第45話 普乳
サッとラップで包んだシフォンケーキを紙袋に入れる。
一緒にチューブ容器に入った蜂蜜も忘れちゃいけない。
「ボクも一緒に行っていい?」
「もちろん」
もしかしたら、元に戻る方法の手がかりに通じる何かがあるかもしれない。
『ケェーン!』
ドアを開けて外に出れば、行儀良くお座りしたきな子がいた。
「そういやこの間もきな子が送ってくれたんだっけ」
媚びるように自分の額を足にこすり付けてくるきな子をモフりつつ、神社を目指す。
いやまぁ、実際きな子の場合媚びてるんだけどね。
一緒に歩く晶はどこか緊張した面持ちだ。
あたしはと言えば、のんびりと鼻歌交じりに農道を歩く。
梅雨明けの空は青く、雲一つない。
雨後のタケノコではないけれど、畑の作物も、梅雨の水と夏の日差しでどんどん大きくなっていってる気がする。
畑でうちで育ててる茄子や枝豆、ズッキーニなんか見かけると、ついつい見比べてしまったり。
そうこうしているうちに神社に着いた。
今まで祭りの時期に来る位だったのに、最近頻繁に来ているな。
入り口の鳥居の端っこから入り、手水で左手、右手、口の中、柄とお清めする。
鈴をガラガラ、さてお供えを……きなこの出番かな?
『ケン!』
待ってましたとばかりに、控えていたきな子が前に出る。
まるで獲物を狙うかのように、何かの力を溜めるかのように身体を低くしたと思うと――
『ケェーーンッ!』
遠吠えのような雄叫びを上げた。
同時に、供えようとあたしの目の前においていたシフォンケーキが一瞬にして炎に包まれる。
そして間を置かず、炎は金色の風としか言いようのないものでかき消され、黄金に黒のノイズのようなものが混じった光がその場に集まっていく。
んぅ? 黒?
『此岸ともっとも離れているこの日に、我を呼ぶは誰ぞ?』
金と黒のオーラと共に顕われたのは、巨乳の美女。
天女と巫女服をかけ合わせたようなノースリーブとミニスカート風の衣装を身に包み、体中のあちらこちらに黒光りするチェーンをパンクっぽくジャラジャラ身に付けている。
さらに、おどろおどろしい文字が刻印された包帯のようなものを左手、右目、左足首にぐるんぐるんと巻いている。
『ククク、我は生と死を司る金色の御使いッ!』
右手でピースを作りながら禍々しい左目の眼帯に当て、不吉な刻印のある左手は前面に押し出してポーズを決める。
はい、けれんみたっぷりのよくある中二病ポーズですね。前回より見栄えも良くなっています。
それだけでなく、足元から吹き上げる金と黒の風もいい塩梅に演出されていますね。
なにより!
下から風が吹き上げているのにも関わらず、スカートの裾がはためくだけでパンツが一切見えておりません!
これが……これこそが、絶対領域か!
「ウカ、ちゃん……」
『久しいなミヤコ。いや、こちらの世界では初めまして……かな』
「そ、そうね」
あっちゃあ、これ中二病悪化しとるわ……
呟いた言葉は、どうしてこうなったという困惑した色を帯びてしまった。
思わず一歩後ずさってしまう。
「うかちゃん、その黒いのは……」
『これは我が溢れる力の一端――……生を終え、その身を腐り落ちた残滓の顕現よ』
「色だけじゃない、この香りは……ッ」
『フッ、気付くかミヤコ。さすがは我が魂の半身』
腐葉土である。
植物にとって栄養満点の肥料でもあるそれだ。
最近ホームセンターで見てたからこそ気付いたのだが。
うん、なんていうかね、なんていうかさぁ!!
