第59話 仄かな変化


 結局、あの後は元に戻る手段の詳細を調べてみるというウカちゃんに任せ、あたしたちはとりあえずの日常に戻っていった。


 餅は餅屋といいますか、何もわからないあたしたちに出来ることはないからね。




 つかさちゃんが女の子に戻って初めての日は、晶とあたしと3人で示し合わせて一緒に教室に入った。


「あれ、江崎さん女装……じゃない、女の子に戻ったの?!」

「男の江崎さんかっこよかったのにざんねーん」

「あはは、残念だったかい?」


「どうやって戻っ……あ、楠園君は女の子のままなんだ?」

「楠園君はそっちの方が似合うと思うな!」

「元から何で女じゃないかと疑……あ、ごめん」

「あ、あの、みんなちょっと……っ?!」


 いきなり元に戻ったつかさちゃんを見て多少教室を賑わせたけど、晶の手前周囲も多少おもんばかったのかそれほど騒ぎにはならなかった。というか、うん、晶は女の子の方がしっくりくるというのはあたしでも否定できないな!


 これがつかさちゃんが女の子に戻った時の顛末。

 案外あっさりしていて、拍子抜けしたものだった。


 あれから数日が過ぎた。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 そんな事があってからのいつもの朝。


 あたしはと言えば、野菜達の世話を相変わらず続けていた。

 枝豆の成長は思わしくないものの、茄子は花を咲かせ、小さいながらも実を付け始めている。

 概ね順調に育ってると言っていいだろう。


 初めて茄子とズッキーニの花が咲いたときは、それはもう大騒ぎした。

 小学校の頃、学校で朝顔を育てたことはあったのだけれど、あれとは比にならない喜びだ。

 なんていうか、あれは授業の一環でやらされてる感があったんだよね。

 だけど、これは違う。

 自分で選んで、自分で育てると決めた。この子達は我が子も一緒だ。


「むぅ、ズッキーニの実が大きくならない……」


 だけど、思い通りにならない子もいた。 

 そう、ズッキーニだ。

 茄子より先に花をつけたのだが、実の成長はさっぱりなのだ。

 指くらいの実をつけるが、全然大きくならない。

 今も人差し指くらいの実をつけ、そこから大きくなる気配が無い。

 思わず自分の胸を見てしまう。


 …………


 ……………………


 ごめんねえええええちっちゃくてごめんねえええええ!!


 そう、女性の象徴ことおっぱい。

 それが小さいということは女子力が足りないという事。

 つまり、あたしの胸が小さいからズッキーニも大きくならないのか?

 そんな不安をあたしの胸を駆け巡る。


「花は咲いてるのになぁ……」


 そもそも何の為に野菜を育てているのか?


 育乳の為である。


 あたしの胸が小さいから、ズッキーニが大きくならないのか?

 ズッキーニが小さいままだから、あたしの胸も育っていないのか?

 そんな思考の迷路に迷い込――……


「みやこちゃん、ズッキーニは受粉させなきゃ実は大きくならないんだって」

「え、受粉?」


 あたしの隣でスマホを使って色々調べていてくれていた晶が、そう助言してくれた。

 なるほど、受粉か。

 う~ん、これはちょっと困ったぞぅ。


「ズッキーニ1株しか買わなかったのは失敗だったかなぁ」

「これ雄花じゃない? 丁度咲いてるし、その咲いてる雌花に受粉させればいいと思うよ」

「え、同じ株の花同士で受粉させていいの?」

「かぼちゃの花粉でも代用できるみたいだし、大丈夫じゃない?」

「ええっ?!」


 同じカボチャの仲間とはいえ……植物って不思議だ。


 晶の助言に従い、咲いてる雄花の中のおしべを、ごめんなさいと言いながら手折る。

 そして小さな実の先に咲いている雌花の花弁を広げ、中央に折り重なるに束ねられているめしべの中に、えいや! とおしべを突っ込む。

 ……うん、ただの人工授粉なんだけど、その、ちょっとエロい。

 おしべとめしべをこんにちわさせて、実をつくるとか、ほんと生殖行為そのまんまですね、はい。


 めしべの中に押し込まれているおしべを、じっと見つめる。

 なんだか胸が変にもぞもぞしてくる。

 多分あたし変な顔をしている。


「受粉だけど、おしべの花粉を筆とか綿棒で取ってめしべにつける方法が楽だって」

「え?! あ、うん! その方が手軽そうだね」


 平時と同じ表情の晶が、受粉方法も調べたのか、そういってくれた。

 なんとなく晶の顔をまともに見られなくなり、思わず顔を逸らしてしまう。


 そうか、帰りに綿棒買って帰ろう。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 完全に今までどおりの日常に戻ったというわけじゃない。

