第39話 サークルクラッシャー


 ダムダムダム、と体育館にボールをバウンドさせた特有の音が響く。


「都子、そっちいった!」

「止めて止めて!」

「………あっ」


 意識ここにあらずといった感じで、あっさり抜かれてしまう。


「あーもう、都子なにやってんの」

「集中できてないね。何かあった?」

「いやぁーまぁ、その、あははははは」


 何かあったというか何というか。

 頭の中に引っかかっているのはつかさちゃんの事だ。


 演劇部の後輩もだけれど、かつてのいじめっ子とか、どうなってんの?

 つかさちゃんが何を考えてるのか全然わからないよ。


「都子ー、あんたの嫁来てるぞー」

「嫁?」


 体育館の入り口に、顔を真っ赤にした晶が来ていた。

 嫁違う、なんて言いながら頬をぷくぅっと膨らませているのは、見ててほっこりしちゃう。

 晶のほっこりパワーで、つかさちゃんの事でもやもやしていた頭が、少し癒された。


「え、なになに? 何か差し入れ作ったの?」

「ボクがここに来るのと食とを結び付けないでよ」

「えぇぇ、だって、ねぇ?」

「ちょ! みやこちゃんは、もぅ!」


 話を誤魔化すように頭をなでなで。はぁ、なんか癖になる。


「はぁ………あんたら見せ付けちゃって」

「甘いわー苦いコーヒー欲しいわー」

「え、なに? 本当に嫁にしちゃったの?」


 晶とじゃれ付いてたら、部活仲間から揶揄われた。


「やー、嫁になって欲しいんだけど中々ガードが固くて」

「みやこちゃんっ?!」

「でも最近、2人近いよね」

「そうそう、楠園君が女の子になってから一段とねー」

「え、そうかな?」

「い、いくよ、みやこちゃん! こっち!」


 その空気に耐えられなくなったのか、晶が強引に連れ出した。

 ううむ、確かに以前より近くなったかもしれない。

 でも、どちらかといえば元に戻ったって言ったほうがしっくりくるかなぁ?


「それにしても、あきらがこっちに来るなんて珍しいね?」

「ちょっと家庭科部で困った事が起きて」

「え? それあたしでどうこう出きるの?」

「こないだの漫画持って来てくれた眼鏡の子、覚えてる?」

「んぅ?」


 なんだか、ややこしい気配がするぞぅ。



  ◇  ◇  ◇  ◇



「自分に絶望を教えて欲しいんです!」


 鼻息荒い(腐)女子に囲まれた、今のあたしの心境を教えればいいのかな?

 どういうことかと問い詰める視線を晶に送ってみるものの……うん、見事に逸らされた。露骨過ぎていっそ清々しい。


「ええっと、どういうことかな?」


 出きる限りの愛想笑いを浮かべて聞いてみた。


「この漫画における、女性への絶望を教えて欲しいんです!」

「は、はぁ……」


 そんなことを言われても困る。

 一体あたしに何を教えろと言うのか。

 むしろ、最近の晶が女性に絶望してないかどうかの方が気になる。


 そもそも、そんなことを炊きつけたのは部長さんだ。

 恨みがましい視線を部長さんに送ってみるものの……


「あーしはさ、身体目当ての男を拒否って絶望した側なんよ……」


 アンニュイな表情で、これ以上傷に響くからあーしの過去に触れてくれるなオーラを出していた。

 しかし、あれのどこまでが演技かわかったものじゃない。あたしが女に絶望しそうだよ!


「そ、そう言われても、何を教えればいいのやら」

「自分が先輩に教えて欲しいのは、どういう心境で男を振ったかってことです!」

「んぅ?」


 もう一度、晶の方に問い詰める視線を送ってみる。


「ほ、ほら、ボクが知る限り、誰かを振ったことがある人ってみやこちゃんだけだったから」



「「「「「んんッッ??!!!」」」」」



 そんな晶の台詞と共に、その場の全ての瞳がこちらに向いた。

 え、なにこれ怖い。


「ど、どういうこと?! あんた沢村君フッたの?!」

「うそ、沢村先輩ってバスケの?! 1年でもめっちゃ人気の人じゃん」

「え、まじ意味わかんない。あのイケメン振るってなんで?!」

「じ、自分ならその場ですぐオッケーすよ、どちらの方でも!」


 いや、その……何故沢村君とわかるのだろうか?


