第41話 修羅場


「最低っ! あなた二股かけてたのね!」

「ひどい……あんなに愛してくれてたのに、こんな女と一緒に裏で笑ってたなんて」

「そもそもこんな女のどこがいいの?! いかにも男好きで媚売ってるの丸分かりじゃない!」

「はぁ?! あんたこそ表に出てる可愛い女子アピールが嘘くさいのよ!」

「こいつむかつく!」

「てめぇ、やんのかよ!」


 目の前で繰り広げられているのは、つかさちゃんとその彼女2人の修羅場。


 股掛けしていたつかさちゃんを責めていたかと思えば、いつの間にか自分の方がいい女でしょアピールをし始め、掴み合うまでのキャットファイトに発展する。

 互いの髪をつかんで引っ張ったかと思えば、制服を掴んで押し倒そうとする。さらには爪でそこかしこを引っ掻きまわす。


 え? なにこれ?

 控えめに言って醜い。


「「つかさ、どっちを選ぶの?!」」


 えぇぇええぇぇ。

 何でそうなるの?

 普通こんな状況なら、あなた達激怒して振る方でしょ?


 晶の方をみれば、ふるふると小さく頭を振ってため息をつくだけ。


 つかさちゃんの方をみれば――……




 自分の目を疑った。




 いつも飄々としながらも、あたしに目を掛けてくれる面倒見のいい包容力のある瞳はどこにもなく。

 ただ、ひたすらに愉悦と侮辱、悦楽と絶望、興奮と失望といった、相反する色を見せていた。


 それはあたしが知る江崎つかさのどれにも当てはまらず――……否、今まで向き合おうとしていなかった一面だろう。


 シッテイルダロウ?


 うん、知っている。

 つかさちゃんと出会った頃にしていた目だ。

 イジメにあい、誰もが信用出来ていなかった子の目だ。


 あの目の人にあたしは何て言ったんだっけ?

 ショコラみたい。ココア飲みたい。

 馬鹿じゃないの?


 バカダカラ、アアナッタノダロウ?


 ああなった?

 その事を深く考える前に、晶が無意識のうちだろう、あたしの手を握りしめて来たことで意識をこちらに戻された。


「K大の彼氏とバイト先の彼氏」

「ッ!!」


 つかさちゃんが、演劇部の後輩ちゃんにそう言った。


「N高3年の彼氏とうちの高校2年の高橋君」

「ッ!!」


 つかさちゃんは、元いじめっ子にそう言った。


「他にも探れば出てきそうだけど……どの口で何を言ってるのかな?」


 ………え?

 どういうこと? つかさちゃん中身は女の子だし、そういう女の事情とかわかってそう……え? え?


「で、でも、一番愛してるのはつかさだし!」

「な、ナオヤやタカシよりつかさの方が全然いいし!」

「それ、同じ台詞をどれだけの人に言ったの?」

「「……………」」


 話に付いて行けず、助けを求めるように晶に視線を移す。

 その晶はというと、その……あたしのイメージの中じゃ、晶はいつも穏やかで優しくて、そりゃあ怒ったりもするけれどいつも最後には……そんな怖い顔見たことないよぅ……


 自分勝手だと思うよ、でも、あああ……助けてよぅ晶……


「結局あなた達は誰も愛してなくて、誰かに愛される自分に酔ってただけなんだ。だから平気で浮気もするし、誰とでも寝る。そんな女、こちらからゴメンだね」

「ち、ちがっ」

「ひどいっ……」


 どうしていいかわからず混乱し、まごつくあたしは置いてけぼりで修羅場は進行していく。

 そしてつかさちゃんは、どこか満足気でありながら後悔にも似た顔をしていた。



「江崎さんのやりたかった事ってそれ?」

「楠園君……」



 後輩ちゃんといじめっ子を置いて去ろうとするツカサちゃんの目の前に立ちふさがったのは、晶だった。

 相手を問い詰めるかのように静かな怒りを湛えているのが分かる。

 カツカツカツとローファーで地面を鳴らしながら詰め寄る姿は、随分と迫力があった。

 その姿はあたしの知る普段の晶のイメージからかけ離れていて混乱する。

 

 それを見たつかさちゃんは、まるで能面のように顔から表情が消えた。


「否定はしないよ」

「そう」


 やり取りはそれだけだった。

 晶は、相手の顔を思いっきり振り抜こうとして、勢いよく手を上げ――……


 手を上――……


 ……げたはよかったけれど、身長差があって振りぬくことは出来なかった。

 そのままぷるぷるしていたかと思えば、手をグーからパーに変えて、ぺちんと可愛らしい音を立ててつかさちゃんの頬を撫でる。


 ええっと、その……撫でたかったんじゃない。叩きたかったんだよね?

 うんうん、分かってるよ。だけどこの場面が締まらない。

 晶本人もそれがわかっているのか、羞恥で顔を真っ赤にしている。


 なんだかその光景にほっこりしてしまって、あたしの中で緊張で張り詰めていたものが霧散していた。


 しかし、黙っていられないのが彼女2人。

 晶の登場で無視された形になったのだ。

 それだけじゃない。

 事情を知らない人が見れば第3の女が現れた格好になる。

 当然彼女達もそう受け取るのは想像に難くない。


「ちょっと、誰なのその子?」

「ま、まぁ可愛いけどさ、チビじゃん。そんなのがいいの?」


 チビと言われてムッとする晶。身長気にしてるからね。

 でも可愛いというところは気にしなくていいのかな?


「うちのクラスの子だよ。可愛いでしょ? 君達と違って、まだ処女だよ」

「なっ、ちょっ、江崎さんやめっ! んっ……」


 つかさちゃんはあっという間に晶の背後に回ったかと思えば、スポンと腕の中に抱き寄せて、彼女達に見せ付けるかのように密着する。

 手なんか艶かしく腰に回しちゃって、あれです。エロい。

 晶はやめろと言いながら抵抗するものの、筋力も体格も差があるのか全然出来ていない。

 てか今最後に変な声出さなかった?!


「私はこの子とよろしくやるんで、君たちは他の彼氏達とよろしくやれば? 一応、今まで楽しかったとだけ言っておくよ」

「別に、男なんて他にもいるしっ」

「その女もすぐに遊びで捨てるんでしょっ」


 くつくつと、彼女達を嘲笑うかのような笑いを堪えるつかさちゃん。

 不利を悟ったか捨て台詞を吐いて去っていこうとする彼女達。


 一言で美少女と言っても色々なベクトルがあるだろう。

 それでも、彼女達と比べて晶の可愛さは一つ頭を抜けている。

 ぶっちゃけあたしも隣に晶がいると、可愛いでしょと見せびらかしたくなる時があるくらいだ。


 だから、彼女達の気持ちがわからなくもない。

 そして、つかさちゃんの言葉は看過できない。


「ちょっと! つかさちゃんといえど、あきらは渡さないんだからね!」


 あたし、参入である。


 勢いで割って入って……何やってんだと絶賛後悔中である。


 どうしよう?

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