第43話 都子理論


 つかさちゃんの独白を聞いた帰り道。


 夏至が目前に迫っているにも関わらず、西の空は茜色に染まっている。

 どうやら、結構な時間が経っていたようだ。


 何とも言えない空気の中、晶と2人家を目指す。


「つかさちゃん、そういう人を裏切る様な女子に思い知らせてやりたかったとか言っていたけど……」

「江崎さん、ずっと女子に壁を作ってたとこあったから」

「そう、なんだ……」


 結局色々考えたところで、あたしはつかさちゃんじゃないのだから、その気持ちはわからない。

 ただ、先刻のつかさちゃんの言葉で気になることがあったのだ。


「ね、あきら、気になったんだけどさ」

「ん、なに?」

「男の子もそういうことする時って痛かったりするのかな?」

「ぶふぁっ、ぐっ、うっぷ、げほっ、げほげほっ、な、何言い出すの?!」


 あたしの素朴な疑問に、晶が盛大に咽ていた。


「つかさちゃんあの子達とそういうことしてたっぽいしさ? どうなのかなぁって思って」

「どうもこうもないよ! 何気にしてんのさ!!」


 あたしも年頃の乙女の端くれ、そういうことが気になる時もある。


「いやさ、毎月ドロリとした汚い血とかオリモノとか垂れ流しててさ、そんなのって排泄物と一緒でしょ?」

「ま、まぁ綺麗なものとは言えないけど」

「そんなのが出てくる、自分で洗いも出来ない中にさ、自分の神経が集中してる敏感な部分を突っ込むとか、よく出来るなぁって思わない?」

「そ、そんな風に考えたこともなかったよ!」

「だから、そんなとこに入れる男の子だって痛かったりしても不思議じゃなくない?」

「わ、わかんないから! ボクそういうのしたことないから!」


 あたしは単純な興味から聞いているのだけれど、晶は顔を真っ赤にして取り合ってくれない。

 というか、顔を見たら逸らされたし……むぅ。

 男の子の気持ちって、わかるようでわからないんだよね。

 だから……男の子……男の子の気持ち!?

 は! そうか!


「愛だよ!」

「な、なにが?!」

「あんな、ともすればばっちぃとこに自分の敏感で大切なところを突っ込むなんて、愛がなきゃ出来ないよ! なぁんだ! そうだったんだ!」

「え、えぇぇえぇ」


 長年の謎が解けたかのような爽快感が胸を駆け抜けた。

 なるほど、正に愛の行為だ。

 子供が愛の結晶っていうのも頷ける。

 そして、凄いことに気付いてしまった。


「そこに愛がなかったり、愛する覚悟がなかったりするとゴムでコーティングして身を守るのね……」


 なるほど、そういうことだったのか。

 青天の霹靂だ。


「みやこちゃん……」

「ん? なぁに?」

「みやこちゃんのままでいてね?」


 菩薩のように微笑む晶が、男の子の心理を知って一つ大人になったあたしを祝福してくれていた。

 ふふん、先に大人の階段一つ登っちゃってごめんね?






 それはさて置き。

 つかさちゃんの事だ。


『私ね、女が嫌い』


 つかさちゃんは、そう言っていた。

 それは嘘ではないのだろう。

 そして、あたしはつかさちゃんを親友だと思っていた。

 だからどうしても、そこが気になってしまう。

 晶と疎遠だった中学時代、つかさちゃんが居なかったらどうなっていただろう?

 そんなこと想像もつかない。


「あたし、つかさちゃんにずぅっと嫌われてたのかなぁ……」

「それはないよ」

「え?」


 即座に晶が否定した。


「それはない」

「何でわかるの?」

「んー……そういうものだから」

「なにそれ」


 何か確信があるかのように言い切る。

 だけど、特に何か根拠を言ったわけでもない。


「おそらく江崎さんは――……」

「つかさちゃんは?」

「後悔してる」

「後悔?」

「きっと――」


 あたしの顔を覗いてくる晶にドキリとした。

 そんな目、あたしは知らない。


 どこまでも真っ直ぐで、強い意志の籠もった瞳。

 その姿はどこまでも可愛らしいのに、どこまでも格好良く映った。

 それがとても。

 あたしと晶が違うモノだっていう事を意識させられた。


 そんな晶が、あたしに告げる。


「きっと、みやこちゃんなら江崎さんの力になれる」


 何か確信があるかのように言い切る。

 だけど、特に何か根拠を言ったわけでもない。


「力になれるって……どういうこと? 何をどうやって?」

「みやこちゃんが、みやこちゃんしたら自然と解決するよ」

「あたしをするってどういう意味さ」

「そのまんまだよ」


 なにか、自分の特別な宝物を誇るかのように。


「みやこちゃんが、みやこちゃんだから」


 だから何それ、理由になってない。


 だけど、晶にそんな男の子の目なんてされたら――


 ――あたしは何も言えなくなる。



  ◇  ◇  ◇  ◇



 それから数日経って週末の土曜日。

 暦の上では今日は夏至。

 あれから何か変わったかと言われれば、そろそろ梅雨明けしそうだとかそれくらいなもの。

 つまり何の進展も無し。


「あ、つかさちゃん」

「ごめん、今はちょっと」


「つかさちゃん、お昼一緒に……」

「ごめん、他に約束があって」


「つかさちゃん、放課後一緒にかえ……」

「ごめん、部活あるから」


 教室とかで話しかけたりするものの、見事にスルーされてばかり。


「取り付く島もなし、かぁ。これあたしじゃどうにもならないよぅ」

「むぅ、ボクもこれは予想外だった」


 後ろ髪を結んだココアやショコラを連想させる尻尾が、ひょこひょこ揺れるのを見送る。

 女の子だった時はボブのままだったので、結わえてひょこひょこ揺れる尻尾が、未だ目新しく感じる。

 柔らかくボリュームのある髪は、根元から大きく広がって新鮮に………


 目新しい? 新鮮?


 その言葉が何か引っかかる。


「そっか、見方を変えればいいんだ」


 周囲に黙って彼女たちと付き合おうとしてたか?

 あたし達にバレたのは予想外だったのか?

 いまの状況はつかさちゃんが望んだものなのか?


 これが今つかさちゃんに対してあたしが思っていたところだ。

 そして晶が言う所の、後悔してるというのを念頭に置いて視点をかえてみる。


 裏切るのが目的だから周囲に黙る必要はなかった。

 むしろあたし達にバラしたかった。

 そのくせ今の状況はどうにかしてほしいと思ってる。


 うん、だとしてもよくわからん!


 わかることと言えば――……


 ゆらゆらと揺れる、ボリュームのある尻尾。

 流れるようで艶のあった髪だったから、ショコラやココアを連想していた。


 それがどうだろうか?


 後ろで一つで結われてるところから、まるでふわふわ尻尾のように広がる髪。

 ――そう、あれは。


 シフォンケーキだ。

 しかも紅茶とかチョコとか混ざってる奴。


 フォークで押せば柔らかな弾力と共に形を変えそうなところとか、そっくりではないか?


「あきら!」

「な、なに、みやこちゃん?」

「シフォンケーキ作ろう!」


 ………………


 ………………


「………………」


「………………」


 ………ぐきゅぅ


「………はい?」


 あたしの間抜けなお腹の音と、晶の間抜けな返事が、土曜の放課後の教室に響いたのであった。

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