第4章 晶の思い
第53話 これは、女の子同士だから
カツカツと黒板にチョークの音が響き渡る。
白と、それと重要なところは赤文字にしたり、黄色いチョークでアンダーラインを引かれていたりする。
英子ちゃん先生は結構カラフルに黒板を彩ってくれる。
バニラ、ココア、抹茶……このあたりは外せないだろう。
これだけで白、茶、緑という色を演出してくれる。
どうせなら黄な粉で黄色も加えたい。
それと……ん~、何かが足りないなぁ。
「宮路さん、ここの代名詞に入るのは何かな?」
「えっ! あっ、赤み系?」
「え、あかみ?」
「(みやこちゃん、thatだよ)」
「や、違、thatです」
「あ、うん。thatになりますね。そして――」
ふ、ふぅ、なんとか誤魔化せたかな?
授業中に何考えてんの? 助け舟を出してくれた晶が、そんな顔を向けてくる。
はい、マカロンについて考えていました。
ほらさ、ウカちゃんがリクエストしてたじゃない?
…………
というわけで金曜日の放課後、部長さんと一緒に晶の家に来ていた。
明日、ウカちゃんがリクエストしたマカロンを作る為だ。
部長さんが手伝ってくれるのは心強い。
あたしじゃ全然役に立たないからね。
「で、この状況は一体……」
「いいからあんたも早く着替えるし!」
「みやこちゃん、この展開は分かってた事だよね……?」
楠園家キッチンはファンタジーな空間になっていた。
原因は部長さんが持ち込んだコスプレ衣装。
例によって部長さんが嵌ってるファンタジーラノベのキャラである。
家に着くなり有無を言わさず着替えさせられた晶の衣装は、魔法使いっぽい白いワンピースに赤を基調としたフードつきケープ。
例のラノベの妹ちゃんのコスプレだ。
一方部長さんの衣装はというと、青を基調とした清楚で大人しい感じのプリンセスドレス。
例のラノベで部長さん推しの姫様のコスプレだ。
……え、あれ!?
「部長さん、胸がっ!」
部長さんといえば、確実に貧乳界Aランク相当に位置する実力者だ。もしかしたら、あたしと同じAAランクの高みに居るかもしれない。
それがなんと言うことだろう?
晶に匹敵するほどの女子力が胸に湛えられていた。
率直に言って羨ましい。
いい方法があるなら教えて欲しい。
「あ、これ? ただのパッドだし」
「パッド? 詰め物?」
「そそ。露出させるわけじゃなきゃ、胸なんてパッド詰めて大きさなんか自由自在。貧乳って便利じゃね?」
「なん……だと……」
その発想はなかった。
部長さんの
「だから別に肩もこらないし、将来垂れる心配もないし、ダイエットして胸から痩せる心配もそんなにしなくていいし、それに、それに……」
「部長さん……」
いいから涙拭けよ……
「と、とにかくコスプレに置いて貧乳は大きなアドバンテージだし! だからほら、あんたもこれ!」
「は、はぁ」
あたしに押し付けられたのは、何かの制服っぽいもの。
確か例のラノベの舞台の学園のだっけ?
