第52話 つかさの選択


「んー……上手くいかないなぁ」


 日課になっている、朝の野菜の世話。

 あたしは枝豆の鉢植えの前で腕組みしていた。


「どうしたの、みやこちゃん?」

「これね。枝豆」


 茄子とズッキーニは順調に育っているのだが、枝豆だけは元気がなかった。

 理由もなんとなく分かっている。


 一株だけだと思って買った枝豆だったが、実際には密集して3本ほど一緒に生えていたようで、要は根っこが絡まったりで栄養がちゃんと行き届かなくなっちゃってたのだ。


「完全にあたしのミスだね……」

「これ、どうにかできないの? 今から分けるとか」

「強引に引き抜くと根っこがダメになっちゃうから無理ぽい」


 買ったときは、黒いカップのように入れられていた。

 野菜を育てるなんて初めての事だし、そういうものだと思ってそのまま植えたのだ。

 知らなかったと言えばそれまでだけど……枝豆からしてみれば、たまったもんじゃないだろう。


 知らないってことは……


 …………

 ……………………


 なんだか良くない方向に考えてしまいそうになるので、強引に頭を振って意識の外においやる。


「とにかく、肥料多めにあげとこう。栄養さえあれば……なんとかなったらいいなぁ」


 強引に話を打ち切り、ジョウロを所定の位置に戻す。


「学校いこ?」

「うん」



  ◇  ◇  ◇  ◇



「お、おはよ、つかさちゃん」 

「お、おはよう、都子」


 今日は木曜日、あれから数日経っていた。

 会えば挨拶くらいするけれど、どこかぎこちない。


 一応月末、隣町の神社でやる茅の輪くぐりで元に戻れるということは伝えている。

 ウカちゃんも都合を付けてくれると言っていた。

 ちゃっかり、今度はマカロン持って来てくれなんてリクエストまでしちゃってる。


 だけど、つかさちゃんからは行くとも行かないとも聞いていない。


「こればっかりは本人が決めることだからなー」

「どうしたの、みやこちゃん?」

「んーいや、べつに?」

「ふぅん?」


 少なくとも、あたしが強制できるような話じゃない。




 晶はといえば、元に戻る気満々だ。

 つかさちゃんの事もひと段落したし、最近ちょっと機嫌が良いのが分かる。

 授業中も、時々鼻歌でも聞こえてきそうな様子でペンをクルクル、ノートの端っこに何か書いて………あれ?


「(あきら、何書いてんの?)」

「ッ?!?!」

「楠園君、どうしたの? 何かあった?」

「い、いえ、なんでもありません……っ」


 余程ビックリしたのか、ガタガタッと大きな物音を立ててしまう。

 英子ちゃん先生も授業を中座して心配そうに聞いてくる。


「(みやこちゃん、授業中に急に話しかけるとびっくりするでしょ!)」

「(やー、そこまで驚くとは思ってなくてさ。で、それって……)」


 ノートの端に描かれていたのは、甘めな可愛らしい服、のデザインぽいもの。

 ほほぅ? こういうのが好み? おばさんも好きそうな感じかな?


「(違うから。可愛いと思うのと着たいと思うのは違うから)」

「(あ、はい)」


 そして何故か晶はあたしに弁明するのに必死だった。

 うん、必死なのはわかったから前を見て?

 英子ちゃん先生がこっち睨んでるから!







