第47話 都子とつかさ


 日曜日の午前10時25分。あたしは駅前にいた。

 そう、昨日勢いでつかさちゃんにデートしようぜ! と言い出した手前やってきたのだ。


 あたしの格好はといえば、太ももに掛かるくらいまでの長さの縞々チュニックに、膝が隠れるくらいのカプリパンツ、それにスニーカー。

 はい、動きやすさ重視です。

 デート、なんて思うから気負っちゃってしまうが、要は友達と遊ぶだけ。

 見た目が変わろうがつかさちゃんはつかさちゃんだ。


 よくよく考えれば、晶が女の子になってしまって以来、つかさちゃんとあまり遊んだりしていないんだよね。

 そう思うと、久しぶりにつかさちゃんと遊ぶことが楽しみになってきた。


 物事は難しく考えず、シンプルにいけばいいのだ。


「どうしよう、駅前広過ぎてどこで待ち合わせしていいかわからない……」


 そう、シンプルに行き過ぎるとこういう弊害もあったりする。

 目印くらい決めておけばよかったかな……


 あたりに何か良い場所がないかキョロキョロ探してみる。

 日曜日ということもあって、人の流れは絶え間なく続いている。

 同じように待ち合わせをしてる人も多く、目ぼしい場所は先客が陣取っている。


 ん? あれ?


 なんか一瞬晶に似た女の子が居たような?

 だが着ている服はその辺によくありそうな、大人し過ぎず華美過ぎない普通の格好だった。

 あのおばさんがそんな事を許す筈がないので(確信)、きっと見間違いだろう。


「都子」

「つかさちゃん!」


 最悪スマホで連絡取ればいいかなーと思い始めていた矢先、つかさちゃんがあたしを見つけてくれた。


 つかさちゃんの格好といえばVネックのTシャツに細身のジーンズ。胸元にペンダントと髪を詰め込んでる帽子がなんだかオサレだ。

 なるほど、あらためて見てみれば結構なイケメンさんである。

 彼女達でなくとも、コロッていってしまうのもわかるかもしれない。


「都子、何うんうん唸ってるの?」

「い、いや別にぃ?」

「そう……で、今日は一体どういうつもり?」

「決まってんじゃん」


 あたしが言うべきセリフは決まっている。

 見た目イケメンだろうと、女の子なのに彼女つくってようと、演技しないとオネェになってしまおうと、つかさちゃんはつかさちゃんなのだ。

 

「たまには一緒に遊ぼうぜ!!」


 ドヤ顔で指さしポーズ(ウカちゃん監修)決めながら言ってみた。

 うん、これちょっと恥ずかしい。ウカちゃんよく躊躇いもなくできるな……

 ほら、つかさちゃんも固まって……なんかプルプルしてるな?!


「くく、くは、あははははは!!」

「あー、やっぱ変だった?」

「あは、違うよ、みやこちゃんだった」

「むぅ、なんだよそれ」


 晶といいウカちゃんといいつかさちゃんといい、どういうことかな?

 問い詰めたい気もするけど、今はいいや。だって――


「つかさちゃん、笑ったね」

「…………え?」

「うん、笑った」

「…………あ」

「いこう、つかさちゃん。今日は行きたいところがあるんだ」


 なんだろう、よくわかんないんだけど、いつものつかさちゃんの笑顔になった気がする。


「いいよ、付き合ったげる。いこう、都子」


 しょうがないなぁっていう顔が、どこか安心させられた。

 そして、まるでエスコートするかのように手を伸ばしてくる。


「ん? つかさちゃん、そういう気遣いはいいよ?」

「……そう?」



  ◇  ◇  ◇  ◇



「ここ、見たいものがあるんだよね」

「え? ここって……」


 やって来たのは、以前晶とも一緒に来たことがある下着売り場。

 女同士ならともかく、今のつかさちゃんは男。一緒に来るには違和感のある場所だろう。


「こないだね、あきらに貧乳専門のブランド教えてもらったんだ」

「へ、へぇ、楠園君に、ね」

「あきらったら中身は男の子なのにおかしいよね」

「あーうん、そう、かな……」

「でね、あたしも調べてみたんだけど、見てよこれ」


 スマホであたしがお気にに登録していた画面を見せる。

 そう、それは――


「め、メンズブラ?!」

「男性用ブラジャーだって! 気にならなくない?!」

「い、いや、気にはなるけど」

「この店取り扱ってるんだって! すごくない?!」

「す、すごいことはすごいけど……」


 以前つかさちゃんは男の子ならではの事をやってみたいと言ってたんだよね。

 是非ともメンズブラを体験して頂きたい。そして無乳としての感想を教えてほしい(本音感)。


「でも意外だね。都子ってさ、お洒落に疎いというか、下着とか気にするような感じじゃなかったのに」

「うーん、そうだね。でもさ、新品の下着とかにするとなんか身が引き締まったりしない?」

「わかるような」

「それと一緒でさ、見えないところの下着を変えたら気分とか結構変わるんじゃないかなーって」


『なりたい自分になる――それがコスプレの第一歩よ、みやこちゃん』

『いい? 巨乳なんてパッド詰めたらいいだけ。貧乳の方がむしろお得だし』


 いやいやいやいやいや!


