第35話 マシュマロと酔っ払い


 目が覚めると、まだ窓の外はやっと太陽が顔を出し始めた頃合で、まだまだ暗かった。

 時計を見ると時刻はまだ4時45分、5時にもまだなっていない。


 二度寝と洒落込みたいところだけれど、目はやたらと冴えている。

 夢を見ていたことも覚えている。


「ウカちゃん………」


 なんだか謎が解けたようなそうでないような……

 ただ、全くの無関係じゃないということだけは分かった感じかな?


 ベッドの上で胡坐をかいてウンウン唸る。

 まぁ、唸ったところで何も解決しないだろう。

 よし、考えるの止め! と起き上がる。


「そういえば、メレンゲ気にしてたっけ?」


 いつも家を出る時間は7時半過ぎ。

 準備することを考えても、2時間以上も余裕がある。


 仕方ない、供えてあげますか(偉そう)。


 お財布にあった500円玉だけ握りしめ、上に1枚羽織って、そおっと階下に降りる。

 玄関でボロボロのタオルの上で丸くなって、くぅくぅ寝息を立てて寝ているきな子を起こさないように、つっかけを履いてゆっくりドアを開けた。


 というわけで、目指すは夜明けのコンビニ。


 最近かなり暑くなってきたとはいえ、さすがにこの時間帯はちょっと肌寒い。

 上に一枚羽織ってきて正解だったな、と思いながら薄暗い住宅街を歩く。


 完全に寝静まっている町の一角で、煌々と灯りをともしているコンビニはどこか現実離れしていて、異界に迷い込んだような錯覚を覚えた。

 中に入ると、おにぎりやサンドイッチといった日持ちのしない商品の棚はスカスカで、やる気のない店員はレジでスマホをいじってる。

 そんな見慣れないコンビニにいる自分が、なんだかイケナイ事をしているような気になって落ち着かない。


 自然と足早になって、お菓子コーナーへと行く。

 目当てはそう、マシュマロだ。

 最近じゃシフォンケーキやマカロンなんてお洒落なものも売っているけれど、やはりウカちゃんに供えるとしたら、やはりこれだろう。


 ふわふわもっちり。

 まさにウカちゃんのイメージにぴったり(おっぱい)。

 もしかしたらご利益があるかもしれない(育乳)。


 カラフルな色合いのものがあったりするけれど、選ぶのはシンプルな白いやつ。

 最初は基本を押さえてこそだよね。


「94円っすー」


 やる気のない店員さんに500円玉を渡し、お釣りを受け取りそそくさと店を出る。

 部屋着の短パンのポケットにお釣りをつっこむけど……ううん、変にポケットが薄いというか底が浅いというか、なんだか落としてしまいそうになる不安に駆られる。

 わかるかなー? あたしだけかなー?


 そんな下らないことを考えていたら住宅街を抜け、農道にでた。

 太陽がどんどん顔を出してきており、田んぼの青々とした稲が照らし出されていく様子は、なんだか新しい一日が始まるというよりかは、生まれ変わっていくような感覚に陥る。


『ケン』

「きな子」


 かつて初めて出会った場所できな子が出迎えてくれた。

 朝なので周囲を気にしてか、鳴き声も小声だ。

 というか、さっき起こしちゃったのかな?


 どうせなら、と一緒に神社まで歩く。


 いつものように、手水で左手、右手、口の中と柄杓を清め、拝殿へ。

 さてと、賽銭代わりにマシュマロをお供えするんだけど、どうしたらいいのかな?

 袋から出したりしたほうが……え? きな子?

 袋のままで大丈夫?

 そこに置いて……あ、離れるのね?


『ケェン』

「わっ」


 ひと吠えしたと思ったら、マシュマロが袋ごと炎に包まれ、そして消えていた。

 これ、きな子が送ってくれたってことなのかな?


 そんなきな子はあたしの方をみて、褒めて褒めてと期待した目をしている。

 よーしよしよし、モフってやろう。

 でも後でね?


 というわけで、お賽銭?も入れた事なので、ガラガラと鈴を鳴らして、ぺこぺこパンパン。


 ウカちゃんがおいしいって言ってく……


「ちょっと誰ぇ? うるさいわよぉ」

「うひゃあっ?!」


 突如、拝殿の脇の方で何かがもぞもぞと動いたかと思えば、鈴の音がうるさいと抗議してきた。

 こちらこそ誰だって言いたい。


 その人物は、すごくボリュームのあるふわふわしたパーマのかかった髪に、ゆるふわって感じの如何にも女子って感じのワンピースを着ているうら若い女性で、お腹には羽織っていたと思われるボレロをかけており、枕代わりに一升瓶を抱いていたりする。


 え? 一升瓶? 


