第3章 つかさの選択

第40話 ボクじゃ頼りない?


「みやこちゃん、難しい顔してる」

「え、うそ」


 眼鏡ちゃんをはじめ、みんなはすっきりした顔をして帰って行ったのだけれど、あたしの心はわだかまったままだった。


「江崎さんのこと、気になってる?」

「あはは、まぁね。わかっちゃった?」

「そりゃあね。ボクが言ったし」


 しばし無言で廊下を歩く。

 夏至も近いので、放課後だというのにまだまだ陽が高い。


「みやこちゃん、何か隠してない?」

「えっ?!」


 突如そんな言葉と共に、晶があたしの目を見透かすかのように覗き込んできた。

 あたしの心臓がドキリと跳ねる。


「ど、どうして?」

「なんとなく?」

「な、なんで?」

「みやこちゃんだから?」

「ぷっ! 何それ」

「笑ったね」


 じゃれるような掛け合い。

 目の前にはあたしを見て優しげに微笑む晶。

 それは幼い頃から幾度となく繰り返した光景。


 ああ、なんだ。

 晶に心配かけてたのか。


「ね、聞いてくれる?」

「もちろん」


 先月テスト終わったくらいに見てしまった、つかさちゃんとサークルクラッシャーの演劇部後輩との出来事。

 先日図書館で抱き合ってるカップルを見て逃げ出したのは、つかさちゃんとその彼女だったって事。

 そして、この間ホームセンターでのいじめっ子との件。


 それぞれ自分の中で整理するかのように、晶に話していく。

 特に何の解決にもなってもいないのだけど、話したことで少しスッキリした気がする。


「……というわけ」

「みやこちゃん」

「な、なに?」

「どうしてボクにも話してくれなかったの!」


 ぷりぷりと頬を膨らませて怒る晶。

 かわゆす愛でたいけれど、後ろめたい気持ちもあるので自重。


「……ボクじゃ頼りない?」

「それは絶対ない!」


 思わず、大きな声を出してしまう。

 あたしが晶を頼ってない?

 馬鹿なことを言わないで欲しい。晶がいなかったら真っ当な生活を送れるかどうか怪しいくらい頼りにしている。出来るなら嫁になって一生支えて欲しい。


「ふ、ふ~ん、そうなんだ。頼りにしてるんだ」


 怒った顔が一転、嬉しそうににまにましている。

 晶さん、たまに思うんですがチョロくないっすかね?

 あたしはそっちのほうが心配だよ!


「とりあえず、みやこちゃん!」

「は、はひ!」

「アイス奢ってくれたら、今回の事許してあげる」



  ◇  ◇  ◇  ◇



 晶にねだられたのは駅前のモール内にある、フレーバーの種類が多く、1か月毎日違うアイスが楽しめるというコンセプトのお店だ。


 アイスと言えば、大きく分けて2種類ある。

 すなわち、カップかコーンか。


 ちなみにあたしはコーン派である。


 上に乗ったアイスをコーンの中に押し込みながら食べ、後半はコーンと一緒にアイスを楽しむ。

 わかるだろうか?

 最初はアイス単体を味わいながら、後半はコーンとアイスを一緒に食べることによって味の変化を楽しめる―……それがコーンの魅力だ。


 一方、晶はカップ派である。

 手で温めるようにして、最初は冷たいのを、そして後半は半ば溶けたアイスを楽しむ

 こちらも2回違った味わいの変化を楽しめる。


 しかし、それでもあたしはコーンを推したい。

 理由は単純だ。

 コーンは食べられて、カップは食べられない。


 もう一度言う。

 コーンは食べられて、カップは食べられない。


 だからあたしはコーンを選ぶ。


「みやこちゃん、こっちのそんな目で見ないでよ」

「み、見てないよ?」


 カップかコーンは別として、違うフレーバーの味が気になるのは仕方ないよね?


「もぅ、しょうがないなぁ。はい、あ~ん」

「あ~ん」


 うん、あたしのストロベリーチーズケーキもいいけど、晶のクッキー&クリームも捨てがたい。

 ダブルにすればよかったかな……いやいやお小遣いが、カロリーが!

 乙女は悩ましいのだ。


「み、みやこちゃんの方のも味見させてよ」

「ん? いーよ、はい」


 あたしの方だけ一口貰うってのはダメだよね。

 そう思ってカップごと晶の方に向けたのだけれど……晶が百面相していた。


「…………………」

「食べないの?」

「た、食べるよ!」


 自分のカップのスプーンと食べかけのあたしのアイス、何度か逡巡したのち、手付かずの部分をスプーンでちょこっと掬って食べた。


「別に間接キスとか気にしないでいいのに」

「みみみやこちゃん?!」


 ううむ、アイスだと直接口にしたところにするのは抵抗があるのだろうか?

 どっちにしても今更だと思うんだけどなぁ。

 思春期晶は難しい。


 その後、無言でアイスは消費された。


 ううむ。






「みやこちゃん、この後どこか行く?」

「そーだねーこないだ肥料も買ったし、欲しいものは特にないんだよね」

「……年頃の女の子の欲しいものが肥料っていう台詞を疑問に思っていいところだと思うんだけど」

「え、そうかな?」


 そんな事を話しながらぷらぷらモール内を歩く。

 特に用事もないので、このまま行けば帰宅コースまっしぐらだ。

 帰ったら野菜の様子でも見よう、なんて暢気に考えながら足を動かしていたら。


「ふざけないで! どういうことよ!」

「この女誰よ! いいから説明してよ!」


 修羅場の声が聞こえてきた。

 明らかに三角関係のもつれとかそういうやつ。


「みやこちゃん……」

「うん」


 言わなくても分かっています。

 覗きですね!

 他人の不幸は蜜の味、なんて言葉があるけれど、公共の場でそういう修羅場が展開されてるとなると、覗かねばなるまい(使命感)。

 ちょっとニヤニヤしてしまっているあたしを誰が責められようか!


「この声、あの子達だよね」

「………え?」


 ………え?


 どういうことかと思い浮かぶ節の無いあたしは、急いで声のする現場に向かう。


 うちの高校の制服を着た男子と女子、そして近くの女子高の制服を着た子が1人。


 つかさちゃんと演劇部の後輩ちゃん、そして元いじめっ子の3人がいた。


「え? どういうこと?」

「江崎さん、そういうつもりか」


 何が何だか状況がいまいち飲み込めない。


 ただ、つかさちゃんの瞳がどこまでも仄暗く、愉悦を帯びていた事にゾクリとした。


「あきら、どういうことかわかる?」

「見たまんまじゃない? 江崎さんが二股かけてて彼女同士がバッタリ」

「え? え? でもつかさちゃん、中身は女の子……」

「だから、演技してたんじゃない?」

「演技? 何で? どうして?」

「何で、ってそれは」


 晶はそこで言葉を区切って、つかさちゃんの方を見た。

 それに倣ってあたしも見てみる。


 修羅場だというのに、つかさちゃんはこっちに気付いたのか、暢気に小さく手なんか振っている。


「復讐の為」


「………………へ?」


 復讐? なんで? どうして晶はわかるの?

 そんな混乱する頭で考えてみるも何か判る筈もなく、目の前の修羅場はどんどん進行していく。

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