「あれで沢村すごく一途なのに」

「そういや童貞だってさ」

「え、マジで?! あの顔で?! 身体もめっちゃ絞られてるのに?!」

「宮路さんどうして振ったの?!」


 え、いや、だってそれは―……





「男って、何かの拍子に変わっちゃうから」





 ……あれ?

 あたし今何を言った?


 いやいやいや。

 変わるもなにも、あたしって誰かと付き合った事ないし、男子について知っているわけじゃない。

 自分の言葉で自分の首を捻る。


 そういえば、何かの拍子に変わっちゃった男の子がいた。


「う~ん………」

「ぼ、ボクの顔を見ながら首を捻らないでよ」


 あれ……以前にも晶が変わっちゃったことがあったような……


 なんだろう、それを詳しく考えようとすると、なんだか気持ち悪くなってくる。


「そ、そういえば、こないだ眼鏡ちゃんにカレの事を相談しにきた子は?! あの子モテそうだし、そういうの詳しそうじゃない?」


 その気持ち悪さを振り払うかのように、話題を変えて質問した。

 してから、しまったって思った。


 これって間接的につかさちゃんの事を探ってるようなものだよね?

 つかさちゃんの事は親友だと思っている。そのつかさちゃんから付き合うどうこうって話を聞いたことはない。

 さすがに何かあったら話してくれるんじゃないかな?  ……そうだといいな。


「う~ん、あの子はアテにならないといいますか、なんといいますか……」


 なんだか歯切れの悪い眼鏡ちゃん。




「あの子、いわゆるサークルクラッシャーなんです」




 さーくるくらっしゃーとな? サークル?

 どゆこと?


「あ、聞いたことある。うちのクラスの友達の同じ中学に、男とっかえひっかえしてたって子の話」

「なんか、暴力沙汰になって大会おじゃんになった部活の話って聞いた事が!」

「うっそ、まじで?! それその子の仕業なの?!」

「自分も止めたんですけど、惚れっぽく冷めやすいので、なんていいますか、その時は本気なので……」

「えーっ! ちょっとそれ詳しく!」


 なんだか、隣で話を聞けば聞くほど問題のある子に聞こえてくる。

 どうも強豪テニス部でマネージャーしてた彼女が、くっついては分かれてを繰り返して、最終的にはテニス部男子30人ほぼ全員と一度は付き合ったらしい。

 中には彼氏を取られた子とかも大騒ぎして、それはもう酷い有様になったのだとか。


 怖っ! 悪女怖っ!


「モテるあたしすげーってなってたのかもしれないけど、ビッチはダメっすよねー」

「男を振り回す女って、憧れないわけじゃなかったけど、それを聞くとちょっと……」

「むしろあの子と付き合わなかった男子が気になる」

「……あーし、面倒ごとに巻き込まれるなら処女のままでいいわ。姫様可愛いし」


 部長さん何カミングアウトしてんすか?! てかやっぱ未経験だったんすね?! てかぜってーキスもまだだろう!


「だから、あの子は参考にならないといいますか」

「いや、まってよ。その子に振り回された男子とか、女子に絶望してそうじゃない?」

「はっ!!!!」


 啓示が下るとはこの事かと言わんばかりの顔をする眼鏡ちゃん。


「あなたが……あなたがBL界の神だったのか……ッ!」

「知らないから! あたしその世界知らないからっ!」


 感涙に咽び泣き、あたしの手をとり跪く眼鏡ちゃん。


「あーし、沢村が受けだったからあんたが振ったって、知ってるから」

「それあたし本人すら知らないんですけどっ?!」


 腐った瞳であたしを擁護する部長さん。

 はっきり言って迷惑以外の何ものでもない。


 どうにかしてよと晶の方を振り向けば、どこか考え込むような顔をしていた。


「あきら?」

「ね、思い出したんだけどさ」

「んぅ?」

「こないだ江崎さんと居た子、あの子もサークルクラッシャーだったんだよね」


 …………


 ……………………え?


 つかさちゃん、何か地雷に捕まってるの?!

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