「い、いやぁ、急に渡されてもね、その、サイズとかさ?」
「大丈夫、ウェストとかその辺はゴムだし」
「ゴムはダメよ、ゴムは!」
「おばさん!」
「不敗不動!」
真剣な表情をしたおばさんが、にょきんと現れた。
部長さんの意見を看過できなかったようだ。
「おばさん、どうしてゴムはダメなの? フリーサイズの服とかだと珍しくもないし」
「だからなのよ!」
「は、はぁ……」
「これがその辺のショップで売ってるものなら文句はないわ。商売上、顧客のニーズや体型に合わせる為ゴムは仕方ないと思う。」
激安な殿堂とかで売ってるようなコスプレグッズは大抵ゴムですね。
「でもこれは何? 手作りよね? オーダーメイドよね? そもそも何の為に作るの?」
「愛です!」
「そう、愛よ。別に万人に着てもらうために作るものじゃない。ゴムを使うと衣装はどうなる?」
「シルエットが崩れる……」
「つまりその分、愛も崩れていくのよ!!」
「あっあっあっあっ!」
証拠を突きつける弁護士のごとくポーズを決めて部長さんを糾弾するおばちゃん。
衣装を抱きしめながら崩れ落ちる部長さん。
あたしは晶が淹れてくれたお茶を飲みながら2人の寸劇を眺めていた。
まさに茶番である。
「だからゴムはダメなの。わたしは普段からもゴムを使わなかったおかげで晶を授かったのよ」
「か、母さん! 変なこと言わないでよ!」
「ゴムを使わず体型を維持してパパを結婚まで射止めたって話よ?」
「紛らわしい言い方しないでよ!」
「あと男に戻ると体型が変わるから、今新しい衣装作れないのよね」
「えっ?!?!」
そして何故かコスプレの話が晶に飛び火していた。
なるほど、晶が男の子に戻っても着せ替え人形にされるのか。
男子と女子、どっちの衣装か聞くのは止めてとこう、うん。
……男の娘、ありかもしれない。
とりあえず、今のところは――
「ところで、その衣装で料理ってできるの?」
「「「あっ!!」」」
本来の目的に軌道修正しておこう。
◇ ◇ ◇ ◇
「別にわざわざ送ってくれなくてもよかったし」
「まぁまぁ、駅前までだけだし」
「ほら、部長も女の子ですから」
そうは言うものの、この中で一番か弱く襲われそうなのは晶である。
時刻は7時を少し回ったくらい。この時期でもさすがに周囲は薄暗くなっている。
遅くまで手伝ってもらったので、駅前まで送りにきたのだ。
塩バニラ、抹茶、ココア、アーモンドプードル、この間の紅茶に黄な粉。
結構な種類も作れたし、見た目もカラフルで見ていて楽しい。
これもひとえに部長さんのおかげだ。
量もたくさん作ったので、いくつかお土産として持ってもらっている。
「それじゃ」
「またね」
「また明日」
駅前で部長さんと別れ、晶と2人とぼとぼと暗い住宅街を歩く。
明日元に戻れるかもしれないというのに、なんだか浮かない表情だ。
「どうしたの、あきら?」
「…………うん」
「あ、もしかしたらマリッジブルーみたいなやつ?」
「ん……そうかもしれない」
う、冗談のつもりで言ったのに。
「女の子の世界、気に入っちゃった?」
「男とは全然違うね、気に入るというより……」
「いうより……?」
「……ね、みやこちゃん」
「ん?」
どこか、思いつめたような顔をしてあたしの名前を呼ぶ。
「手、繋いでいい?」
「へ? あ、うん。いいけど」
少しひんやりとした晶の手を繋ぐ。
そういえば最近よく手を繋いでる。幼い頃以来かな。
こう、繋いでるとなんだか安心したりするんだよね。
「男に戻ったら、こうして手を繋ぐことが無くなるかもしれないね」
「…………え?」
…………え?
「ね、みやこちゃん」
「う、うん? な、なに?」
「ぎゅってしていい?」
「い、いいけど……」
住宅街に点在する畑の隣、街灯もない暗い夜道で、晶が正面から抱きついてくる。
必死に背中に手を回し、額をあたしの胸に甘えるかのように擦り付ける。
目の前にある、いつの間にか嗅ぎなれた香水をつけた髪が鼻腔をくすぐる。
ここ最近慣れつつある感触だ。
決して嫌なものじゃない。
こうしてくるってことは、晶も不安に思ってるってこと?
あたしも抱きしめ返したほうがいいやつかな?
「男に戻ったらこれも出来なくなっちゃうかもしれないね」
「…………え?」
…………え?
抱こうとした手が止まって宙を彷徨う。
さっきから何? どうしてそういうこと言うの?
晶がそっと身を離す。
柔らかい感触がなくなってしまう。
どこか遠くに行ってしまうように錯覚してしまう。
「女の子同士だから」
「え?」
「女同士だからこういうこと出来たんだよね」
「それは……」
「それが出来なくなるのは、ちょっと残念かなって」
「…………」
そう言って微笑む晶は、どこか寂しげで――
――晶は晶だよという台詞は、結局言えなかった。
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