第60話 下らない理由


 皆が思い思いの時間を過ごす休憩時間、あたしと晶とつかさちゃんは移動教室のため廊下を歩いていた。


「まだテストまで余裕があるし、ボクとしては後半の教科先にしたほうがいいかな?」

「私としては苦手科目から先に手をつけたいかな?」

「あ、あたしはどれも苦手だからその……」


 話の内容は、放課後のテスト勉強はどうしようかというもの。

 はて、何か忘れているような……


「あんた達、今回も勉強会するの?」


 お手洗いの帰りっぽい部長さんにばったり出会い、会話の内容からそんな事を話しかけてきた。


 …………


 すっかり忘れていました!!






「勉強会するなら、あーしもちゃんと呼んで欲しかったし!」

「あはは、ごめん、ごめんって、しあーし部長さん」

「しあーしじゃないし、白石だし!」


 放課後図書室で始めた勉強会2日目は、部長さんの抗議の声から始まった。

 プンスと拗ねて、それがちょっと可愛らしい。

 完全にど忘れしていただけに、平謝りするしかない。


 ご、ごめんね?


「まったくもぅ、もし故意だったら立ち直れないし」


 これは完全にあたし達に非がある。素直に謝っておこう。

 なにより部長さんのご飯はおいしいのだ。

 それが食べられなくなるのは避けたい。


「つか、今回はやたら早く勉強会始めるんね?」


 機嫌を直した部長さんが、そんな事を言ってきた。


「ああ、うん。前回は慌しかったけど、今回はしっかり出来ればって。あれでも成績結構あがったからねー」

「そういや、あんたどんだけ成績上がったし?」

「ええっとあたしは……あ、言うのはいいけど部長さんのも教えてよ?」

「おっけー」


 前回のあたしの成績は平均点にちょっと及ばずってところ。これでも大躍進だ。

 部長さんは弱かった科目の成績を伸ばし全体順位で見ればかなり上がったとのこと。

 ちなみに晶とつかさちゃんは相変わらず上位だった。


 そういう成績の関係から、前回と同じくあたしが晶やつかさちゃんに分からないところを教えてもらうという形になる。


「みやこちゃん、そこ綴り間違ってる。tyじゃなくてthyだよ」

「あ、ほんとだ」

「それと、それ終わったら次はこの設問やってみるといいよ」

「ふんふん」


 ――なっているのだが、今回晶は自分の勉強をしつつもあたしに付きっ切りで、まるで家庭教師のように教えてくれる。

 そしてやっぱり距離も近い。


「…………あんた達、何かあったし?」

「あ、あははは、どうだろうね?」


 ちなみに、部長さんにはただ単につかさちゃんが戻ったとしか伝えていない。

 デリケートな話になるし、その、うん、なんて言っていいかわからないというのもある。


「楠園君とは何もないけど、私は都子に好きだと告ってフラれたくらいかな」

「へぇ、つかさっち告ってフラ……えっ?!」

「ちょっ、つかさちゃん?!」

「江崎さん?!」


 突然の爆弾発言の投下に、思わず図書室だと言うことを忘れて大声を出してしまう。

 周囲の非難がましい視線が飛んできて、居心地が悪くなる。


「ど、どういうことだし?!」

「言葉のまんまだよ。あぁ、これでも男としては自信があったんだけどね」

「え、いや、まぁ結構なイケメンだったけどさ」


 と言って肩を竦めるつかさちゃん。

 部長さんはあたしとつかさちゃんを何度も見比べるが、あたしは苦笑いを返すことしか出来ない。


「江崎さんが自分でそう言えるってことは、もう自分の中で踏ん切りもついたってことじゃない?」

「あきら」

「そうだね、否定はしない。多少未練はあるけどね」

「は、はぁ……」


 ここで晶がつかさちゃんに突っかかるとは思ってなかった。

 別に険悪というわけじゃないけれど……なんだろう、晶に余裕が無いようにも見えるし、2人の距離が近づいたようにも見えるし。


 そうだよね、つかさちゃんだけ戻って晶が戻れなかったわけだし、思うところはあるに違いない。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 放課後は4人で図書室、帰宅してからは夕食後にあたしの部屋で晶と2人で勉強するになっている。


 午後7時半過ぎ、夕飯を終えたあたしはリビングのソファーに寝転がり、例のジンジャー入り紅茶のアイスティーを啜っていた。

 その姿は大きく足を投げ出しており、どう見ても人様にお見せできない姿だ。

 この開放感はたまんないけどね!


