第49話 耳年増


 とにかく、あたしは混乱していた。

 何に、と聞かれても色々な事がこんがらがっていて、どれに、とか言えそうにない。

 とりあえず、頭を冷やす時間が欲しい。


「みやこちゃん、かえろ?」

「う、うん」


 どこか強い意志を込めた晶に手を引かれ、家を目指す。

 心なしかいつもより握る手の力が強く感じる。


 ――いつもはあたしが手を引く方なのに……

 ふと、そんな事を考えてしまった。


 あたしの手を引く晶の横顔はなんだか凛々しく見えて、美少女だというのにとても男らしく見える。

 それがまた、あたしを混乱させた。


「今度は間違えないから」


 だから、晶のその言葉の意味がわからなかった。




 …………


 家の前ではきな子がお座りして出迎えてくれていた。

 あたしに気付くと『ケン』とひと鳴きし、鼻を鳴らしながら何かを探るかのように周囲をぐるぐる。

 いつだったか、同じようなことをされたっけ?

 あの時と同じように、きな子が首を傾げるところまで一緒だ。


 晶はそんなきな子に特に気を留めることなく、あたしの部屋まで手を引いていく。


「横になる? カーテン閉める?」

「……ありがと。でも特にいいや」

「そう……あ、じゃあアイスティー飲む? 昨日買ったやつ、冷蔵庫に作り置きしてるんだ」

「……飲む」

「ミルクや砂糖は?」

「……いつもの」

「ミルク多めの砂糖少なめね」


 そういって、そそくさと晶は階段を降りていく。

 あの紅茶葉、いつの間にアイスティーにしたんだろう?

 相変わらず女子力が高いなぁ。


「おまたせ」


 そんな事をボーっと考えていたら、足早に晶が戻ってきた。

 作り置きだから注ぐだけだし、すぐだよね。


 氷を浮かべた乳褐色のコップを受け取る。

 一口含むと、口の中に紅茶の香りと共に生姜のピリッとした香りも突き抜けていく。

 それをミルクで優しく包み込んでおり、まぁとにかく美味しかった。

 おかげで喉も渇いていたのもあり、残りも一気に呷ってしまった。


「少し休みなよ。寝ると結構すっきりするよ」

「んー膝枕」

「え、えぇぇ?! ね、寝るまでの間だけだからね?」

「ん」


 ちょこんとあたしのベッドの枕元に腰掛けた晶の太ももに、頭を乗せて横になる

 これじゃ膝枕じゃなくてもも枕だな。

 そういや以前に膝枕ねだった時は抵抗されたっけ?


 沈み込むほど柔らかい太ももは、ある程度のところで丁度いい硬さになる。

 もぞもぞと身動ぎされて揺れるのも、なんだか気持ちいい。


「みやこちゃん、ゆっくりお休み」

「んー」


 さらさらと、指で髪を梳くかのように撫でられる。

 それが凄く眠気を誘う。

 あー結局いつも、最後は甘えちゃうなぁ。

 だから、あたしは――あれ――あたし何か物凄い思い違いをして――……


 何か大事なことに気付いたような気がしたけれど、意識と共に霧散していった。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 相当疲れていたのだろうか?

 あたしが起きた時は、次の日の朝だった。

 十数時間も寝るなんてどんだけだよ……


 でもおかげで気分もすっきり。

 心も体も軽くなった感じ。

 それでもつかさちゃんの事は……まだ色々と考えてしまうかな……


「お、おはよあきら」

「おはよう、みやこちゃん。よく眠れた?」

「う、うん。おかげさまで」


 朝までぐっすりだったし。


「そう、ならよかった」


 あたしの身を案じて微笑む晶は、何か恐れるような色も湛えていた。

 ううん、なんだろう……


 …………


 同じクラスなのだし、登校すれば嫌でもつかさちゃんと顔を合わす。

 結局昨日の事はあたしの中で消化しきれていない。

 つかさちゃんも気まずいのか、お互い意図的に避けている。


 う~ん、これは埒が明かない。

 夏越の祓は今週土曜日、だから今週中に決着つけなければいけない。

 でも、人の心が絡むことだもの、なかなか予想通りにいきはしない。


「だから、何か良い案ないかな?」

「あ、あーしに聞かれても困るし!」


 というわけでお昼休み、部長さんのクラスまで行って相談してみた。

 同じ恋愛弱者なのだが、部長さんはカースト上位のギャルグループ所属だったりする。

 ギャルと言えば恋愛とセットなので(偏見)、そういう話題はよく耳にしているはずだ。


「耳年増の知恵をお借りしたく!」

「喧嘩売ってんの?!」

「今度あきらのおばさんがいる時、一緒に遊びに連れてってあげるから!」

「うっ……そ、そんな詳しく言えなくていいならいいけど……」


 詳しくは知らないけど、部長さんはおばさんを尊敬している。

 案の定餌にすれば……ていうかチョロいな!


「といってもねー、つかさっち、男子と女子で意見違うんよ」

「どゆこと?」

「簡単に言えば、男子からは疎まれていて、女子からはそこそこ好意的」

「え?」

「言い方悪いけどさ、元が女だから女子の取り入り方が上手い。一方男子はというと――」

「女の子掻っ攫っていくから煙たがられてる?」

「そゆこと」

「え、なになに、まこっち例のカレの話してるの?」

「んぅ?」


 ここは部長さんのホームである自分のクラスである。

 恋愛の話が好きなギャルの友達が、その匂いを嗅ぎつけて話に入ってきた。


「あの子、色々細かい所気付くんだよねー」

「何人かデートしたことある子が言ってたけど、お金のかからないホストみたいだって」

「あ、それなんとなくわかる~」

「割り切ってそれっぽい付き合いが楽しいって言ってたわ~」

「一部すごい熱をあげてる子がいるっての聞くけどさぁ」


 ふむふむ、なるほど。

 レンタル彼氏、とでもいうの?

 表向きは演劇部の練習ということで割り切ったデートっぽいことをしていたらしい。

 まぁ手まで出したのはほんの一部だろうけど、元から一部女子人気のあったつかさちゃんのこと、とにかく入れあげる子も出てきた。

 そこで面白くないのは、その子達に気が合った男子たち、という構図だ。


 なんでそんな事を……と思ったけど、昨日のつかさちゃんの言葉を思い出すと、居た堪れない心境になる。

 でも、うん。

 この話を聞いて感じたことがある。


 やっぱりつかさちゃんは親友だ。

 オイタをしたなら、親友としてダメだって言わなきゃいけない。

 ちゃんと、今度こそちゃんと向き合おう。


「そういやさ、男子連中が不穏な事言ってたんだよね」

「あー、ヤキ入れるとかどうとかってやつ?」

「彼女とか取られたとかいう話だっけ?」

「今日にでもシメるとかどうとか」


 ……え? それって?


「ちょっと、それ教えて!」

「え? ええ、いいけど……」

「場所とかわかる?!」

「それは…………」


 そこに居るという保証は何もない。


 だけどあたしは居ても立っても居られなくなって、気付けば廊下を走りだしていた。

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