第48話 つかさの告白


 結局百均では、どれがいいのか分からなかったので、適当に2つ買ってみた。

 ハズレだったとしても少額だし、さして懐も痛まないしね。


 なんだかんだ結構な時間見て回っていたせいか、時刻はお昼を回っている。

 駅前の広場の時計は12時32分を指していた。


「お腹すいたねー」

「都子、何か食べたいものある?」

「そうだねー――……ん?」


 視界の端、黄色い毛玉のようなものがビルの屋上に飛んでいくのが見えた……ような気がした。

 きな子?

 何か見られてる? 気のせいかな?

 しかし、きな子か……


「稲荷寿司にしよう」

「稲荷寿司?」




 やって来たのは、いつぞや晶とも一緒にやってきた回転寿司の某チェーン店。

 あれからおよそ1ヶ月、きっと目玉のラインナップも変わってるに違いない。

 うん、ちょっと楽しみになってきた。


 …………

 ……………………


「くっ、このぉ、悩ましい……ッ」

「ど、どうしたの都子?」

「この、なつかしのスイカシャーベット!」

「それが?」

「特に食べたいわけじゃないんだけど、容器に惹かれて……ッ」

「食べればいいじゃない?」

「か、カロリーが気になるのよぉっ」

「は、はぁ……」


 あたしが頼んだのはえび天うどんとお稲荷さん。

 それだけ見れば寿司屋じゃなくても、な感じだ。

 一方つかさちゃんの前には10皿以上の空皿が積み上げられている。



「よくそんなに入るね?」

「女の時と違って、体の大きさが違うからね。これ食べる? あ~ん……」

「……いやいやいや、こ、これでも最近食べる量セーブしてるのですよ?!」

「そう?」


 最近食べる量の減った晶のおこぼれにあずかっていたら、体重が先月比6%の高成長を見せてしまったのだ。

 うん、さすがのあたしもこれには青褪めた。


「あきらなんて3皿でお腹いっぱいとか言ってたんだけどねー」

「ふぅん、楠園君小柄だからね」


 どこか神妙な顔をするつかさちゃん。

 晶と食べる量を比べたのだろうか?

 男だから体重とかあまり気にしないのかな?

 どうなんだろう?



  ◇  ◇  ◇  ◇



 お昼の後に寄ったのは、そこから同じ街道沿いにあるリユースショップだ。

 ここも、最初に晶と服を買いに一緒に来たところだったんだよね。

 あと、当時は認識してなかったけど、男になったつかさちゃんとも出会った場所だ。


「欲しいもの、か」

「何かある?」

「プランターかな」

「え、プランター?」

「そそ、最近野菜育ててるんだ」

「へぇ、なんでまた?」


 育乳の為である。

 しかし、それを声に出して言うのはさすがに恥ずかしい。


「な、なんとなくね」

「ふぅん?」


 …………


 ……………………


 園芸用品皆無ッ!


「くぅぅ、アクアリウム関連のものは結構あるっていうのに!」

「土や肥料をリサイクルとか出来ないし、大きいプランターだと売り場面積取っちゃうから」


 意外な落とし穴だった。

 店員さんに聞いたら、他の系列店では取り扱ってるって言ってたんだけどなぁ、残念。


「都子、どうせだから服でも見る?」

「ま、せっかく来たし、面白いものあるかな」

「都子らしい返事」


 ネタになりそうなものは、前回晶と買っちゃった気がするんだよね。

 見事にタンスの肥やしになってたりするけど。

 普段使いするものとしては、十分足りてるしなぁ。

 …………お?


「都子、ちょっと大人ぽくて可愛いのが好みなの?」

「え、い、いやぁ」


 手に取っていたのは、夏らしいキャミとスカートのセットアップ。

 晶が勧めてくれたのと似たような傾向かなって思っただけです。


「でも、もう少し露出抑えてシンプルな方が男受けがいいよ? ふんわりした感じだともっといいかな」

「へぇ、そうなんだ?」

「その方が抵抗感がないっていうか、うーん」

「うーん?」

「脱がせやすいしね」

「お、おぅ」


 な、なるほど、わかったようなわからなかったような?

 いやいや視点が大人でエロスですよけしからん!


「晶はこういうのが好きって言ってたんだけどなー」

「ふぅん、楠園君はそうなんだ」


 晶は純粋にあたしに似合うと思って勧めてくれたんかな?

