第58話 寂しかった


 夕暮れの街外れ、遺構の前。

 深刻そうな顔をするウカちゃんと相対する。


「邪神……?」

『正確にはその残滓、か』

「どういうこと?」

『カガセオ自体はとっくに討伐されているが、その権能だけが残っていてな』

「むぅ……よくわかんない」

『あー……、匂いのきつい料理を食べたら、食べ終えてもその香りは暫く残るだろう?』

「なるほど、それはわかる」


 ニンニクたっぷりの餃子を食べたら、その部屋は暫くニンニクの匂いとか残っちゃうよね。

 本人の力だけが独り歩きしてるっていうことなのだろうか?


 しかし……うん、他の事とかよくわからん!


「じぃ~~~」

『…………?』


 ウカちゃんをじろじろと見てみる。

 整った目鼻立ちに派手な金髪、それにダサいジャージ。そして靴はつっかけサンダル。

 どう見てもちょっとやんちゃしてそうな近所のねーちゃんである。

 そして中身が中二病に罹患しているというのも知っている。


 …………

 ……………………


 いっやぁ、ムリムリムリ。

 邪神、なんて言われてもいつもの発作から出た、誇張された台詞なのかもしれない。

 そんなイメージが捨てきれない。

 ええっと、カガセオ? 星のカミサマだっけ?


「闇夜に光り輝いた堕天せしモノ、か」

『……ッ!!!!????』


 ボソッとそれっぽいことを呟いてみる。

 うん、ウカちゃんが面白い速度でうずうずしたような顔に変わった。


「討たれて尚、闇を纏い光を求めるモノ……?」

『あ……あぁっ……!』


 悶えるように頭や胸を掻き毟るウカちゃん。

 やだなにこれ楽しい。


泡沫うたかたに輝く闇の残滓……」

『やめろ、やめてくれ! 我の心が……このっ!』

「おいおい、まだ虚無ヴォイドの宴は始まったばかりだぜ……?」

『あ、あああ、ああああああっ!!』


 闇とか深淵とか聖域とかそれっぽい言葉に、ウカちゃんは過剰な反応を示して悶える。

 あー、なんだろう! ちょっと止め時がわかんなくなっちゃってるんだけど!


「…………」

『……ケン?』

「みやこちゃんって時々大物なんじゃないかなって思うときがあるんだ」

『……ケン』


 ウカちゃんで遊ぶあたしを、晶ときな子は生暖かい目で見守っていた。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 ウカちゃんが落ち着くのを待って、ここに来たあらましを説明する。

 ちなみにウカちゃんは、カガセオ? それに反応して急いでここに来たらしい。


『そういうことだったか』

「ウカちゃん、何かわかる?」

『細かいところはともかく、大雑把なところはな』


 と言って、今度はウカちゃんがあたしをじぃっと見つめてくる。

 む、なんだかこそばゆいな、これ。


『なるほど。今回のアキラの件は、ミヤコが起点になっているな』

「みやこちゃんが?」

「そっか」


 ああ、やっぱり……そんな気持ちで相槌を打つ。


『多少厄介だし準備も必要だが、原因さえ分かればなんとかなる。なぁに、要はミヤコが心から元に戻れと願えばいいだけだ』

「結局今の現状って、あたしが願ったからってことなんだね」

『んー、一概には……だけど概ねあってるな』

「そっか」


 つまり、晶が女の子になっちゃった諸悪の根源はあたしだったという訳だ。

 言い換えれば、あたしが晶を女の子にしちゃったとも言える。

 急に女の子になっちゃって苦労したことも多々目の当たりにしている。


 でも、晶が女の子になってよかった――そんな事を考えているあたしもいる。

 なんて自分勝手。

 結局、幼い頃から自分の都合で晶を振り回しているのと何も変わっていないのだ。


「ね、あきら」

「ん、なに?」

「――ごめんなさい」


 深々と頭を下げる。

 自分勝手でごめんなさい。

 迷惑かけてごめんなさい。

 そのくせ頼ってばかりでごめんなさい。


 ただの自己満足かもしれない。

 だけど、今のあたしの気持ちを込めて頭を下げ続ける。


「顔を上げて、みやこちゃん」

「……あきら」


 どこかスッキリした表情の晶が居た。


「ボクもね、なんとなくみやこちゃんの気持ちわかるから」

「あきら……?」

「女の子になって大変だったけど、それでもみやこちゃんが居て楽しかったから」


 そう言って、柔らかく微笑む。


「きっと、ボクも心のどこかで望んでいたのかもしれない」

「……え?」

「寂しかったのは一緒だったのかな?」

「寂しかった……?」


 寂しかった?

 ……あーうん、多分寂しかったのかな。


「ん、みやこちゃん」


 そして、ぎゅうっと慈しむかのように晶が抱き付いてきた。

 長い髪がふわりと舞い、最近嗅ぎなれつつある香水が鼻腔をくすぐる。

 あたしの腕の中にすっぽり納まってしまうくらいの小さな身体。

 だというのに、まるであたしの方が包み込まれてしまうような錯覚をした。


 抱き合っていると、なんとなく、理由なんか説明できないけど、心が落ち着いてしまう。

 小さい頃には決してしたことがなかった抱擁。

 ていうか普通の仲でも滅多にするようなもんじゃない。

 あたしを安心させる何かがこれにはあるんだろう。


 そんな事を考えながら、しばらく晶のされるがままにする。


「ね、みやこちゃん」

「ん」

「ボク、どうするかはみやこちゃんに任せるよ」

「え?」


 元に戻るかどうかをあたしに託すってこと?


「でも、ボクも頑張るけどね」


 そう言ってあたしを見つめる晶の瞳はどこまでも真っ直ぐで、あたしを信頼してるってのがわかる。

 そしてその姿は、どこまでも純粋で、とても綺麗で。


 あたしの胸を搔き乱すには十分だった。

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