第62話 浮かれてる
始まってしまえばあっという間に、無事期末テストが終わった。
今回は事前の準備期間が長かったので、前回よりいい出来だと思う。
それよりも勉強漬けの毎日から解放されたっていう方が重要だ。
試験最終日の放課後、教室のあちらこちらから悲喜交々な声が聞こえてくる。
へへん、今回のあたしは嘆かなくてもいいもんね!
「よし、皆行くべ!」
「行くってどこにさ?」
あたし達の教室に部長さんが鼻息荒く飛び込んできた。
「これを見よ!」
「ケーキバイキング……え、うそ安い、780円?!」
「これ、駅前で改装してたお店じゃない? ボクもどんな味か興味あるな」
「へぇ、オープニングセールで今日と明日だけみたいだね」
「あきら! つかさちゃん!」
ケーキという単語に惹かれ、2人も集まってくる。
試験も終わり、お昼もまだ。
甘味断ちしていたのも大きい。
これはもう行くしかない。
気がつけば皆無言で頷きあって、駅前に向かっていた。
…………
平日にも関わらず、お店の中は結構なお客で賑わっていた。
もちろん、お客のほとんどがスイーツに目敏い乙女達だ。
そんな中、晶が居心地悪そうに縮こまっている。
どうしたんだろう?
「あきら?」
「……周りが女性だらけで、なんだかちょっと、ね」
「え?」
「え?」
「え?」
「…………え?」
みんなの声が重なってしまった。
い、いやぁ、うん。
あ、まって。拗ねないで。
謝るから。ね?
席に着いたあたしたちは、早速ケーキを取りに繰り出す。
ショートケーキ、チーズケーキ、ロールケーキといったオーソドックスなものから、ティラミス、ミルクレープ、シュークリーム、スフレ、プリンといったものも充実している。
それぞれ思い思いのスイーツをお皿に載せる。
「晶、これ」
「部長、これ」
晶と部長さんが何か神妙な顔をしている。
どうしたというのだろう?
皆がテーブルに戻ってくるのを待ってから、食べ始める。
あたしが持ってきたのはフルーツタルトにミルクレープにプリン。それぞれ生クリームがたっぷり乗っかっている。
これはおいしい。食べなくても分かる。
さあ、いざ、口の中にケーキを運ぶ。うん、やっぱりおいしい!
そして晶と部長さんはやっぱり難しい顔をしている。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもないし! このレアチーズケーキ、土台のクッキーまで手作りな上クランベリーやナッツを絶妙なバランスで配置してあるし! チーズもその土台に合う酸味なんだけど、手作り思われるヨーグルトがたまんないっていうか!」
「ザッハトルテもすごいよ! チョコの秀逸さも言うまでも無く、中身が何層にも分かれていて、それぞれ違う味付けがなされていながらも互いに美味しさのハーモニーを奏でてるよ」
「は、はぁ」
かと思えば、言わずにはいられないといった勢いでケーキを解説してきた。
つまりおいしいってことだ。
「このクオリティで780円は安過ぎる!」
「開店のセールだから宣伝用じゃないの? 平日だし」
「ところで何で平日に開店したんだろう?」
「今日は大安じゃない? 縁起担ぎ」
「なるほど」
そして時間の許す限り、たくさん食べた。
獅子奮迅という単語を思い浮かぶほどの食べっぷりだ。
晶や部長さんが、単品で買えば400円はくだらないという言葉が拍車をかけた。
その日、あたし達は夕飯を抜く事を決意した。
物事には限度があるということを学んだ。
ケーキは油の塊。
都子忘れない。
…………
……………………
つかさちゃんと部長さんは家が反対方向なので、晶と2人家路を歩く。
もちろん手は恋人繋ぎ。
食べ過ぎて胸やけしているので会話は無い。
たまに小石を蹴飛ばす音があるくらい。
いつもなら無言でも、まぁそういうこともあるかーって流していたのだけれど……なんとなく色々と考えさせられて落ち着かない。
「明日午前10時に駅前ね」
「………んへ?」
急に話しかけられて、変な返事をしてしまった。
「だから、明日のデート! 駅前に10時ね!」
「いいけど……家、隣じゃん? 一緒に出たほうが良くない?」
「…………はぁ」
あからさまにコイツわかってないなぁ、という顔でため息をつかれた。むぅ。
「いいから、駅前に10時、わかった?」
「う、うん」
とりあえず、こういうときの晶に逆らってはいけない。
よくわからないまま頷くしかないのだ。
◇ ◇ ◇ ◇
なんだかんだでしっかり夕食を食べたあたしは、ゴロリとベッドに寝転がる。
テスト明けの明日は採点日で休日だ。
その日に前約束していた遊園地に行くことになった。
というわけで明日はデート。
デートって何だろう?
男女が日時を指定して交流を深める目的としてどこか遊びに出かける事。
うん、それだと今まで何度晶と重ねたかわからない。
幼馴染は伊達じゃないのだ。
「デート、かぁ」
しかし、今回のようにはっきりデートしようって言われたのは初めてだったりする。
それだけじゃない。連れ回すことの方が多かったから、晶から誘ってくれたことなんて……稀などころか今まであったっけ? もしかして初めて?
