど、席に座れないほどの乗客がいた。


「みやこちゃん、ちょっとこれ」

「大丈夫よ、あきら。あたしがちゃんとガードするから!」


 あたしはというと前回の経験を生かし、扉の隅っこに晶を配置し、覆い隠すかのように位置を取る。


 そう、痴漢対策だ。


 ふふ、これなら晶に指一本触れられまい!

 こんなに可愛いかったら、ついつい痴漢の手が伸びてしまってもおかしくない。

 むしろあたしが手を伸ばしたい。やらんけど。


「人もそんなにいるわけじゃないし、大丈夫だって」

「う~、でもさ、万が一があるっしょ?」

「やったら一発でばれるって」

「そ、そうだけどさ」


 あたし達のいる車内で立ってるのは数人ってところ。

 しかも、あたし達のいる近辺にはいない。

 うん、まず痴漢されることはないだろう。

 …………むぅ。

 でも心配になっちゃうんだもん。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 駅前から電車に乗って数駅、そこからケーブルカーで20分程。

 近付くにつれどんどんとテンションも上がっていくのがわかる。

 そうして、山の尾根に作られた遊園地にやってきた。


 尾根にあるだけに、あたし達の住んでいる街と、山向こう側の街がみえる絶景が広がっている。

 あたしたちの街を見下ろせばどこか懐かしいような不思議な気持ちになり、向こう側を見下ろせば見た事も無い様相に好奇心が刺激される。

 最後にこの景色を見たのは小学校の頃だったかな?

 アトラクションもいくつか増えており、懐かしさ半分、期待感半分。


 うん、なんていうかね?

 ここまできたら、色々細かいことを考えるのは馬鹿らしくなってきた。

 物事はシンプルに考えるに限る。


 遊園地に来たのだ。

 思う存分楽しむ以外ないっしょ!


