第54話 痴漢


 月末の土曜日、本日は夏越の祓えの日。


 複雑な気持ちで授業をやり過ごした放課後、あたしは晶とつかさちゃんと一緒に駅前にやってきていた。

 目指すは隣町の神社だ。


 微妙にアクセスの悪いところにあって、最寄り駅から電車で3駅、そこからバスか徒歩。

 ここからだと3~40分ってところかなぁ。

 そこそこ大きい神社で、屋台とかも出てるらしい。

 ちょっとしたお祭り気分だ。


 ……昨夜の事があって、いまいち気分が盛り上がらないけれど。


「都子、どうしたの?」

「え、ううん、なんでもない」


 つかさちゃんが、あたしに何か感じるところがあったのか声を掛けてくる。

 何も言ってないけど、多分晶もあたしの変化に気付いてるよね。


 せっかくの日だから心配掛けたくないし、気分上げていこう。


「ほ、ほら切符買お? 駅前で大抵のもの揃っちゃうから、あたし電車なんて久しぶりだよ!」


「…………」


「みやこちゃん……」


 券売機に並んで切符を買う。

 目的地の駅は、ここと同じで急行が停まるからかそこそこ大きい。

 しかし、他にこれといった特産品のようなものや観光の出来る目玉もなく、まぁほんとお隣の町ってだけ。


 あたし達の目指す神社は、そんな隣町の山の方にあった。

 観光の目玉になるほどの大きさではないものの、地域住民には親しみの深い場所のようで、こうした祭事のあるときは屋台が出て繁盛する程度には活気があるらしい。


「……それにしても、電車混んでるね?」

「うわ、すご」


 ホームに並んでやってきた電車は、窮屈とまでは言わないけれど、普段電車を見慣れないあたし達にとっては十分満員電車と言っていい状態だった。

 制服姿の学生が多いことから、下校ラッシュにかち合ったらしい。


「ま、まぁ3駅だし? 10分くらいならなんとか我慢できるかな?」

「ボクの身長だと溺れてしまいそう……」

「ほら都子、後ろつかえてるからもっと奥行って」


 人波に押し流される様にして乗車する。

 掴むところが何も無い場所にまで来てしまい、なんだか落ち着かない。

 発車した時ちょっとよろめいたのは秘密だ。


 …………


 ……………………


 い、息苦しい!

 よくテレビとかで電車の旅とかやってるのってあるでしょ?

 あんな感じでちょっとのんびり旅気分を味わえるかなぁ、なんて思ってたのだけれど、これだと都会の通勤ラッシュだよ!

 上げようとした気分も、満員電車に押しつぶされちゃう!


 晶なんて小柄だから、完全人に埋もれちゃ…………あ、あれ?

 急に晶が縋る様にあたしに抱き付いてきた。


「あ、あきら?」

「…………」


 完全に涙目で、ふるふる震えながら、まるであたしに何か訴えかけるように見つめてくる。

 どうしたの? あたしに何が言いたいの? どうしてこのタイミングなの?

 昨夜の帰り道の事と、今目の前の事がごっちゃになって、頭の中がぐるんぐるんだ。


 思えば、いつもそうだ。

 晶はあたしの心をかき乱してくる。

 こんな美少女がこういうことされると、こう、嗜虐心的なものが、ね?

 うん、ちょっとムラッとくる。


「みやこちゃん……」

「…………んっ」


 切なそうにあたしの名前を呼びながら、耳元に顔を近づけてくる。

 ドキリと心臓が跳ね上がり、思わず生唾を飲んでしまった。

 吐息が掛かるような距離で、晶が泣き出しそうな声で囁く。


「…………お尻…………痴漢」

「…………」


 …………


 一瞬、どういう意味か理解できなかった。

 頭の中は真っ白だ。

 その空白になった部分にドロドロとした黒い感情が生まれてくるのがわかる。


 あたしの嫁に何してくれちゃってんの?

 怒りとも嫉妬とも取れない感情で顔が物凄い形相になっていく。

 それだというのに――


「……みやこちゃん、恥ずかしいから騒がないで」


 ……泣き寝入りするっていうの? 嘘でしょ?

 ていうか、晶が許したとしてもあたしが許せない。


 オトコハ――……


「おっと、失礼」

「っ!」


 あたしの顔がそんなに変だったのか、分かりやすかったのか――事態に気付いたつかさちゃんが、晶と痴漢の間に割って入ってくれた。

 晶と背中合わせになる形で。つまり痴漢の正面になる形で。

 痴漢の手に何か押し付けているのかな?


 にこにこするつかさちゃん。

 何か変な顔になっていく20代後半ぽいサラリーマン風の男。

 一見普通の人にみえるけど、あんな人でも痴漢なんてするの?!


 そして……なんだろう、つかさちゃんちょっと生き生きとしてる。

 あ、耳元で何か囁いた。

 サラリーマンの顔が青褪めていく。


 いやぁ……うん、なんだろうか?

 見ていて滑稽で、ちょっと気持ちが落ち着いていくのがわかる。


 ちなみに晶はずぅっと顔を真っ赤にしたままだった。



  ◇  ◇  ◇  ◇



「恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい」


 電車から降りた晶は、まるで念仏か何かの呪文のように『恥ずかしい』を繰り返していた。

 その顔は羞恥で茹蛸のようになっている。

 うん、もし屋台にたこ焼きがあったら買おう。


「ま、まぁ野良犬に噛まれたとでも思ってさ、ね?」

「う、うぅぅうぅ」

「てか恥ずかしいものなの? 気持ち悪いとかじゃなくて?」

「だ、だって痴漢だよ?! ボク男なのに!」


 でも今女の子じゃん――冗談でもそんな事を言えるような剣幕ではない。

 可愛いからねー……ぶっちゃけ痴漢の気持ちが少しわかる。

 いや、痴漢はダメだけど。てか許さん。もし今度見つけたらギタギタにしてやる!


 …………


 お祭りがあるからなのか、あたし達が降りた駅で降りる人もそれなりに多かった。

 なので、駅構内もそれなりに賑わっているのもわかる。


 だけど、改札を出た駅前の賑わいはどういうことかな?


 明らかに駅前から捌けていくべき人波が、そこで停滞していたからだ。


「おい、すげぇ美人がいるらしいぞ」

「でもなんかすごい恰好しているとか」

「コスプレってやつ?」

「いやでも、おっぱいすげぇ」

「祭りを何かと勘違いしてるんじゃないか?」


 そんな会話を聞こえて来て、思わず晶と2人顔を見合わせてしまう。

 いや、うん。これって絶対……


「す、すいませーん!」


 嫌な予感と共に人混みを掻き分け騒ぎの中心に行ってみると――  


『あ゛? お前ら何見てんだ? 見せモンじゃねーぞ、コラ!』


 今にも下着が見えそうなマイクロミニの天女テイストを取り入れた改造巫女服、それに靴下の代わりによくわからない呪文が書き込まれた包帯。

 あ、顔の部分は眼帯がなんか派手に進化していますね?


「ウカちゃん……」


 人を集めてジロジロ見られていたのは宇迦之御魂神ことウカちゃんだった。

 明らかに場違いというか、いつも通りと言えばいつも通りなんだけど……とにかく目立つ格好だった。

 幸いなのが中二病を発症してないところだけど……み、見なかったことにしようかな?


『お! ミヤコ!』


 だが気付かれてしまった。


 え? 知り合い? そんな顔をするつかさちゃんに愛想笑いで答える。


 周囲に注目される中、これ以上ない笑顔で駆け寄ってくるウカちゃんを迎えた。

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