そう思うと、なんだか特別な感じがしてきた。
なんだか落ち着かなくなって、思わずベッドで転がってしまう。
あーなんですか。足がバタ足になってる。
うん、思った以上に浮かれてるんだ。
そんな中、ふと気付いた。
何着ていけばいいんだろう?
ガバりと起き上がり、クローゼットを開く。
…………
基本あたしはガサツである。
背も高いし胸は無い。
およそ可愛らしいという言葉とは無縁だと思っている。
デートなんて事柄はどこか御伽の国の話じみたことだと思っていた。
うん、着ていく服が無い!
大体あたしが服を選ぶ基準なんて動きやすいか楽そうか汚れていいかに集約されている。
えぇぇえぇ、どうしよう?
わざわざデートって言うくらいなんだ、普段と同じ格好じゃダメだよね?
いや、晶ならダメとか言わないと思うけど、なんていうか、いつもと同じでがっかりさせたくない。
あーもう! 悩ましいなぁ!
いつだって晶はあたしを悩ませてくる。
いっそ、こういうのを着て来いって言ってくれればいいのに!
自分でも八つ当たりじみているなと自覚しながら悪態をついていると、ふとある服に目が留まった。
晶が女の子になっちゃってすぐの時に、一緒に服を買いに行った時に買ったやつだ。
ネタに走ったものも買ったけど、いくつかは晶に勧められるまま買ったものもある。
あたしに似合うって言ってくれたので買ったものだ。
い、いやぁ、普段自分が着ることがないやと片隅に追いやってましたね!
私服でスカートとか、いやいやいやあたしそんなキャラじゃないし、とか思ってしまって結局穿かないあれですね?
で、でもまぁ、うん。
そもそもデートってことがあたしらしくないっちゃないし、そういうのもあり、かな……?
こうしてうんうん悩まされながら、前日の夜は更けていく。
…………
……………………
翌日の朝、あたしは鏡の中の自分に困惑していた。
洒落たデザインのカットソーにふわりと広がるアシンメトリーのスカート。
髪は下ろして丹念に梳き、ひと房編みこんでいる。
ちょっぴり大人びた女の子っぽい生き物が、そこにいた。
「…………」
なんだろう、落ち着かない。それどころか不安さえ押し寄せてくる。
変じゃないよね?
服とか晶が似合うからって言ってたし、大丈夫だよね?
何度も何度も鏡の前で自問自答をしてしまう。
バスケの対外試合の前でもこんなに緊張しやしない。
部屋の時計を見れば9時40分。
そろそろ家を出ないと待ち合わせに間に合わない。
あー、もう、なんだろうなー!
なんでここまで心をかき乱されなければならないんだ!
誰の何に対してわからないけど、ちょっとムカムカしてきたりする。
思わず道を歩く足も、大股になってしまう。
待ち合わせ場所は駅前改札口付近。
スマホによれば現在9時58分、いい時間だ。
晶に会ったら、この胸のもやもやしているというか、よくわからない感情をぶつけてやる。
デートしようなんて言い出したからこんなんなっちゃったんだから、これくらい受け止めてよね!
「み、みやこちゃん」
「あきら……?」
一瞬、言葉を失った。
パステルカラーのおとなしめの色のキャミワンピにあわせた、花柄の刺繍がなされたチュールワンピース。
丈の短いワンピから覗く太ももやむき出しの肩を、透けたチュール素材が柔らかく隠し、そのシルエットがなんていうかグッとくる。
可愛らしくもありながら色気も感じさせるそのコーデは、なるほど、
晶の魅力を十二分に発揮していると言える。
これは見惚れるな言うほうが無理だろう。
ほら、周囲の駅に吸い込まれていく人もチラチラ晶を見ているし。
「みやこちゃん、すっごく似合っているよ、それ」
「そ、そう?」
だというのに、晶から恥ずかしそうにそんな事言われると、こっちが落ち着かない。
「前買ったやつだよね? ボクのために?」
「ほ、ほら、晶が似合うって言ってくれたからさ、どうかなぁーって」
「そ、そうなんだ。か、可愛いよ、本当に」
照れくさそうに、真っ赤な顔を隠そうとせずに言ってくる。
うっ……こっちの方が照れくさいというか、晶の方が似合ってるとか言ったほうがいいのていうか恥ずかしくて言えないし、そもそも男の子だから可愛いとか言われても嬉しくないんじゃないかとかその、あぁあああ、もうっ!!
ていうか晶の中身って男の子だよね?!
あたしより可愛いとかどういうこと?!
むしろ男の子だから、可愛いの演出の仕方を心得てるってこと?!
ああ、もう!
「い、行こう、あきら!」
「う、うん」
恥ずかしさを誤魔化すかのように、強引に手を取って歩き出す。
「みやこちゃん、切符買ってないよ!」
「…………あ!」
どうやらあたしは浮かれているらしい。
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