第42話 AAランク


 その場のノリと勢いに任せて行動した結果、後で後悔する――……よくあることですよね?


 主にジャケ買いや衝動買いした後、家に帰って冷静になったら、何でこれ買ったんだろうって後悔するやつです。

 最近ではリサイクルショップで買って、机の上に鎮座している、やけにリアルなアマガエルの置物がそれにあたります。


「都子……?」

「みやこちゃん?」

「なにこのデカ女?」

「本当に女? 胸が残念過ぎるんですけどー」


 晶につかさちゃん、そしてその彼女達の視線があたしに刺さる。

 はい、今すぐ逃げ出したいです。

 あとおっぱいの事は言うな!


 ともかく、つかさちゃんの晶とよろしくやんよー! 発言に脊椎反射で反応してしまった結果がこれだ。

 只今後悔の海の真っ只中、誰か助けてください。


「もしかして、あんたもつかさの女?」

「はぁ? だとしてもすっぴんとかありえないんですけどー?」


 晶ならともかく、あたしなら勝てると踏んだ彼女たちは矛先をあたしに変えてマウントしようとしてくる。

 ゴリラじゃないんだからマウントされても悔しくなんてないんだからね!

 ゴリ女って言われたら泣くけど!


 一縷の望みをかけ、助けを求めるように晶の方をみるけれど――……


 あ、はい、凄く呆れた顔をしてますね!



 とりあえず落ち着くのよ、都子。そして心を強く持つの。

 ――そう、あなたはエリート。貧乳界AAランクのエリートなの、自信を持って!

 あの高女子力を誇る晶でさえDランクなのよ!

 彼女達だって精々Cランク……大きく見積もってもEランク、あなたの敵ではないわ!


 やっべぇ! すんごく悲しくなってきた泣きそう。大体、大きく見積もってランクが下がるってなんだよぅ……



 と、とにかく晶だ。

 今の晶はつかさちゃんに腕にすっぽり、あろうことか腰まで抱かれてしまっている。

 ……なにこの鬱々とした気分は。


 例えるなら、ずぅっと楽しみに取っていたホールのショートケーキを目の前で食べられる感じ。

 しかもイチゴの部分だけ全部食べられているとかそんなの。

 きっとNTRれたときの感覚ってこういう事をいうのかな、なんて考えたり。


 うん、そうだ。

 難しく考えるのはあたしっぽくない。

 シンプルに、やるべき事を、本能にままに選択しよう。






「晶はあたしのなんだからね!」




 もみもみもみもみもみもみもみ――




「ボクの胸揉まないでよ、ばか!!!」





 バシン、と小気味のいい音を立てて、あたしの腕が振り払われる。

 目の前には顔を真っ赤にして涙目の晶。

 そしてわきわきと動かしているあたしの両の手。

 これはどうしたということだろうか!


「餅? 大福? グミ? チーズ? どうしよう、あたしこの感触を形容する言葉を持たないんだけど!」

「みやこちゃん?! 胸の話はいいから!!」

「ほら、あたし貧乳(誇張表現)だし、おっぱいなんて初めて揉んだからさ! この感動を伝えたくて!」

「言わなくていいから! 別に聞きたくないから!」

「あきらは自分で揉んだことある?」

「みーやーこーちゃーん?」

「う……」


 さすがの晶の迫力に気圧されて両手を引っ込める。

 いや、うん、なんだろう?


 ――宇宙――


 もしくは――真理――


 きっと、あの膨らみにはそういったものが詰まっているに違いない。

 そしてその膨らみがあたしには無い。

 絶望と共に自分の胸部に手を這わせてみる。


「雄っぱい……」

「み、みやこちゃん?!」


 悲しい現実に打ちひしがれながら、力なく晶に笑いかけた。



「く、くく、くはっ、あははははははははははははっ!!!」



「つかさ、ちゃん?」

「江崎さん?」


 呆然とあたしを見ていたかと思えば、もう堪え切れないとばかりに大声をあげて笑い出した。


「もうダメ、都子、あんた最高っ……ぷふっ」


 目尻にまで涙を浮かべ、心底可笑しいと、本気で笑っているのがわかる。

 あまりに笑い過ぎて不気味にさえ思えてしまう。

 一体どこがツボに入ったのだろう?


