第38話 いじめっ子


 それは、登校前のある日。


「むっ、むむむ」


 6月も下旬になり、ますます暑い日が続くようになってきた。

 あたしはというと、制服はもうカーディガンを脱いでブラウスだけという装いだ。


 朝から何に唸ってるかといえば、プランターに植えられている茄子。


 太陽の日差しをばんばん浴びて成長して、たくさん葉を付けてくれている。

 そう、たくさん葉を付け過ぎているのだ。

 つまり、余分なところに栄養がいかないよう、剪定が必要になってきたというわけだ。


「みやこちゃん、一番最初につけた花の枝から下は全部切るのがいいんだって」


 唸ってるあたしの隣から、スマホで選定方法を調べた晶が話しかけてくる。

 うん、それはわかってる。

 あたしだって調べたんだ。


「出来ない……あたしには出来ないよ……ッ!」

「み、みやこちゃん?!」


 考えてもみて欲しい。

 毎日せっせと世話をして、時には話しかけたりもし(これにはあたしもびっくり)、愛情込めて育ててきたのだ。

 我が子と言っても過言じゃない。


 大きな実をたくさん収穫したい―……


 そんな人間のエゴによって、一生懸命伸ばしてる枝葉を自分勝手に刈り取る。

 それは愛情注いだ我が子の手足をもぎ取るのと一緒ではないか?


「そ、そんな残酷なことあたしには出来ない……ッ!」

「ざ、残酷?!」


 いきなり何を言い出すの? と言わんばかりの混乱する表情をみせる晶。

 あたしだって混乱してる。

 だって、ここまで愛おしいとは思っていなかったのだもの。


「み、みやこちゃん思い直して? 何のために育ててたの?」

「何のためって、それは……」


 育乳の為である。


「ほ、ほら、植物にとっては散髪や爪切りみたいな感じって言うしさ、大きくなるには必要なことって言うじゃない?」

「お、大きく………?」

「茄子の気持ちになってみてよ。大きくなりたいって思ってるんじゃないかな?」

「茄子の、気持ち………」


 茄子をジッと見つめ、大きく深呼吸をして目を閉じる。

 真に見つめるは己の心。


『ねぇ、茄子さん? 大きくなりたい?』

『(そりゃあ、なりたいさ)』

『でも、身体を切り取ったりするんだよ?』

『(人間だって親知らずを抜いたりするだろう?)』

『そこまでして大きな実をつけたいの?』

『(君だって、胸が大きくなりたいだろう?)』


 そうか、そうだったのか。


「うん、切るわ。バシバシ切るわ」

「な、なにを考えたの、みやこちゃん?!」


 迷いと容赦と躊躇なく選定していくあたしに引き気味の晶。

 うん、きっと晶(D)にはあたし(AA)の気持ちは分からないのさ(ハードボイルド感)。


 眩しいものを見る目をするあたしを、困惑する晶だけが見守っていた。




 そんなやり取りがあったものの、今日も学校までの道のりを歩く。


「ところであきら、その恰好暑くないの?」

「暑いかそうでないかって聞かれたら暑いけど」


 晶の恰好は制服のブラウスの上にニットのサマーベスト。

 あたしはブラウスだけでも汗ばんでくるのに、て思っちゃう。

 まぁ中学のセーラー服よりかはマシだけどね。あれは襟のせいで肩が熱かった。暑かったじゃなく熱かった。


「だ、だってベストないと下着見えちゃうでしょ?」

「えっ?」

「ボク男だよ? なのにブラとか透けて見えると恥ずかしいじゃん! む、むしろみやこちゃんが無頓着なのが気になるんだけど!」


 何故かあたしの方が窘められた。


「だって、あたし胸ないもん……してもしなくてもあまり意味が……」

「そ、そんなことないよ!!」

「たまにブラせずキャミだけの日があったんだけど気付いてた?」

「そ、それは……って、これみてよ、これ!」


 そういってスマホの画面を見せられた。

 そこに写っていたのは、様々なブラの画像。

 それぞれデザインが凝っていて、どれも非常に可愛らしい。

 何で晶はこれを………?


「気付いた? これサイズが小さい人専門のブランドのなんだよ」

「へぇ?」


 なるほど、確かにそれを聞いて見返してみると、モデルさんの胸もかなり小さいのが多い。

 晶とはサイズが違うし、あたしの為に探してくれてたのかな?


 ……いやちょっとまて。


 晶って、中身男の子だよね?

