第61話 デートの約束


 準備期間はあっという間に過ぎ、期末テストが始まった。

 今回は事前にしっかり準備しただけあって、初日の今日からいい滑り出しを出来たと思う。


 そんなちょっとした充足感と共に、暑い夏の道を歩く。

 靴越しでもアスファルトの熱を感じてしまいそうなくらいだ。


「あの人達、何をしているんだろ? あきら分かる?」

「さぁ? んー、なんとなくお祭りの準備っぽくも見えるけど」


 さっきからお揃いのはっぴや鉢巻をした若い男女が、木材や藁束、大きな団扇に傘みたいなものを持ってどこかに向かう集団と、何度かすれ違っていた。


「お祭りがどこかであるとしても、今のあーしらには関係ないし」

「そうだけどさ」


 気になるものは仕方ないじゃん。


 あたし達と言えば、いつもの面子で街外れの図書館へと向かう最中だった。

 今回テスト期間中の勉強会は、ファミレスでなく図書館ですることになっている。


 どうして図書館になったのか?


「あーし、8月の祭典に向けてそろそろダイエットせんと」

「男の時の感覚で食べてたら、結構増えちゃっててさ」

「ボクも最近二の腕がぷに具合が気になるし」


 と言うことらしい。

 ファミレスにいると、ついつい甘味を追加で頼んじゃうからね。


 あたしはというと、特に太ったりも体重が気になる水準だったりもはしない。

 無駄なお肉は、胸にもお腹にもつかないようです。ド畜生。


「あー冷房効いてて涼し~」


 7月になり、最近とみに暑くなってきた。

 そんな昼間に30分近くも歩けば、結構な汗をかく。

 冷房の効いた部屋はまさにオアシスだ。


 利用者の数はあたし達の他は指で数えられるほどしかおらず、好きな場所を選びたい放題だ。

 6人掛けの机を4人で占拠し、広々と勉強道具を広げる――んだけど、やっぱり晶はあたしの隣を詰めてきた。

 机が大きい分、そんなに接近してはいないんだけどね。


 う、う~ん。

 先日から晶は男の子、ということを意識して考えてみてる。

 これがなかなか難しい。


「みやこちゃん、そこ漢字違う。ノにツじゃなくてクだよ」

「え、今までノにツで書いてた」

「昔の字になっちゃうね。意味も通じるし合ってるけど、そこは試験だから不安要素は排除しとこ」

「むぅ、そうだね」


 事細かに世話を焼いてくれるので、男の子がどうとかよりも嫁感がまず先にくる。

 ていうか、ダメ人間にされていってる感さえある。


 …………


 うん、勉強だ勉強。今は期末に向けて勉強しなきゃね!






 …………


 ……………………


 人気が少なく静かな図書館は、サッとページを捲る音やペンを紙に叩きつける音、それと空調の作動音がしているくらいだ。

 だから、それ以外の音があったりすると非常に際立ってしまう。


『木材少ねーぞ、誰かサボってんじゃねーか?』

『こっちに御札が全然来てないわ。誰か知らない?』

『そっちいったぞー! 気をつけろー!』

『ええ、これ持って来たの誰?! 禁則事項じゃないの?!』


 うんうん、外にいる人たちは皆元気があって楽しそうでよろしい!

 思わずあたしもうきうきしちゃってくるな!

 あーもう、勉強止めて遊びに行きたーい!!

 健全な若者が部屋に籠もって1週間以上もカリカリしてるだけなんて、生き物としてよろしくないんじゃない?


 そんな勉強が嫌だオーラを出していたのがバレたのか、隣で晶がため息をついたのがわかった。


「ん、ちょっと休憩いれる? 集中力切れてきたんじゃない?」

「あはは、わかった?」

「さんせーい。あーしもちょっと喉渇いてきちゃった」

「私も少し伸びとかして身体解したいかな」


 というわけでロビーの方まで移動して、自販機で各々飲み物を買って休憩する事となった。

 ぐぐーっと両手を上に伸ばしながら爪先立ち。

 うん、いい開放感。


「よかったらどうぞ」

「わぁ!」

「紅茶のクッキー?」


 お茶請けにと晶が出してくれたのは紅茶のクッキー。

 以前紅茶のシフォンケーキを作ったときのやつの余りらしい。


「では遠慮なく」


 1枚つまんで口の中に入れる。

 紅茶独特の香りが鼻に抜け、甘い舌の上でジンジャーがぴりりと刺激する。

 要するに美味しい。

 こんなものをわざわざ仕込んでくるとは女子力が高い。


 美味しいかどうか聞くまでもなく、あたしの顔が物語っていたようで、こっちを見ていた晶にドヤ顔しつつ胸を張る。むぅ、晶め!


 やはり女子力と胸は関係あるのか? 

 胸があるからおいしいものを作れるのか?

