第51話 つかさの思い、都子の返事


 梅雨明けの日差しは強い。


 これからどんどん気温も上がっていくだろう。

 だから、お昼にわざわざ屋上を使う生徒は居ない。


「ここなら誰もいないね」

「そう、だね」


 あたしは1つ大きく深呼吸し、つかさちゃんと対峙する。

 お互い緊張して身体を硬くしている。

 こんなことになるなんて、想像もしたことがなかった。


 つかさちゃんと真剣な顔をして話をすることなんて、お店のスイーツのメニューを開いてどれにするかとか、屋台のクレープでチョコをトッピングすべきかどうかとか、たい焼きとたこ焼き、おやつにするにはどっちがいいかとか――


 ああ、なんだ。

 その時と同じように、真剣に応えればいいだけなんだ。



 だってつかさちゃんは、あたしにとって親友なんだもの。



 だから、遠慮なくぶつからせて貰う。



「ね、つかさちゃん。あたしね、つかさちゃんが好き。大好き」

「……うん」

「でもそれは親友として。だから恋人としてのお付き合いはできない」

「……うん」

「たとえあたしが男でつかさちゃんが女でもそれはできない」

「……そ、っか」


 こうなることは分かっていた。

 分かった上で傷付いている。


「私ね、都子が好き。友達のそれじゃなくて、好き。大好き」

「……うん」

「でも都子は、私が男でも女でも関係なくて、私が私だから付き合えないんだ」

「……うん」

「これでもね、私男の子として自信あったんだけどなぁ」

「……そ、っか」


 だからこれは、どこか儀式めいていた。

 お互いが、空元気を出しているのがわかる。


「私ね、頑張ったんだよ? 男になる前も、なった後も」

「……ごめん」


 だがそれもそこまで、つかさちゃんの表情がどんどん変わっていく。


「結構アプローチしたんだけど、全然なびくどころか気付いてもくれなかったけどね」

「……ごめん」


 顔は既にくしゃくしゃ、瞳からは感情が今にも溢れそうで――


「そっかぁ……わたしじゃ、だめだった、かぁ……」

「ごめん、なさい」


 これが、限界だった。

 止め処なく溢れる涙を隠そうともせず、声を殺して泣いている。


 その姿はとても綺麗に見えて――

 あたしの心に突き刺さった。


「最初から分かってたんだけどね、都子がどこを見ているかくらい」


 胸が痛むけれど、ちゃんとつかさちゃんを見るのがあたしの義務だ。


「あーあ、振られちゃった」

「…………」

「今はごめん、顔見られたくない。だから、行くね」


 強引に涙を拭ったつかさちゃんは、あたしに背を向けて去っていく。

 たった数十歩の距離が、決して辿り着けないほど離れているように感じた。


 それは、あたしが選択したものだ。


 ガチャリと音を立て、重厚な屋上の扉が開く。


「……やぁ、君達」

「江崎……」

「江崎さん……」


 扉の前には晶と沢村君がいた。

 気になって近くまで来ていたのだろう。

 扉は分厚いし、会話の内容までは聞かれていないはずだ。


「…………」


 つかさちゃんは2人に一言挨拶したあとは、無言で足を速めて去っていく。


「……ああ、くそっ!」


 沢村君はあたしとつかさちゃんを交互に視線を移した後、一度大きく頭を掻き毟ってつかさちゃんの後を追って行った。


「……みやこちゃん」


 晶はといえば、あたしを真っ直ぐと見つめていた。


「ねぇ、あきら。聞いてくれる?」

「……うん」

「あたしにとってね、つかさちゃんって特別な人だったんだ」

「……知ってるよ」

「いっぱい遊んで、思い出もあって、それでね」

「……そうだね」

「どうして、こうなったんだろう?」

「……みやこちゃん」


 晶が、そっとあたしを抱きしめた。

 あたしもそっと抱きしめ返す。


 晶はずるい。

 あたしが居て欲しい時は必ず居てくれる。


 ――あの時以外は。


 …………あの時っていつ?


 何か大事なことを思い出しそうになったけれど、今のあたしの心はいっぱいっぱいで。

 余計なことをあまり考えられず、しばし無言で晶に甘えた。


 この日、初めて授業をサボった。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 気が付けば、目の前は真っ暗だった。

 比喩ではなく物理的に。


 ジュウウゥゥ。


 あの後ふらふらと家に帰って、ベッドにぼすん。

 帰って早々に眠ってしまったらしい。


 ジュゥ、ジュウウゥゥ。


 時計を見たら午後8時過ぎ。


 ジュウゥアァア。


 っていうか、さっきからこの油の跳ねるような音はなに?!

 それから物凄くいいにおいがしてるんですけど!


 なんだか胸がいっぱいで食欲がなかったのだけれど、空腹だったのを思い出すかのようにお腹が鳴る。

 まったく、この音と匂いはけしからん!

 思わず白米が欲しくなってきちゃうじゃないか!


「ちょっと何なのよさー」


 と、独りごちながら部屋のドアを開けると予想外の光景が広がっていた。


「都子!」

「みやこ!」

「都子ちゃん!」

「ほら言ったでしょ?」


 廊下には心配そうな顔をした父と母、それにおばさんがいて、それからドヤ顔で肉を焼く晶がいた。


 え? 肉?

 よく見るとあたしの部屋の前ではホットプレートが持ち運ばれ、廊下で何故か晶が焼肉を焼いている。

 そうかそうか、さっきの音と匂いはこれだったのかぁ。って!


「な、なんで廊下で焼肉なんか焼いてんのさ?!」

「み、都子、大丈夫なのか?」

「そうよ、みやこ? 焼肉なら大丈夫? 入るかしら?」

「都子ちゃん、ジュースもあるよ? お肉にはやっぱ烏龍茶かな?」

「え、えぇぇええぇ」


 状況が飲み込めないあたしは、視線で一心不乱に肉を焼いてる晶に助けを求める。

 あ、焼きあがった分を皆に取り分けるくらい余裕があるな!


「どういうこと?」

「みやこちゃん、昨日夕飯食べなかったんでしょ?」

「寝てたからね」

「今日も夕飯の時間に降りて来なかったでしょ?」

「今起きた所だからね」

「だからだよ」

「えっ?!」


 どうやら2日連続で夕飯を食べようとしないあたしを心配し、何かあったんじゃないかと晶のおばさんに相談した結果がこれらしい。

 ちなみに天岩戸よろしく、部屋の前で焼肉でも焼いたら出てくると言ったのは晶とのこと。

 いや、まぁ確かに出てきたけどさぁ!


「まぁ都子が無事でよかったよ」

「そうよ、どこか具合でも悪いかと思ったわよ」


 これがたった2日夕飯を食べ損ねようとした年頃の娘に対する両親の態度である。

 あたしを何だと思ってるのかな?!

 まぁ、白米の上に焼肉のせて食べるのが凶悪なまでにおいしいからいいけどさ!


「みやこちゃん」

「むぅ、なにさあきら」

「おいしいご飯食べると元気になるよ」

「それは……そうかもだけどさ」


 にこにこと、あたしの事を分かってるよと言いたげな晶の顔が。

 何かずるいと思った。

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