 今日のお昼は晶弁当は無し。

 何故かというと、女の子生活も後少しということもあり、ここの所連日おばさんのファッションショーに付き合っていたりする。

 つまり体力切れのへとへとで、作る余裕がなかったというわけなのだ。


 …………

 授業中の晶が描いてたノートのデザインとかを見ると、順当におばさんの洗脳が進んでいるようにも見える。

 うん、洗脳? あ、あれだ、そこは深く考えちゃいけないとこだ。やめとこう。


 というわけで、久しぶりに学食に走り、無事カツサンドも手中に収めることに成功する。

 最後の1個だったということもあり、口元がちょこっとにんまりする。えへへ。


 さて、どこで食べようか……

 教室に戻るとつかさちゃんに遭遇するかもしれない。

 なんとなく、そう思ったのでお昼を食べる場所を求めて彷徨ってしまう。


 無意識だったのだろう。

 つくづく縁がある場所だとは思う。

 足が向かった先は、晶やつかさちゃんが呼び出しを受けた場所だった。

 人気がないということは、まぁそういうスポットでもあるのだろう。



「好きです、付き合ってください」



 告白スポットだ。

 他人のそういうのを覗くのは趣味が悪い。

 早々に立ち去るべきなのだが、足が動かなかった。


 そこにいた男女は、沢村君と演劇部の例の後輩ちゃんだった。


 え? なにそれ?

 後輩ちゃんとは先週末以来だ。

 今日は木曜日、あれからまだ1週間も経っていない。

 あたしの心の中は未だぐちゃぐちゃだというのに、何で……


 思った以上にショックなのか、立ち竦んでしまっている。


「あの子、熱しやすく冷めやすい子だから」

「つかさちゃん」


 あたしの背後には、見計らったかのようにつかさちゃんが来ていた。


「ど、どうしてここに?」

「沢村君があの子に呼び出されてるのを見かけて、ちょっとね」

「そうなんだ」


 詳しい会話は聞こえてこないけれど、後輩ちゃんは強引に抱きつこうとしたりして、沢村君はそれを必死に拒否してるようにみえる。

 なんだろう……ついこの間までつかさちゃんに向けてやっていたのと同じような事を、熱も覚めやらぬうちによく出来るなという感想だ。


「世の中にはね、ああいうタイプは一定数いるんだ」

「へ、へぇ」

「自分基準で考えると理解できないかもしれないけどね」

「うん、まぁ……」


 つかさちゃんの言うとおりである。

 逆に彼女達みたいな人から見ると、あたしなんかうじうじしてるだけで鬱陶しい様に感じているのかもしれない。


「略奪や一方的に分かれるとかはするけれど、それでもあの子、ちゃんと筋は通すだったかな?」

「それってどういう?」

「浮気はしなかったってこと」


 どこかバツの悪い顔をするつかさちゃん。

 後輩ちゃんも褒められたようなことをする子じゃないけれど、それなりに矜持はあったようだ。

 つかさちゃんの行動は、その後輩ちゃんの矜持を踏みにじったともいえるかもしれない。


 まぁ、サークルクラッシャーはどっちにしてもダメだけどさ。


「私もちょっとケリつけてくるかな」

「ケリ?」

「あと借りも返さないとね」

「借り?」


 誰に? もしかして沢村君に?


「都子は戻ってて。多分、あまり見れたものじゃないから」

「う、うん」


 そう言ってウィンクしたつかさちゃんは、沢村君と後輩ちゃんの間に割って入っていく。

 なんだか戻ってきた……そんな感じの、あたしが良く知る笑顔だった。


 つかさちゃんに言われた通り、これ以上は見ちゃいけない――

 そんな気がして、そっとその場を去った。


 …………


 ……………………


 教室に戻ったあたしは、さっきの事を考えながらもそもそと口を動かしていた。

 せっかくのカツサンドが、何だか味気ない。


「みやこちゃん、何かあったの?」

「あきら」


 その光景が変に思ったのか、心配した晶が話しかけてきた。

 ただ、見たものが見たものなので、話すのは躊躇ってしまう。

 うんうん唸って百面相を披露するだけのあたしに、晶が苦笑してしまった。


「言えないことなら別にいいよ」

「そういうわけじゃないんだけど、なんて言えば良いやら」


 結局考え事をしながらも口を動かし、カツサンドを完食してしまう。

 しまった、もう少しちゃんと味わえばよかった。


「都子、楠園君」

「つかさ……ちゃんぅ?!」

「江崎さん?!」


 お昼休みも終わるという頃、頬に大きな紅葉を作ったつかさちゃんがやってきた。


「ど、どどどうしたのそれ?!」

「まぁまぁ、いいじゃん、こんなもの」

「こんなものって……っ」

「それよりもさ」


 完全に何か吹っ切れた。そんな顔で――



「私、女の子に戻るよ」



 あたし達に宣言した。

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