「ど、どうしたの都子? いきなり首をそんな振って」

「ご、ごめん、ちょっとなんか変な幻聴が聞こえて」


 おばさんに部長さん、下着見るだけなのに変な電波飛ばさないでください!


「まぁまぁ、とりあえず行ってみようよつかさちゃん」

「う、うん」


 ……


 ……はい、そうです男性用の


 …………


 ……え? サイズ?


 …………男性用でも?


 ……………………


 ………………いやいやいやいや


 ……………………


 ……………………あたし?


 …………………………


 ……………………え、はい


 ………………………………


 …………………………まじ?


 ………………………………


 ……………………………………


 男にカップサイズ負けたよ!! ちくしょおおぉおーーっ!!!


「み、都子どうしたの?」

「どうして……どうしてあたしより大きいの?」

「え、えぇぇえ、Aだよ……?」

「あたしはAAだよぅっ!!!」

「き、筋肉だから! 演劇って体力使うし、多少なりとも鍛えると、ね?」

「あ、あたしも今日から大胸筋鍛えてやるぅーっ!!」


 ちなみにつかさちゃんは、上下一組3980円のものを一つ購入していた。

 うん、上下セットであるとは思いもしなかった。

 女の子のつかさちゃんとはサイズ合わないし、衝動買いじゃないよね……?


 もしかしたらつかさちゃんはメンズブラを着ける事によって、女の子の時の気持ちを思い馳せるのかもしれない。


 あれ、ということはだよ?

 男性でも女子力を高めたいとき、高い女子力があれば捗る作業をするときにメンズブラを着用するのはありかもしれない。

 つまり晶が元に戻っても、メンズブラを着けることによって高女子力のブースターとなり、美味しいご飯を作ってくれたり甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるに違いない。


 よし、晶が男の子に戻ったら真っ先にここに来よう。


「都子、何にまにましてるの?」

「え、そんな顔してた?」

「してた」

「そ、そう? 特に意味はないよ」

「ふぅん? それよりさ」


 掛けられていた黒い上下セットを取って、あたしに押し付けてくる。


「都子にはこういう大人っぽいのもいいんじゃない? 脱がした時そそるよ」


 などと言いながら、顔を耳元に近づけ囁くように言ってきた。

 えー、そうかな? どれどれ――


「つかさ、ちゃん……」

「都子……」


「せっかくだけど、無いんすよ……包むべきものがないんすよ……」


 脱いだ先にあるのは――宇宙――もしくは――真理――か……

 つかさちゃんが似合うと言ってくれたものは、Bカップ用だった。


「ごめんね、雄っぱいでごめんね」

「あ、いや……ごめん」



  ◇  ◇  ◇  ◇



 次にやってきたのは上のフロアにある某百均店。

 ここも以前晶と一緒にやってきたお店だ。

 あの時は身の回りのもの買ったんだっけ?


 つかさちゃんは移動中、左手を弄んでいた。

 ははぁん、きっと今までその手で彼女の手とか繋いできたんだな、すけこましめ!


「百均?」

「そうそう、ちょっと欲しいものがあってさ」

「何が欲しいのさ?」

「香水……ボディコロンやヘアコロンってやつ?」

「え?!」


 そんな奇異な目であたしを見ないで欲しい。

 今までのあたしを考えたら分からないわけじゃないけどさ!


「専門店より、こういうとこの方が安いし敷居も低いし」

「それはそうだけど……どうして急に?」

「晶がさ、最近香水付けて良い匂いさせてんだよね」

「楠園君が、ね……」


 付けてるといっても、髪の毛とか近くじゃないと分かりにくいけど。


「あたし思ったんだよ、香りって重要だって」

「み、都子からそんな言葉が出るなんてね」

「昨日食べた紅茶のシフォンケーキ、あれは良い香りだった」

「へ?」


 オーブンから出したとき広がる匂いは素晴らしかった。


「屋台の焼きそばとか焼きイカってさ、香りも一緒に食べてる感じじゃない?」

「都子……?」

「つまり、香りは重要なのだよ。ほら、松茸だって一番評価されてるの香りだしさ」

「…………ぷ、くふふ、そうだね、うん、そうだ」


 つかさちゃんは笑みを漏らしていたかと思えば、急に真面目な、どこか寂しげな顔をした。


「都子は都子のままだけど、ちょっと変わったね」

「そう? 変わった?」

「うん、変わったよ」


 あたしには、つかさちゃんがどういう意味で言ったのかわからなかった。

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