第57話 都子再起動


『ちょっと待ってろ! 親父にも連絡して色々と探るから! だから安心しろ、な? ミヤコ?』


 ウカちゃんは、自身の持つあらゆる伝手も使って、晶が元に戻らなかった原因を探すと言ってくれた。

 どうやらあたしが泣き出したのは、晶が元に戻らなかったからだと思ったかららしい。

 うん、あの状況じゃそう思われても不思議じゃないよね。


「都子、私も元に戻れたんだし、そう悲観することはないって」

「みやこちゃん、ほら、ボクはその、大丈夫だから!」


 つかさちゃんと、そして何故か当事者のはずの晶にまで慰められる始末だ。


 その後、晶に付き添われるようにして、家に帰ってきた。

 ぽすん、とベッドに腰掛けて項垂うなだれる。


 …………


 ……………………


 ――最悪。


 あー、あたし最悪だ。


 さすがに時間が経って頭も冷えてきた。

 それと同時に自分に腹が立ってくる。

 そして、恥ずかしくて晶に顔向け出来やしない。


 なぁにが、お姉さんだから、だよ!


 馬鹿じゃないの?

 あたしどんだけ晶を振り回してきたの?

 そして今、晶はどういう状況さ?


「みやこちゃん、大丈夫?」


 心配そうにあたしの顔を覗き込んでくる晶。

 なんで、あたし晶に心配させてんの?

 ホントもう、悔しくて情けなくて、さっきとは違う涙が出そうになる。


 ああ、もう、ほんと、今はダメだ。


「…………」

「…………あ」


 ベッドの上で膝立ちになった晶が、後ろからあたしを抱きしめてくれる。

 あたしの背中から晶の体温が伝わってきて、心が温かくなってくる。

 なんとなく、晶の左手を取って両手で包むかのように胸に抱く。

 どこかのた打ち回るかの様にぐちゃぐちゃしていた心が落ち着いていく。


 あたしが右手、晶が左手。

 あたしが前で、晶が後ろ。

 幼い頃から何度も繰り返した定位置。

 うん、非常に収まりがよろしい!


 ああ、もう、こういう時でもそれは変わらないのって。

 なんだか可笑しくなってきた。


 悩んだり、落ち込んだりするのはあたしらしくない。

 なにより、あたしがそんなだと晶が心配してしまう。

 心配しなきゃいけないのはあたしの方だってーの!


「…………ん!」

「…………ん?」

「もう大丈夫」

「ほんと?」


 訝しげに晶が聞いてくる。

 当然だろう、さっきまでのあたしを見たら信じにくいと思う。


 なんかもう、色々考えることもあるのだけど、あたしらしくシンプルに行こう。

 ぐじぐじするのはもうお終い!

 どうせ細かい事は考えるだけ無駄だ。

 そういうことは他の人に任しちゃえ。

 あたしの周りには頼りになる人がいっぱいいるんだから!


「晶のせいで元気でちゃった」

「ボクのせいって、なにそれ」

「どうもね、晶にそんなことされると元気になっちゃうみたい」

「初めて知ったよ、そんなこと」

「あたしだって今気付いたしね」

「……あ」


 くるりと振り向き不適に笑う。

 うん、大丈夫。ちゃんと笑えてる。


「ん、いつものみやこちゃんだね」

「でしょ?」

「安心した」

「じゃ、行こう!」

「行くって、どこに?」

「元に戻る方法を探しに!」

「…………え?」


 あたしは立ち上がって、ドヤ顔で晶に右手を差し出す。

 晶は困惑しながら、右手とあたしの顔を交互に見る。


「ほら!」

「ほんと、みやこちゃんはしょうがないなぁ」


 いつものように、少し困った顔をしながら晶があたしの手を取る。


 あたしが右手で晶が左手。

 あたしが前で晶が後ろ。


 きっとこれは、晶に甘えてるんだと思う。

 今だけは、もう一度前に進む為に甘えさせてもらおう。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 夕暮れの道を晶と2人、長い自分の影を踏みながら足早に往く。


「ねぇみやこちゃん、どこ向かってるの?」

「さぁ、どこだろ?」

「えぇぇ、何も考えてないの?」

「んー、勘任せだし!」

「ちょ、ちょっと!」


 晶と疎遠だった時に何かあったのだろう。

 今までそのときの記憶をあまり意識してなかった。

 意識してなかったというだけで、忘れたというわけじゃない。

 だからほら――意識を向けると、おぼろげにその場所が脳裏に映る。



 ――イイノ?


 なにが?


「ねぇ、あきら?」

「ん、なに?」

「手、離さないでね?」

「ん、うん」


 あたしはぎゅっと右手に力をこめる。

 晶も左手で握り返してくる。



 ――オトコにナッタら、ハナれてイっちゃうヨ?


 だったら、あたしが離さなきゃいいだけだ。


「ここ、は……」

「こないだ体育のマラソンでも来たよね」


 街外れにある遺構。

 特に何もないけれど、五輪塔だけがポツンと建っている。


 晶と疎遠だったあの時、よくフラリとここに来ていたようだ。

 今でも記憶があやふやで、本当にここに来ていたかどうか自信が無い。

 ただ、マラソンの時に見えたものといい、何かあっても不思議じゃない。



 ――アナタのノゾミは……


 あーもう、うるさい!


 ていうか、あんた誰?!


「み、みやこちゃん……っ」

「え、あれ?」


 いつの間にか五輪塔の前に人が立っていた。

 少年にも少女にも見え、どこか古めかしい、まるで喪服のような黒い着物みたいな衣装を着ている。

 見た目を強引に例えるなら、モノトーンな遊郭の禿かむろといったところか。

 顔はまるで死人のように土気色をしており、生理的な恐怖が沸き起こる。


 カレ? はあたしの顔を見ると、ゆっくりと西の空を指差した。

 夕暮れでも明るく輝く星……多分金星がきらめいている。


『……ネガイを』


 …………


 ああ、なんとなく思い出した。

 きっと、願えばまるで奇跡のように叶えてくれるだろう。

 あの時、あたしはこれに縋ったんだ。

 けど今は違う。

 右手を見れば、そこに晶がいる。

 なら、何とかなるに違いない。


「あたし、は――」


『ケーンッ!』

「ミヤコッ!」


 突如カレが炎に包まれたかと思うと、金色の突風が強烈に吹きつけ、霧のように霧散した。

 目の前には颯爽と現れたウカちゃんときな子。

 ウカちゃんはさっきと同じジャージ姿だ。


「ウカちゃん! きな子!」


 あれ、でもどうしてここに?


『あれは……一体どういうことだ?』

「ウカちゃん、何か知ってるの?」

『あれは香香背男』

「カガセオ……?」

『星への祈り、思いを叶えるモノだ』

「星に願いを、とかそういうものを叶えてくれるモノ?」

『そうだ。そして――』


 ウカちゃんはあたしに向き直り、真剣な目で告げる。


『邪神だ』

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