 可愛いデザインのブラを普通に探すのって、一般的な男子高校生としてはどうなのか?


「これなんて、みやこちゃんに似合うんだと思うんだけど」

「わ、可愛い……うそ、小さくてもこんなのあるんだ」


 そんなガールズトークに花を咲かせながら、幼馴染の行く末をちょっとだけ気にする都子であった。



  ◇  ◇  ◇  ◇



「うぅん、どっちにするか迷う……」

「なに迷ってんの、みやこちゃん?」


 机の上でスマホと睨めっこしているあたしに、晶が声を掛ける。


「肥料。液体のやつか個体のやつ、どっちがいいのかなぁって思って」

「ああ、いわゆる追肥か」

「これから成長期に入るみたいだし、栄養をしっかりとあげたいからさぁ」


 むぅ、液体も個体もそれぞれ一長一短あって、どれがいいのかさっぱりだ。

 だけど、肥料をあげないという選択肢はない。

 そしてなるべく良いものをあげたい。

 きっかけは、まぁあれだったけど、すっかり愛着が沸いちゃってるのだ。


「これから暑くなるし、植物もバテちゃわないよう、今のうちにしっかり育ててあげないとね」

「みやこちゃんってさ」

「ん~?」

「いいお母さんになるよね」

「んぅえっ?!」


 お、お母さん?! なんで? どこが? 

 完全に予想外の単語にびっくりする。

 思わずスマホから顔をあげて晶を見ると、言った本人も目を丸くしている。


「え……何でお母さん?」

「い、言った本人があたしに聞かないでよ!」

「あ、うん、………そっか」

「ちょっと、何納得してんのさ!」

「ううん、なんでもない」


 蕩けるような笑顔でそんなことを言う晶。

 むぅ、なんだよぅそれ。可愛いから笑って誤魔化されてあげよう。




 そんな話の延長から、学校の帰りにホームセンターに寄ることになった。

 目的は肥料である。まったくもって女子高生らしくない。


「結局固形のやつにしたんだ?」

「液体だと薄めたりとかしなきゃでしょ? こっちの方だと失敗しないと思って」

「なるほどね」

「あとついでにペットコーナー寄らせて」

「ペットコーナー?」

「きな子のご飯。あの子、カリカリ食べたいってねだってさ」


 そう、テレビで新商品のドッグフードのカリカリのCMを見て、全身を使ってこれを食べてみたいとねだってきたのだ。

 狐が食べていいものなのか? いや普通の狐じゃないし大丈夫だろう、多分。


 あたし達以外にも、ホームセンターに寄る学生は結構多い。

 近場ということで甘いものの屋台でお喋りしたり、部活で使う備品を買い出しに来たりしているのだ。


「あっ……」

「どったの、あきら?」

「ほらあれ、うちのクラスの佐々木君と高橋さん」

「? あの仲良い2人?」

「だから、あの2人の手……あー、もうデートだよ、デート! 付き合い始めたみたいだって!」

「ええっ?!」


 デートスポットになっていたりもする。


「い、いやぁ、こないだ教室で、本人たちが付き合ってないとか言ってたよ?」

「こないだはこないだでしょ? 見てよみやこちゃん。初々しそうに、指先だけちょこっと絡んでるよ! なにあれ! すごい!」

「えぇぇえぇ、ほんとにあれ付き合ってるのぉ?」

「もう、みやこちゃんはそういう所疎いんだから」


 きゃあきゃあと、興奮気味に佐々木君と橋本さんの初々ラブラブを覗き見る晶。

 他人の色恋沙汰で騒ぐその姿は、どっからどうみても女子である。


 もしかしたら、各所恋愛事情にも詳しいのかもしれない。


 ていうか、女子グループとそういうネットワーク構築してるんすかね?!


「ね、ねえあきらさ」

「みやこちゃん、あれ」


 先程とは打って変わって真剣な声色で、あたしのセリフが遮られた。

 晶の視線で促されるまま、その先を見ると………うちの高校と近くの女子高という、一組のカップルがいた。


「つ、つかさちゃん……?」


 え? なんで?

 隣の子、誰?

 演劇部の後輩の子はどうしたの?


「みやこちゃん、気付いた?」

「な、なに?」


 気付いたって何?

 ていうか何が起こってるの?


「あの子、中学の頃、江崎さんをイジメてた子だよ」


「え?!」


 つかさちゃん、一体何考えてるの?

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