 それか、ただ単に晶の好みなんかな?


 …………


 ……………………


 結局、ただ冷やかしただけで出てきてしまった。

 ただ、あの空間はやばい。

 あそこにいると、中華料理屋とかである回るテーブルとか、絶対いらないのに欲しくなってしまう。

 他にもふわふわの1人用ソファーとか、微妙に手が届きそうな値段で衝動買いしたくなる。

 置物の類に関しては言わずもがな。前回のカエルとヘビとティラミスの二の徹は踏むまい。


 ああ、でもやっぱり買っとけばよかったかなぁ。

 などと考えていたら、駅前の広場に戻ってきてしまっていた。


 広場の時計をみたら3時ちょっと前。

 何かするには微妙な時間だし、ちょっと見るだけのものは大体見終わってしまった。

 はて、何か忘れているような――……


「あ、そうだった!」

「どうかしたの、都子」

「つかさちゃん、女の子に戻れる方法見つかったよ!」


 そうだそうだ、その事を伝えにきたんだった。


「…………へぇ、でもそれはどうでもいいや」

「え?」


 え、なんで? 予想もしていなかった言葉に混乱してしまう。


「都子はさ、何でいつも通りなの?」

「いつも通りって?」

「私さ、色々酷いこと言ったよ? 良くないこともした」


 なるほど、たしかにここの所やんちゃしていたかもしれない。

 でも、今日一日一緒に遊んでわかったことがある。


「つかさちゃんはつかさちゃんだったからね」

「私は私、か」

「なんだかんだで、根っこのところは一緒だったし、たまにそういう失敗とかするときってあるでしょ?」

「……結局、私は変われなかったのかな」

「変わる必要なんて、あったの?」

「あった」


 どこか強い決意と共に、あたしの肩を掴んでくる。

 その目はどこかで見たことがある。

 あれは――いつかの晶だったか……しかし思い出す暇をつかさちゃんは与えてくれなかった。


「私ね、都子が好き」

「あたしもつかさちゃん好きだよ」

「私のはね、そういう好きじゃないの」

「……え?」




「今すぐ都子を抱きたい犯したい滅茶苦茶にしたい狂おしいほど愛してる」


「つかさ、ちゃん……?」




「私の好きっていうのは、ずっと前からそういう好きなの」

「え、だってつかさちゃんは……」

「自分でも変だってことはわかってた!」


 その目は期待、後悔、懇願、失望、相反する様々な色で揺れている。


「仕方ないじゃん、好きになってたんだから。男になったときはチャンスだと思ったよ。でもね、都子の目は全然私に向いてなかった」

「そ、それは」

「彼女達にはね、復讐というよりは八つ当たりしたかっただけ」

「あ、あたしは……」


 つかさちゃんの肩を掴む手が、どんどん強くなっていく。痛いくらいだ。



 マルデ豹変シタ男性ニ、迫ラレテイルミタイデ――



 何かドス黒いものが胸を襲い、それが強い吐き気を催した。


「都子、私のものになってよ」


 そう言いながら、あたしを奪おうと唇を寄せてくる。

 ――――――――


「イヤッ!」


 自分でもびっくりする大声が出た。

 そして全身で拒絶するかのように、つかさちゃんを押し返している。


「都子……」


 あ、あれ、あたし何で……

 親友と思っていた相手を拒絶する――

 自分がしたことがショックなのか、手が震えて止まらない。

 つかさちゃんは――ああ、すごくショックを受けた顔をしてる。

 違うの、何か言わなきゃ――あれ、口がうまく動かな……


「みやこちゃん!」

「あ……あきら?」


 ぎゅっと、晶が後ろから抱き着いていた。

 触れている部分から徐々に熱を取り戻していく。

 何故、どうして、そんな疑問よりも先に、安堵が胸に広がっていく。 

 そして初めて、自分の身体が強張っていたのに気が付いた。


「楠園、君……」

「江崎さん……」


 あたしを挟んで、まるで睨み合うかのような晶とつかさちゃん。


「私の負け、かな?」

「そういうんじゃないと思う」


 どこか分かり合ってるかのよう会話する2人。


「そっか……」


 最後にそれだけを残して、つかさちゃんは泣き出しそうな顔をして去って行った。

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