「人が、良い気持ちで寝てたっていうのに誰だよぅ、もぅ。ひっく」


 キュポンと小気味のいい音を立てて、一升瓶をラッパ飲み。

 迎え酒という奴ですね? 顔がすごい真っ赤です。

 トロンとした大きな垂れ目潤んでいて、艶めかしい雰囲気を出しているというか、なんていうか、その………


「英子ちゃん先生じゃん!」

「んあ? ………あー、みやじさん?」


 人気のない神社で飲み潰れているうら若い女性はうちの担任だった。


「どぉしてここにいるのぉ?」

「せ、先生こそどうしてこんなとこで酔いつぶれてるんですか? 」

「ふふ、聞きたい? ねぇ、聞きたい?」

「え、あ、いや、その………」


 あ、やばい。これ絡み酒ってやつだ。


「せんせいね、せんせぃね」

「な、なんでしょう?」

「合コンに失敗しちゃったのぉおおぉお!」

「は、はぁ………」


 かと思うと、シクシクと嘆くように泣き出した。

 絡み酒の上に泣き上戸とか厄介だなぁ!


「初対面なのにね、やれ酒癖が悪いだの、やれ残念系女子だの、友達として遊ぶのにはいいよねとか慰めのつもりかよちくしょう、ひっく!」

「そ、そうですね」


 相手の方の言う通りですね。


「で、でも英子ちゃん先生まだ25でしょ? 一回失敗したからって、そんな焦る年齢じゃないでしょ?」

「甘い、甘いわ宮路さん」


 ぐぐい、と目を据わらせて顔を近づけてくる英子ちゃん先生。

 かなり深酒していたのか、息が酒臭い。


「先生ね、来月には26よ? どういうことか分かる?」

「は、はぁ……」

「言い方を変えるわ。出会ってすぐの人と結婚なんて出来る?」

「それは……」


 そもそも、結婚なんて遥か先の未来って感じなので想像とか出来ないのだけれど。


「結婚前にどういう人か知る為にも付き合うでしょ? これが1年半……出来れば2年は欲しいわね。子供だけれど、やはり一緒に生活しないと見えてこない事っていうのはあると思うのよ。新婚生活も楽しみたいってのもあるし、1年は時間を置きたいわ」

「は、はぁ……」

「そうなると、今から誰かと付き合ったとしても出産は30目前よ! どう? わかった?! これが先生の理想の計画。ここから先はどれだけ妥協していくかのチキンレースになるの!」


 物覚えの悪い生徒に懇切丁寧に説明するかのよう、熱弁を奮う。

 なんていうか、その、なんだろう?

 色々答えづらいなぁ、もぅ!

 そもそも英子ちゃん先生、誰とも付き合ったことないって言ってなかったっけ?!


「まぁね、先生もね、理想どおり、なんていうかね」

「は、はぁ……」

「ずぅっとね、好きな人がいたの」

「へ? あ、はぁ、はい」


 急に話題が飛んだ! これが酔っ払いか!

 あとね、ちょっと話題がヘビィな予感するんですけど!


「小学校から大学まで一緒の幼馴染ってやつ」

「………………」

「やりたいことあるんだーって言ってねー、外国行っちゃった」

「………………」

「本人さ、行くかどうか迷ってたみたいで、やりたいなら行けばいいじゃんって、がんがん背中押しちゃった」

「………………」

「結局、居なくなってから初めて、ああ好きだったんだって気付いてさ」

「………後悔、してるんですか?」


 英子ちゃん先生の話を聞いてただけだというのに、どうしてか、急に不安に襲われた。


「そうね……」


 ドキッとするような憂いを帯びた表情で。


「わからないわ」


 と、あたしを見つめてそういった。


「だからね、宮路さん」


 そして瞳に涙を浮かべ。


「吐きそう……おぇっぷ……」


 嘔吐えずいていた。


「………………」

「…………無理」


「まってまってまって! そこじゃダメ! 茂み……茂みに行こ?! ね?!」



  ◇  ◇  ◇  ◇



「先生、大丈夫ですか? 今日授業あるんじゃ?」

「う、あんま大丈夫じゃないかも……でも今日土曜日だし、半日くらいなら……」


 始発のバスに乗って帰る栄子ちゃん先生を見送り、帰路につく。


 うん、まさか早朝に神社行ったら、担任を介抱する羽目になるとは思いもよらなかった。

 それと、英子ちゃん先生の過去……


 幼馴染なんて言われると、嫌が応にも晶の顔を連想してしまう。


 胸に去来するいやな感じを振り払う為、家まで走った。


 汗と一緒に嫌なものを追い出して、シャワーで流すんだ。

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