「いこ、あきら!」

「うん!」


 手を取り合って、入り口へ駆け出した。


 …………


 ……………………


 山上にあるだけあって、それほど規模が大きい遊園地じゃない。

 その分季節の花をあちこちに咲き乱れさせたり、景観を楽しんでもらえるよう注力されている。

 子供のころは景色より乗り物の方ばかりに意識が行っていたけれど、なるほど、この歳になってもう一度乗ると、あの頃とは違った感動がある。


「み、みやこちゃんまたフリーフォール乗るの?! 3回目だよ?!」

「あ、あはは……視点が急に変わるのが面白くって」


 絶叫系連続は晶にとっては不服だったり。


「園内ミニSL、子供っぽいかと思ったけど、花畑の中を突っ切るのは壮観だね」

「見てよ、晶! SL本物かな? 先頭の煙出してるし!」


 同じ乗り物に乗っても見てる視点は違っていたり。


「鏡? え、これ水?!」

「見てよ、あたしがいっぱい増えてる、あはは、なにこれ!」


 水と鏡の迷路ではお互い驚いたり笑ったり。


 他にはゆる~く空中モノレールを2人で一緒に漕いだり、晶の作ってきたお弁当を食べたり、動物ふれあい広場でヤギに髪の毛をもしゃもしゃされたり。

 記憶にある景色より少しだけ高くなった視点で、あの頃に戻ったかのように、まさに童心に戻って楽しんだ。


 多分、ここまで楽しめたのは晶が相手だったからに違いない。

 昔からあるアトラクションだって、昔と今じゃ感じるところが全然違う。

 記憶にある遊園地との記憶とも比較して楽しめる相手なんて、晶しかいないもの。


 だから、そう……やっぱりあたしにとって、晶は特別なんだ。


 …………


 そして、楽しい時間というのは流れるのがやたらと早く感じるもの。

 夏なのでまだ明るいけれど、気付いたら太陽はかなり西の空へと傾いていた。


「みやこちゃん、アレ乗ろっか」

「……そうだね」


 長くなってきた自分の影を踏みながら、観覧車を目指す。

 あたし達の間では、遊園地の最後の〆は観覧車になっている。


 それに乗ったら帰りの合図。

 楽しい時間の終わりの合図。

 そして現実に戻る為の儀式。


「…………」

「…………」


 ここの山上遊園地の目玉は、この観覧車。

 特に大きいっていうわけじゃないけれど、山上から見える景色が絶景という触れ込みだ。


 東側にはあたしたちの街。

 西側にはよく知らない街。


 いつも最後にクローズアップされるのは西日に照らされた知らない街。

 幼い頃からと同じ、物悲しい気持ちになりながら、何も知らない街を見る。

 沈みゆく太陽とは裏腹に、あたし達は上へと登っていく。


「今日は楽しかったね、みやこちゃん」

「そうだね……ここに来たの何年ぶりだろう?」


 どうでもいい話をしながら、今日が終わってしまうなと引き延ばそうとする。

 だけど時間は無情にも流れ、あたし達をどんどん空へと押し上げていく。


「…………」

「…………」


 無為な時間が流れる。

 それが何だかもどかしい。

 この時間がもっと続けばいい。


 だから――

 今を引き延ばしたかっただけで――

 こんな台詞は……

 本当だったら、言うつもりはなかった。


「あきら、男の子に戻りたい……?」

「…………みやこちゃん?」


 どこか、泣きそうな雰囲気を纏わせながら、あたしの名前を呼んだ。

 ……失敗だった。

 少なくとも、今日は……いや、帰るまでは言ったらダメな台詞だった。


 それは今一番デリケートな質問で。

 あたしの中でも上手く処理出来ていない問題で。

 多分、晶に助けてほしくて、甘えたくて口から出た言葉だった。


 でも、鈍感なあたしは。

 その晶の顔を見て、初めてダメだという事に気付いたのだ。


「…………」

「…………」


 楽しかった雰囲気が、一転して剣呑な空気に変わる。


 観覧車も既に頂上付近。

 これから下がっていくだけ。

 それは、まるで今の空気みたいだ。

 ああ、あたしはどうしていつも晶に上手く言えないんだろう?


「………………戻りたいに決まってるでしょ」


 それは、慟哭だった。


「男に戻りたいに決まっているでしょ!!」


 晶の叫びは止まらなかった。


 晶の今まで堪えていた感情と共に涙があふれ出して。

 あたしに掴みかかるかのように、詰め寄ってきた。


『――――――』


 晶のそれはまるで弾劾じみていて。

 あたしは処刑を受ける罪人の気持ちを味わった。 


 晶の瞳はどこまで真っ直ぐあたしを貫いていて。

 あたしは晶に処されるなら構わないかな、なんて思った。




「男として、みやこちゃんが大好きなんだから!!!」



「…………ぇ、んぅっ!!??!?!?」




 そんな晶の宣告と共に、あたしのファーストキスは奪われた。


 盛大に歯がぶつかり合い、晶の涙のしょっぱい味があたしの口に広がっていく。

 なんとなく締まらなくて、それがあたし達らしいとさえ思う。


「ん、………んっ!」

「んむ………んんーっ……んっ、ぅん、んっ」


 唇を弄ばれるかの様に啄んでいるかと思うと、突如ぬるり、と。

 ボクの事嫌じゃない? 大丈夫? と言いたげに晶の舌があたしの歯をノックする。

 大丈夫とか、そうじゃないとか、とにかくびっくりして、口を開いた。


「んぅんっ……」

「ん、ぅ……、んっ……」


 強引に差し込まれた晶の舌が、まるであたしの内側なかを蹂躙するかのように這いずり回る。

 え、どういうこと? そういうこと?

 突然の行為に驚いたあたしは、条件反射のごとく晶のモノに応えるように、おずおずと絡ませたりする。

 それを拒絶していないと思ったのか、より一層晶の攻勢が激しくなる。


「んんっ、はぁはぁ、ん……」

「はぁ、んっ…………はぁはぁ、んんんーっ」


 これは、まるであたしが晶のモノだってマーキングされてるな、なんて思った。


 一体、今晶はどんな顔をしてるんだろう?


 いつの間にか瞑っていた目を薄っすらと開けて晶を見てみると、切羽詰まったというか、余裕がないというか。

 目を瞑りながら、今この瞬間しか機会がないんだという必死の顔であたしを求めている晶がいた。


 それが何だか、妙にうれしくって。

 だから、あたしはもう、晶に為されるままだった



 これが罰だとしたら随分甘い、なんて思ってしまった。




 気付いたら、観覧車はとっくに天辺を過ぎ、地上が近付いていた。

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