 少しずつ色んなことが変化していっている。


 あたしが育てている野菜たちもそうだ。

 確実に成長しており、しばらくすれば実を収穫することも期待できそうな感じだ。


 そして、晶もちょっとだけ変わった。

 そう、たとえばこのいつもの通学路。


「ね、ねぇ、あきら?」

「ん、どうしたの?」

「んー、あー、いや、別に……?」

「ふ~ん?」


 そんな、よくわからないけどわかった的な返事をして、あたしの指をにぎにぎと弄ばれる。


 あたしの右手と晶の左手は、簡単に解けないようがっしりと、互いの指と指を絡ませて繋がれていた。

 所謂、恋人つなぎである。

 最近隙あらばこの恋人つなぎをしようとするのだ。


 ほら、教室なんかでも――


「宮路さんと楠園君って……(ひそひそ)」

「ほら、幼馴染で前から仲良かったじゃない? だからほら(ひそひそ」

「前から楠園君ってみやこっちのことを……(ひそひそ」


 うん、仲の良い女の子同士でも早々しない繋ぎ方なんじゃないかな?

 そんな表立って注目されているわけじゃないんだけど、こうあからさまだと噂になっちゃうもので、妙に周囲の目が気になって気恥ずかしい。


 そんな晶はどこか機嫌が良さそうだ。

 ちょっと耳が赤くなってて恥ずかしがってるけど。

 だから手を離してなんて言い出せない。

 あたしも、そんな嫌じゃない。


 そして他にもある。


「んん~?」

「お弁当に苦手なものあった?」

「や、特に無いけど」

「そう?」


 近い。肩触れ合うほどに近い。

 そのくせお箸を動かすには不便がない。

 そしてやっぱり、ほんのり耳を赤くしている。


 とにかく、晶が最近今までより距離を詰めてきているのだ。

 恥ずかしいならしなけりゃいいのに、なんていうのは野暮だろう。

 あたしも止めて欲しいわけじゃないんだから。



「やぁ、都子。楠園君も」

「つかさちゃん」

「江崎さん」


 購買のパンを持ったつかさちゃんが、弁当を食べているあたし達に合流してくる。


 あれからはや数日、最初は少しぎこちなかったけど、どこか吹っ切れたつかさちゃんの方から積極的に関わってきて、いまや元通り。

 なんとなく、前より仲良くなったかもしれない。

 河原で殴りあって友情が深まった感じ?

 そんな単純な問題じゃないけれど、遠慮が無くなったという点では友情が深まったという気がしないでもない。


 まぁ、あれです。前より親友ぽくなった。


「楠園君、その都子の隣は羨ましいね」

「いいでしょ? 江崎さんには譲れないけどね」

「あ、あははは……」


 そして、なんとなくだけど晶とつかさちゃんが互いに遠慮しないようになっていた。

 仲良くなったって言っていいのかな……?

 2人とも少しずつ変わっていってるのだろう。

 でもなんかちょっと、よくわかんないけど、胸がモヤモヤする。


「で、都子どうする?」

「え?!」


 なんとなく2人の事を考えてて話聞いてなかった。


「テスト勉強だよ、みやこちゃん。そろそろ期末じゃない?」

「え、もうそんな時期?!」

「今回はまだ時間があるし、ちゃんと出来そうだよね」


 皆で中間テストの勉強をしたのが、ついこの間のように感じる。

 あの時と比べて、状況も随分変わったように思える。


 色々と考えないといけないことも多いだろう。


 けど、とりあえず今は勉強しなきゃ。

 学生の本分は勉強なのだ。

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