「もういい、わけわかんない」

「別にぃ? いい人なら他にもいるし」


 呆気にとられた彼女たちも、そんな捨て台詞を吐いて去っていった。


「ええっと、これはどうしたら……」

「ぼ、ボクに聞かないでよ」

「ぷくふふふふふふ、ごめんごめん」


 あたし達も呆気にとられてオロオロしてたら、ようやく落ち着いたつかさちゃんが話しかけてきた。


「つかさちゃん?」

「なんか色々と聞きたそうだね?」

「それは、まぁ……」

「とりあえず、ここは何だし……移動しようか」



  ◇  ◇  ◇  ◇



 つかさちゃんに促されるまま、駅前の広場へと移動した。

 よくわからないオブジェやいくつかのベンチがあって憩いの場といったところなのだが、今は帰宅時、誰も広場に寄ることなく家や飲食店に吸い込まれていくのが見える。

 それらベンチの一つに腰掛ける。


「はい、これ」


 いつの間に購入していたのだろうか?

 あたしには微糖のミルクティー、晶にはブラックコーヒーの缶が手渡される。


 うん、こういう行動とかマジイケメンっすね。

 こんな感じであの子たちと付き合ってたのだろうか?

 なんだかよくわからない感情が胸に沸き起こる。

 むぅー……


「江崎さんは」

「ん?」

「江崎さんは、あれで満足したの?」

「さぁ、わかんない」


 うん、あたしは晶とつかさちゃんの会話がわかりません。

 何か通じ合ってるような話をしてるけど……なんだよぅ、あたしのけ者かよぅ。

 それともあたしが察しがわるいだけかよぅ。

 ……うん、その線が一番濃厚だということを否定できませんね。


「つ、つかさちゃんはさ」

「なに?」

「復讐……したかったの?」

「ん……復讐、かぁ」


 そこで言葉を区切り、持っていた自分の分の缶コーヒーを開ける。

 カシュッという軽快な音が響き、一口飲み干す。


「ね、都子」

「うん?」

「私ね、女が嫌い」

「……………」

「……………」

「………え?」


 いやいや、女が嫌いって。

 そもそもつかさちゃん、中身は女の子でしょうよ。

 え? え? どういうこと?


「表で言ってることと裏で言ってる事が違う。私達友達だよね、なんて言いながら、裏では平気で悪口を言う」

「つかさ……ちゃん?」

「見栄と打算で彩られ、あいつは自分より上だとか下だとか、所属してるグループの位置はどうだとかそんなのばかり。本当、下らない」


 カコン、とスチール製の硬い缶の形が歪にかわむ。


「己の為に、平気で人を裏切る。知ってる? 中学の頃イジメられたのって、あの子が好きな男子が私に興味あるっていう噂を聞いたからだよ? それだけでどれだけの人を扇動してどういう扱いを受けたと思う?」

「つか……」


 話しかけようとしたあたしの腕が引っ張られる。

 晶が手を引きながら、話しかけるなと言わんばかりにふるふると顔を横に振る。


「男になって、そういう世界から解放されたと思った! でも! 私がやったのって、裏切りがどういう事かあいつらにも教えてやりたいって! 良い面しながら! 股の緩い女を抱いただけ!」

「……………」

「……………」


 そう言って、己の中の澱を吐き出したつかさちゃんは、どこか疲れた顔をしていた。


「結局、私もあいつらと同じだったんだ」


 何か諦めたかのように笑う顔が、胸に刺さる。

 ああ、そういえば。


「つかさちゃんが、どこかあきらを気にしてたのって……」


「……………もう、行くね」


「あ………」


 話は終わりとばかりに立ち上がり、あたし達とは反対方向の自宅へと去っていく。


「あきら、どうしたらいいんだろ?」

「………ボクにはわからないよ」




 6月の湿気を含んだ嫌な風が、つかさちゃんとの間に吹き抜ける。






「……楠園君は女子だとしたら私が一番嫌いなタイプだよ」


 複雑な声色で呟く江崎つかさの呟きは、その風にかき消されてあたし達に届くことはなかった。

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