 普段からこのアイスティー飲んでいるんだけど、いつの間にか補充されているのは晶のおかげかな? なんて思っていたら、玄関から『おじゃまします』の声と共に晶がやってきた。


「あ゛~、あきらいらっしゃぃ」

「女の子がやっていい格好じゃないと思う」

「えっへへ~」


 完全に垂れ切ってやる気の無い姿のあたしを晶に嗜められる。

 最近色々あったし、考えなきゃいけないこともあるんだけど……考え過ぎると疲れちゃうよね。


 ちなみに晶の格好はというと、大き目のノースリーブのチュニックにショートパンツ。

 あれです。一見丈が超短いワンピに見えるってあれです。

 つまり太ももが眩しい。ごくり。


 そんなちょっと親父くさい事を考えつつ、あたしの部屋へと促される。

 ここ最近ちょくちょく晶が部屋を片付けてくれているので、あたしの部屋は綺麗だ。

 うん、アイスティーといい部屋といい、この快適な生活は晶のおかげと言える。

 拝んでおこう。尊い。


「……何拝んでるの?」

「え、その、なんとなく……?」


 そんな下らないことをしつつ、部屋隅に立てかけられていた年代物のローテーブルを広げる。 

 前回の勉強会にも使ったやつだ。

 慣れたもので、テキパキとローテーブルの上に勉強道具を広げていく……のだけれど。


「んん~っ?」

「どうしたの、みやこちゃん?」

「あ~、うん、別に?」

「そう?」


 座る場所は前回と違った。あたしの横だ。それはもう距離が近い。

 肩を寄せずともあちこち身体が接触し、ぷにっと柔らかい肌を感じられる。

 頻繁にあたしの腕に晶の髪が掛かって、こそばゆいやら、気持ちいいやら。

 これだけ接触していれば、晶の香りを否応無く感じさせられ意識してしまう。


「あきら? どうして今回は隣なの?」

「こっちの方が教えやすいでしょ。それとも、嫌?」

「そ、そんなことないけど」

「なら、いいじゃん」


 意識してしまうのは晶も一緒のようで、耳はもう真っ赤に染まっている。 

 落ち着かないのは確かだけど、晶にくっつかれるのは悪い気分じゃない。

 むしろもっと早くこうして――……


「あきら」

「な、なに?」


 あたしの声質が急に変わったのに驚いたのか、びくりと肩を跳ねさせる。

 そう、なまじ距離が近くて存在を感じさせられるだけに、一つの疑問が沸き起こる。


 どうして急に疎遠になったのか?


 直前までそれほど悪い関係じゃなかったはずだ。

 つい先日までは、その事を疑問にすら思う事は無かった。

 きっと、カガセオとやらの影響だと思う。

 だけど、今はそのことがどうしても胸に引っかかってしまう。


「あの時、どうしてあたしから離れて行ってしまったの?」

「あの時って……」

「ねぇ、どうして?」


 声に力が入ってしまい、咎めるような形になってしまう。

 晶はただただ困った顔をして、どう言ったものかと口の中で言葉を転がしているようだった。


「………………」

「………………」


 互いに神妙な顔で見つめ合ったまま、無為な時間が過ぎていく。


 どれだけ時間が経っただろう?

 晶の瞳が何度も揺れたので、凄く長い時間のように感じられた。


 そして、晶は何かを観念したかのように、ため息を1つ、大きく吐き出した。


「きっと、理由なんて下らないよ」

「理由、あったんだ……」


 あの時、晶が何らかの理由があってあたしを避けていた。

 その事に思った以上にショックを受ける


『―――――――――』


 あーもう、うるさい。胸が、痛い。

 あたしは何を間違えたんだろう?

 それが分からないと、きっと同じ事を繰り返して、晶が目の前から去っていくかもしれない。



「みやこちゃんが変わっちゃったと思ったんだ」



 ずっと秘めておくはずだったものを吐き出し、どこか後悔が入り混じった声でそう言った。


 …………え?


 どういうこと?


 変わったのはあたし?


 訳がわからないと言う顔をしているあたしに、晶は自虐的な笑みを浮かべる。


「みやこちゃんだけ先に大人になって、やっかんだだけだよ」

「え、どういう……?」

「ね、あの頃って身長差どれくらいあったと思う?」

「ええっと、確か……」


 あたしは確か身長伸びるの早かったんだよね。そして晶は……


「大体今と一緒くらいだよ」

「うそ」


 今の晶は、あたしの腕の中にもすっぽり入っちゃうくらいの小柄な女の子である。

 当時、そこまで差があったのか、さすがに記憶があやふやだ。


「だから、当時のボクはみやこちゃんの隣を歩くのが嫌だったんだ」

「な、何で……」

「だって、恥ずかしくて嫉ましくてさ」

「恥ずかしい……?」

「わかんない?」


 そして晶はどこか困った顔をした。


「ボクだって、男だからね」


 男だから? 男の子だからどうだっていうんだろうか?

 そう言われるとあたしは弱るしかない。


「男子特有の変な意地っぱりを発揮しちゃった、真相はそれだけだよ」

「あ、うん」


 わかるような、わからないような。

 あたしにとって晶は晶であって、男性として特に意識した事が無い。

 だから、男子の意地だったと言われてもいまいちピンと来ない。


 きっと、あたしの質問に誠実に答えてくれたのだろう。

 だけど、いまいちあたしが事情を飲み込めなくて、晶にも悪い気がしてくる。


 いまいち、よくわかっていないあたしだけど。


「ボクはね、間違えちゃったんだ」


 そういって、弱々しく笑った。


「もう一度あの時をやり直せたら、と思うんだ」


 その言葉だけは胸に刻んでおこうと思った。


『――――――――』


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