 あたしも女子力を育てる為に野菜を育てているのだが……


「なにさ、じぃっとあーしの顔を見て」

「別に?」

「何かよくないことを考えていたのはわかるし!」

「あっはっは、そんなことないよ?」


 うん、胸と料理の腕の因果関係はないね!



『ん、これも結構美味いな。こないだ貰ったしふぉんけーき? あれとちょっと似てる』

「ウカちゃん!」


 いつの間にかウカちゃんがあたし達の輪に入って、晶のクッキーをひょいと一つ摘んでいた。


 目立つ巫女天女な格好じゃなく、いつぞやに晶が渡したジャージ姿だ。

 手首にリストバンドのように変な文字が書かれた包帯があるけれど、それに突っ込みを入れてはいけない。


 そして、ウカちゃんを見てわなわなと身を震わせている部長さん。

 そういえば初対面だっけ?

 でも何か態度おかしくない?


「ち、乳神……ッ」


 搾り出すかのよう呟いたかと思うと、跪き拝み始めた。


 それは衝撃だった。

 思わずあたしも部長さんに倣って、跪いて拝み始める。


 ウカちゃんのおっぱいを。


 ――少しでいいから分けてください、と。


『み、ミヤコ?! え、ちょ、何?!』

「ちち、ちち、乳、チチ……」

「大きくなぁれ、もみもみきゅん……」

『呪文?! なにそれ呪文?!』



  ◇  ◇  ◇  ◇



「あなたが神だったか!」

『フッ、今の我は世を忍ぶ仮の姿……騒いでくれるなよ?』


 と、ちゃんと伝わったか怪しい紹介を終えたウカちゃんと部長さん。

 なんだかんだで仲良さそうにしているので良しとしよう。


「ところでどうしてここに?」

『ああ、そうだ。ミヤコとアキラに伝えておかないとと思ってな』

「伝える?」

『元に戻せる算段がついた。旧暦6月の末、今年の暦で言えば8月の2日だな』

「そう、なんだ」


 ということは、3週間後か。

 でも本当に大丈夫なのかな?

 次も元に戻らなかったらどうしよう?


『ミヤコ、香香背男の事は我らにとっても無視できない件でな。なぁに大丈夫、いっぱい応援も来てくれているし』

「応援?」

『ああ、今も準備の為色々とやってもらっている』

「準備?」

『ほら、そこで色々運んでいたりするだろう?』


 お祭りの準備だと思っていたけど、もしかしてあたし達の為の準備なのだろうか?

 なんだか大事になっているようで、落ち着かない気分になったりする。

 でも、ウカちゃんはあたし達のために何とかしようとしてくれているのだ。

 それに対してはちゃんとお礼を言わなきゃだね。


「ありがと、ウカちゃん」

『と、友達だからな! 助ける為に協力するのは当然っていうか、その、な!』


 顔を真っ赤にしてわたわたと手を振る。

 うん、相変わらずチョロくて心配になる。



 前回の失敗の原因はあたしだ。

 あたしが元に戻ることを望まなかったから、晶は女の子のままだった。

 だから、その原因を取り除けば失敗することはないはず。

 うん、今度は大丈夫。うん。


 その後しばらくして、ウカちゃんは準備を手伝ってくると言って去っていった。

 あたし達もテスト勉強に戻り、日が傾き始めたのを合図にして家に戻ることにした。


 途中の道でつかさちゃんと部長さんとも別れ、夕暮れの道を晶と2人で歩く。


 珍しく手は繋がれていない。

 あれ、あたしなんかそれが寂しいとか思ってない?


 どうしたことかと晶を見てみれば、何か考え込むような顔をしていた。


「みやこちゃん、元に戻れなかったの気にしているでしょ」


 そして、いきなりドキリとするような事を話しかけてきた。


「あ、あはは……わかる?」

「うん、顔によく出てるからね」

「え、うそ?!」


 思わず自分のほっぺをぐにぐにと摘んで動かしてみちゃったり。


「あれは、きっとボクにも問題があったと思う」

「…………へ?」

「戻りたくないって、思ってしまったから」

「そう、なんだ」


 そう言ってあたしの手を繋ぎ、困ったような顔で微笑んだ。


 あの日の直前『こういうことも出来なくなっちゃうね』という言葉が思い出される。

 何故、そうなるんだろう?


 別に戻ってもこうしてもいいじゃん。

 また晶の中のオトコノコの事情って奴?


 考えてもよくわからない。


「み、みやこちゃん、テスト終わったら遊園地行こう!」

「遊園地? 急にどうしたの?」

「終わったらパーッと遊びたいっていうか、その、デートしよう、デート!」


 まるで急かされるかのように早口でそんな事を言ってきた。


「う、うん」


 その剣幕に、あたしはただただ頷くだけ。


 晶は顔を赤くしてそっぽ向く。

 そのくせ手はぎゅうって握り締めてきた。


『――――――』


 ああ、もう、心臓とか色々うるさい!

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