何ともいえない気持ちで頭を抱え込みたくなった。
そんなことで煩悶していたら――
「みやこ、ちゃん」
どこか悲愴な決意をした晶が、あたしを護る様に両手を広げて前に出た。
ウカちゃんの見方を変えれば、どう見ても禍々しい衣装の上、金色のオーラと言う相反する姿。それに腐り落ちた残滓の顕現といういかにもな台詞。
うん、どう見ても良くないモノですねわかります。
え、えーと……大丈夫、大丈夫だよ晶。
その子ちょっと思春期が遅れてやってきただけで、そういう特有の病に罹患してるだけだから!
明日の晩くらいになったらベッドの中で悶えてる筈だから!
だからね、やばそうなら逃げてってアイコンタクト取らなくていいから!
『娘、我が前に立ちはだかるか?』
「こ、こんなんでもボクは男だ! みやこちゃんには手を出させないっ」
禍々しい人外の美女に立ちはだかる小柄な美少女、そして男だという発言。
はい、どうなるかわかりますね?
『ほぅ、おもしろい! 汝が魂の名を我に捧げることを許そう!』
「晶、楠園晶」
『貴様がアキラか……ッ』
ニヤリ、と邪悪な笑みを浮かべるウカちゃん。もうノリノリである。
あたしは何かが目から零れ落ちそうになり、そっと天を仰いだ。
「生と死を司る金色の御使い、さん」
『何だ、ヒトの子アキラよ』
晶の呼び方に嬉しさを隠せてませんね?
「ボクはどうでもいい、みやこちゃんには何もしないと誓って欲しい」
『我に指図するか』
威厳を出しつつ、それっぽい事を言いながら、晶の顎をクイってするウカちゃん。
恐怖と緊張から身体を強張らせ、ビクッとなる晶。
うん、あたしには分かる。
邪悪な顔を作ろうとしているけれど、頬と目尻が嬉しくてぴくぴくしてるって。
『貴様は………んぬっ?!』
「な、なに」
顎クイをして、少し視線をさげたウカちゃんの顔色が変わった。
晶もその表情の変化を見過ごすわけがなく、急速に周囲空気が張り詰めていく。
ウカちゃんの視線が晶、自分、あたしと移る。
まさか――……
『み、ミヤコ……』
「気付いたのね……」
「『普乳だ!!!!!』」
「………………は?」
普通の乳と書いて普乳――それは我々が求めて止まないものである。
小さ過ぎるわけでもなく、大き過ぎるわけでもない。
普通――なんと憧れる響きであろうか?
サイズの上ではD、それなりに大きい部類に入る。
しかしである。
晶の体格は平均よりも随分と小柄、胸そのものに注目すれば、理想の大きさとも言えるのだ。
『お、おぉぉおおぉ、この手にすっぽりと収まる大きさ……まさに、まさに普乳っ!』
「それだけじゃないよ、ウカちゃん。この手に押し返してくる弾力……程よい抵抗感は形容のしようがないっ」
「あ、やめ、ん、や、ちょっとっ」
ウカちゃんは後ろから左、あたしは前から右。
今、あたし達の魂は共鳴し、ユニゾンを奏でながら憧れの普乳を貪り味わう。
『クッ、この大きさがあれば選べる衣装の幅も増えたというのに……っ』
「これだけあれば、夏場プールや海に行こうって言い出せるのに……っ」
「だから、んんっ、そこだめだっ、や、ちょおっ」
このサイズであったならば……どこか怨念染みた執着でもって揉みくちゃにされる晶。
「やめてって言ってるでしょおおおぉぉおおっっ!!!!」
そして、さすがに爆発した。
「2人とも何やってんのさ! そんなことやって楽しいの?!」
「いやぁ、それはその……」
『だって……なぁ?』
なんとなく誤魔化そうとするあたしとウカちゃん。
「正座」
「『ッ!』」
「いいから、正座っ!!」
「『は、はひっ!』」
だが、晶はそれを許さぬ迫力だった。
その後玉砂利の上で正座をさせられながら(地味に痛かった)、男の胸を揉んでどーすんだというお説教をひとしきりされた後、無事開放された。
うん、晶はなるべく怒らせないようにしよう。ウカちゃんと2人、そう誓い合った。
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